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自分勝手な男

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 カツ……カツ……カツ……
 俺、木ノ崎空也きのさきくうやは、これまでの人生を振り返りながら、屋上へと向かっていた。

 小学校の頃から、俺は自分に正直だった。 
 特に周りと一緒に遊ぶことも無く、勉強して中高一貫校へ入学した。

 中学校では、流石に友達を作った。
 中高一貫校で友達がいないのは致命的かなと思ったので。
 中学は楽しかった。
 文化祭に体育祭に、皆でわちゃわちゃして過ごした。

 高校。
 高校では、俺の生き方の指針を決定する、ある出来事が起こった。
 俺の所属していた友達グループみたいなのがかなり揉めた。
 お互い悪口を言い合ってるとか、誰が誰の悪口言ったとか言ってないとか。
 友達から陰湿な悪口を聞かされている最中、俺は思った。
 クッッソどうでもいいな、と。
 俺はそこまで他人に興味を持てない。
 責任も持てない。
 だから俺は所属グループの争いには参加しなかった。
 したらある日、

「空也。お前、なんか言えよ。友達なんだからさ」

 って怒られた。
 友達? まだそんな認識があったとは。
 あれだけ陰湿な悪口を言って、友達と豪語するか。

 俺は目立たぬようそいつらからフェードアウトした。
 この時から、俺の生き方は『他人に興味を持ちすぎず、責任を持ち過ぎず』
 になった。
 そしてそのまま高校を卒業した。

 現在は大学一年生だ。
 友達もいて、そこそこ楽しくやってる。

 ただ、漠然とした不安や焦燥感でおかしくなりそうな時がある。
 そんな時、俺は家の近くのビルの屋上へ行く。
 さりげなく街に溶け込む古いビル。
 そこへ行けば、俺は心が休まる。
 何も考えずぼーっと過ごせるから。

 ※

 ビルの屋上に着いた。
 カツカツとフェンスへ向かっていく。
 そして、屋上のフェンスへ手を置く。

「ふぅ」

 十二月にここへ来るのは寒すぎたか。
 夜だということもあり、肌が固まりそうなくらい寒い。

「……相変わらず、変わんねぇ」

 こっから見る景色は変わらない。
 ビルとか家とかの明かりが見えて、特に面白くも無い。
 けど、それが良いんだ。

「ふぅ」
「はあぁ……」

 はあぁ?
 ふぅ、は俺だ。
 でも、はあぁ……は、俺の声じゃない。

「……ぁお」

 変な声が出た。
 左を見ると、落ち込んだ雰囲気の女がいた。
 ショートヘアの黒髪。
 白のデザイナーブランドっぽいシャツを着た、ラフな格好。
 今のため息は、この子か。
 こんな所に、若い女の子。
 何かやばいかも。
 どうせだったら声かけてみるか。

「おーい」
「っ!?」

 思ったより驚かれた。

 でも驚いたのは、俺のほうだ。
 その子は、綺麗な顔をしていた。
 綺麗な黒髪。綺麗な瞳。可愛らしい輪郭。
 いや、俺がこんなに女の子の顔を凝視したことが無いだけか。
 よし、話しかけてみよう。

