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第四章 「動き出した偽り。」

「リオン???...いや、アラン。話をしようか。」

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 「いたっ.....ちょっと、リル王子。腕が痛い....痛いっです....!!!!」

 「......いいか、良く聞け。俺たちには、もう時間が無いんだ。今はお前の意見を聞いている暇はない。分かったら、暫く口を閉じていてくれないか????」

 「.....。(なんだよ....そんなに切羽詰まったような顔して。何故、こんな怖い雰囲気を纏っているんだよ。それに時間が無いって...一体、何があるっていうんだよ。)」

 リルの言葉にリオンは、内心モヤモヤした感情を持っていたが、リルのいつもと全く違う雰囲気にそれ以上何も言うことが出来なくなり、真っ赤になっている手首に一瞬だけ目を向けると、すぐに目の前のリルの背中に視線を戻し、黙ってついて行くことにしたのだった。

 そうして両者無言のまま城に辿り着きそのまま部屋に入ると、リルはようやくリオンの真っ赤に染まった手首を解放した。

 リオンは、リルに手ひどく扱われた自身の真っ赤に染まった手首を擦っていると、リルはそんなリオンの方へ感情のよく分からない表情を向けると、いきなり

 「リオン、今すぐに服を脱げ。お前に拒否権はない...これは、俺がこの国のいち王子としての命令だ。」

 と言い、リオンが行動に起こすのをじっと待っていた。

 だが当然、リオンは素直にリルの言うことを聞くはずも無く、いきなり妙なことを提案してきたリルにリオンは好奇の視線を向けていた。

 そんなリオンの様子に痺れを切らしたリルは、リオンを近くにあったベッドに強引に押し倒すと、嫌がるリオンを無視し、ものの数秒でリオンの着ていたボロボロのドレスを強引に剥ぎ取ったのだった。

 すべてを露わにされたリオンは、今にも泣きそうな顔をしているが、そんなリオンにリルは容赦なくこう言葉を掛けた。

 「.....リオン。いや....アラン・リマーク。......もう時間が無い。流石に、これ以上は待っていられない。......何故、お前は男ということを俺に隠していたのだ???」

 アランはリルの言葉に全てを察し、慎重に言葉を選びながら弱々しい声で

 「.....そんなの決まってるじゃん。母親を守るためだよ。俺の最愛...世界でたった一人の大切な親族.....唯一、血の繋がりが言える大切な人を守るためだよ。.....お前には分からないだろうよ。何にも知らないで、悠々と与えられてきた役職に就き、初めから敷かれたレールを歩み...今まで、何の苦労もしないで生きてきたお前なんかには.....。お前らに殺された親戚もなにもかも失った俺を、ここまで...たった一人で育ててくれた心優しい母親を養うためだよ!!!!」

 最初こそ弱々しい声で応えていたアランだったが、次第に自分の本当の目的を思い出し、よく分からない色んな感情の中で、自身の混乱した頭を整理しようと、最後には大声で目の前のリルに悲痛な胸の内を投げつけたのだった。

 そんなアランの様子にリルは、

 「.....母親を....養うためか.....。(アランの家庭の事や、素性などは粗方調べ終えているため、大まかには分かるが.....。やはりここは、直接アランの口から真実が聞きたい。)....その話、詳しく聞いてもいいか???」

 と言って、悲痛な表情を浮かべるアランのことをじっと見つめた。

 そんなリルに、アランは終始敵意をむき出しにしていたが、この後、自分が置かれる状況が全く予想できない恐怖から、今...下手な真似は出来ないと考え、渋々自分の過去について語ることにしたのだった。

 .....だって、どうせ捕まるのであれば、最後に言いたいことぐらい言っておく方が何かと気も晴れるだろうし。

 アランは、内心こう考えると、感情が全く読み取れないリルに対して恐る恐る口を開いた。

 「...お前には、まだ話してないよな。俺の家は、隣国のアバルントフォーズにある。俺は、この城に来る前は...その国の端の方にある、小さな農村集落に暮らしていたんだ。さっき話した母親と二人で....。」