「何してたの。名前は?」
「……いや、水無瀬琉莉です。特に何もないです、けど」

 ミナセルリ、か。
 いい名前。
 何が良いかって言われたら説明出来ないけど、いい名前。
 ってか、夜一人で屋上に来て何も無いわけ無いだろ。

「タメでいいよ。……何もない奴が夜九時に屋上に来ないでしょーが」
「……それもそうだね」

 あっさり認めた。
 ほら、何かあったんじゃん。

「色々あって、消えたくなったの」
「え……もしかして、こっから飛ぶ気?」
「いや、私にそんな勇気無いよ」

 それは一安心。
 まぁ、クズなこと言うと、飛ぼうが飛ぶまいが俺には何も出来ないんだけど。

「そっか、良かったよ」
「でもさ……もし」
「ん?」

 何だろう。

「もし飛ぶ気だって言ったら、君はどうする?」
「……」

 おおお。
 何も考えずぼーっと過ごせる、からは最もかけ離れた問いがキタ。
 うーん。うーん。
 よし、思ったことを正直に言おう。
 誤魔化しても何もならない。

「せっかく運命的な出会いができたのに、残念だ」
「……え?」
「あ、でもせめて俺がここから去るまでは待ってほしい。怖いから」

 ちょっと正直に言い過ぎたか?
 事実を赤裸々に話しただけだが、もっとこう、オブラートに包めば良かったか。

「止めないの?」
「ん?」
「だって、私がここから飛ぶってことは、つまりその」
「うん。どういう意味かは分かってる」

 分かってる。けど、半端な慰めなんて傷に塩を塗るだけだ。

「止めないの、ここから飛ぶこと」
「止めないよ」
「何で」
「何でって……まぁ、今までお疲れ様って思うから」

 そう、戸惑いを生むだけなら、俺は余計なことは言わない。

「労い?」
「んー、まぁそんな感じかな。だってさ、自分が背負ってるものを百パー受け止めれるのって自分だけじゃん。それを他人が百パー受けとめようなんて、おかしな話じゃない?」
「つまり?」
「君がその荷物を背負いきれなくなったなら、俺はもっかい君にそれを背負わせる勇気なんて無いや。それにちょっと面倒だし」

 俺の考えを語った。

「俺は良くも悪くもそこまで他人に責任を持てない人間だから。ごめんね、止めてあげられなくて」
「みたいだね」

 マズいか?
 正直に言い過ぎたかな。
 このまま羽ばたかれたらどうしよう。
 一応、生きることも視野に入れるように言うか。

「あ、でも、やり残したことあるならやっといたら? それからでもいいんじゃないかな、とは思うよ。君、何歳」
「……ぷっ」

 え?

「ふ……あははっ!!」
「はい?」

 一体どうした?
 半狂乱になってしまったのか?
 人は絶望しすぎると笑うとか笑わないとか。
 つまりその状態?

「『君』って……私、二十五だよ」

 に、二十五!?
 予想外の打撃。
 めちゃくちゃ年上じゃねーか!

「えっ!? ……なんだ、年上だったんですか。ボブの黒髪で童顔だったんで、てっきり同じくらいかと」

 反則だろ。
 その童顔は反則。

「タメでいいよ、もう、何それ。そんなんで判断しないでよね。君は、何歳? 名前は?」
「俺は、十九。名前は木ノ崎空也。ってことは六歳も上にタメでいいよ、とか言ってたのか……でも、なんか敬語使う気にならないな」
「え? 何それ。なんか生意気」

 今更タメは無理だ。
 何か恥ずかしい。
 失礼だけど、童顔に免じて許してほしい。

「木ノ崎君、君のこと、もっと教えてよ。もっと知りたい。もう少しここで話そう」
「え? あ、ぉ……」

 また、変な声が出た。
 全身の産毛が逆立つような感覚。

 誰かに、自分のことを教えてなんて、言われたのは初めてだ。
 この感覚は何だ。驚きか?

 いや、違う。

 俺のテーマ『他人に興味を持ちすぎず、責任を持ち過ぎず』
 から最もかけ離れた感情。

 ――他人に何かしてもらって、嬉しい。
 ただ、嬉しい。
 この人のこと、水無瀬琉莉のことを知りたい。

「水無瀬が、いいなら、話すけど。……でも、水無瀬のことも、教えて」
「うん、私のことも教える。聞いてほしいから」

 知りたい。この人のこと、もっと知りたい。
 あ、でも、一つ言っとかなきゃ。

「俺は自分勝手だから、聞いててムカつくかもよ」
「いいじゃん、自分勝手で。その性格に救われた人だっていると思うよ」
「そんな奴いるかね……」

 救われた人か。
 心当たりはないけど、もしほんの少し欲を言うなら、それが水無瀬であってほしい。
 なんて、柄じゃないか。

「いるよ。案外近くに」


 空の星々と街の明かりでキラキラ煌めく、肌寒い冬の夜。
 俺と水無瀬は、そんな不思議な空気が包む夜の屋上で、幻想的な時間を過ごした。
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