 リルはここまで話をした俺に対して、訝しげな表情を向け

 「ちょっと待て。アバルントフォーズは、16歳になると村の青年どもは、五穀豊穣のために奉納祭で生け贄としてその命を全うするのだろう????この辺り一帯の近隣国で、その噂を知らない者は恐らく居ないだろう....今時、生け贄など...命の無駄遣いだと言われているぐらいだからな。だが、何故お前は、生け贄にならずにこの年まで生き延びる事が出来たのだ???」

 と、こう訊ねてきた。

 リルの当然の質問に俺は、その理由と共に話の続きを口にした。

 「そうだよ。リル王子が考えていることは正しい。その言葉の通り....本来、俺はここに居ていい存在ではないんだ。それに、神様に背いた俺は、生きているだけで罪を重ねていると言っても過言ではない。昔からの風習としてアバルントフォーズでは、16歳になったときに村の青年は、その身を神に捧げることでその生涯を全うする。つまりあの時...あの祭りでその身を神に捧げないことは、殺人罪と同等...またはそれ以上の重罪として扱われるんだ。当たり前だよな...。だって、神様に命を捧げることで、神様は俺たちを飢えという恐怖から解放してくださるにもかかわらず....。この身を捧げなかった俺は、村の人を飢えで殺そうとした殺人未遂の罪に問われるのが、本来であれば妥当なはずなんだよ。....でも、でもな。俺が、重罪を犯す元々の原因を作ったのはお前達なんだよ。俺が毎日怯えながら、あの村で暮らさなければならなくなった理由は、お前らに俺の親族全てを皆殺しにされたからなんだよ。皆殺しにされ唯一生き残ったのは、その時に運良く逃げ切れた母親とその時母親のおなかに居た俺だけだった。....もう分かっただろ???俺の母親は、俺をここまで育てるために...自らの体を犠牲にしたんだよ...そのせいで、体が弱くなってしまった。俺が守ってやらなくちゃ....駄目なんだよ...生きていけないんだよ。それもこれも全部、お前らエルミナ国の自分勝手な王族様のせいなんだよ。俺が、これまでどんな思いでここに居たか....。この環境で生活を送っていたかなんて....お前に分かるかよ!!!!いや、分かってたまるかよ!!!!!!!この人殺しが!!!!!!死ね!!!!死んじまえ!!!!!エルミナ国の王族なんて大嫌いだ!!!!!」

 こう言って、目の前で酷く歪んだ表情をしていたリルに、アランは目から大粒の涙を流しながら、リルの胸板を小さな拳で何度も殴りつけていた。

 リルは酷く泣いているアランに何も言えず、ただアランの自分を殴る小さな拳をじっと見つめることしか出来なかった。

 そうしてアランがリルを殴る手を止めたのは、それから少し時間が経った頃だった。

 アランの様子に、それまでずっと沈黙を貫いていたリルが小さく

 「....アラン。俺一人が謝っても到底済むことではない....本当に俺の身内が申し訳ないことをした。こうやって謝っても、もうお前の親族は二度と帰ってこない。.....お前の気が済むのであれば、どんな願いでも聞こう。それが、俺の出来るお前達へのせめてもの償いだ。」

 と言うと、目の前のアランは何を考えているのか分からない表情で

「.....もう構わない。どうせこの話が終われば俺は、お前に嘘をついていたことで、この国を永久に追放されるのだろう???もういいよ.....もう疲れた。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。」

 と、半ば投げやりにこう言い放ったのだった。

 アランのこの言葉に、リルは先ほどよりも更に苦痛に歪んだ表情でアランを見つめると、先ほどからアランの上に跨がっていた自身の体をアランの上から退けると、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。

 一方、部屋に取り残されたアランは、何を考えるでもなくベッドに力なく寝転び、天井をただボーっと眺めていた。

 そして、部屋を出て行ったリルはというと、長い廊下をコツコツと歩きながら

 「リオン.....いやアラン。....俺は.....お前の為にも覚悟を決めるよ。もう敷かれたレールの上だけを歩み続けるのはやめにする。俺は.....お前のことを、本気で守りたいんだ。いち王子としてではなく、一人の男として。.....アラン、何があってもお前の事は俺が守り抜いてみせるから。」

 と言って、独り覚悟を決めると、ある場所へと足を進めたのだった。
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