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ヨウタ日記 ※読み切り

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「……チッ。また二位かよ」

「あははっ。ヨウタも頑張った頑張った。偉いよ」

 張り出された中間テストの順位表を見て、俺は嘆息を漏らした。

 二年生 春学期中間考査 校内総合順位(十月五日発表)
 一位 東 麗花あずま れいか
 二位 真辺 陽太まなべ ようた

 俺の順位は二位だ。
 一位は――

「私が一位だね。よかった。文化史の範囲が少し不安だったんだけど」

「クッ……麗花。悔しいけど今回は俺の負けだ。認めざるをえない」

「前回も私が勝ってたような気がするんだけど……ま、いっか」

 俺の隣で満足そうに中間考査の順位をみるこいつの名は、東麗花あずま れいか
 俺の幼馴染で、小学校四年生からの付き合いだ。
 俺達は今高校二年生だから、もう八年くらいか。

「グギ……麗花。絶対……次は絶対負けないからな。次も、俺と勝負しろ!!」

「ふふっ。いいよ、何回でも勝負してあげるから。次は勝てるといいねっ」

 そう言って麗花は微笑む。
「次は勝てるといいね」なんて言葉、心が汚れている俺には煽りにしか聞こえない。
 しかし麗花の場合、そうでないことは分かる。
 遥か昔からの知己である麗花の心が純朴なものであることは、俺が一番よく分かっている。

「麗花―、テストの結果どうだったー? ……すごっ!! また一位じゃん!! やっぱ麗花は凄いなー。聞くまでもなかったか……」

 麗花の友人のトモミさんが飛んできた。

「トモミ、ありがとう。そんなことないよ。ただやるべきことをやっただけで」

「私にはそれができないのっ」

 てや、と友人のトモミさんにチョップされる麗花。
 麗花は嬉しそうに満面の笑みで笑う。
 その笑顔に、クラスの男子はポーっと恍惚の表情を浮かべていた。

「負けちゃったね、ヨウタ君。ツートップ争いは麗花の勝ちですなー。でも二位って凄いよね。よっ、ヨウタ先生!! あははっ」

「その呼び方ハズいから止めてくれ、トモミさん。いやまぁ、負けた。

「あれ、いつも麗花が勝ってなかったっけ?」

 俺が誤魔化していると、トモミさんは頭にハテナマークを浮かべた。
 その純粋な疑問は心に刺さるから止めてくれ。

「あ、あぁー……どうかな。俺が勝ってた気も、するけど。そういうトモミさんはどうだったんだ? 俺は少しは役に立ったか?」

 中間考査の二週間前、トモミさんに勉強を教えてくれと泣きつかれたのを覚えている。
 麗花に泣きつけばいいだろと思ったが、生憎委員会に手を焼いていたようで、俺がマンツーマンで指導した。
 同じ保健委員会のトモミさんには随分世話になっているからな。

「それはもう……いや、あの……その」

 駄目だったんだな。

「でも、ホントに次こそはやってみせるから……次も、頼んでいい、ですか?」

「ああ。全然いいよ。勉強に興味を持ってくれるのはこちらとしても嬉しい。獰猛な問題を己の刃で斬り倒していく感覚を分かってくれたか」

「ああ……うーん。それはちょっと分かんないかな。でも、ありがとう。頼りにしてるよ、ヨウタ君」

「あ、ぉう」

 いきなり謝礼を口にされ、変な裏声が出た。
 止めてくれ。そんな優しくされたら好きになっちゃうだろ。

「じゃあねヨウタ君。麗花、ご飯食べよ」

「……うん。あ……ちょっと待って、トモミ」

 チラッと、麗花は綺麗で大きな瞳を俺に向けた。
 どこか元気がないように見える。
 俺の耳元に桃色の唇を近づけ、小声で何か囁く。

「今のトモミの言葉、大丈夫……? 気にしてない?」

「気にしてないよ。俺の実力不足だから」

「そっか……良かった。お弁当、朝渡したよね。フウタの好きな唐揚げあるから、食べてねっ」

「ああ、いつも悪いな」 

 ニコっと笑ってそう言い残すと、麗花は親友のトモミさんと共にどこかへ去っていった。
 甘ったるい匂いが微かに香る。

「てめぇヨウタアアッ……いくら幼馴染だからって、耳元asmrとはどういうことだ……許さんぞ」

「何だよ耳元asmrって。そんな大した会話してねぇって」

 俺が麗花と喋ると、決まって友人のヒロキがちょっかいをかけてくる。
 羨望の眼差しに関しては、クラスの大半から浴びる。

 俺の幼馴染の東麗花は、高校の大半の男を虜にしてしまう程の人気っぷりだ。
 綺麗な黒髪のロングヘアーに、白のヘアクリップがチャームポイント。
 目は綺麗な漆黒の瞳。
 あまりメイクが濃くなので、顔立ちにどこかあどけなさが残っているが、その純朴さも男子の庇護欲を掻き立てている。
 また、容姿端麗さることながら、博学才穎はくがくさいえい
 学力は俺を差し置いて常に学年一位だ。
 また性格も抜群で、クラスの人間に等しく優しい。
 勉強に関して、底辺組から神のように救いを求められることもしばしばだ。
 このように、才媛な麗花は俺の高校内で花形なのである。

「この中二病とあの東さんが幼馴染なんて……俺が東さんと幼馴染だったらソッコー堕とせてるのに」

「黙れ。誰が中二病だ。……ヒロキ、お前、彼女いたことない、よな」

「間違いございません」

 俺が申し訳なさそうにヒロキに言うと、あっさり容疑を認めた。
 こいつに関しては、まずは一人目の彼女からだな。

「何だよヨウタッ!! てめぇも彼女いねぇ童貞だろ!!」

「はっ!? だから何だよ!! 俺はそんなもんに現を抜かしてるヒマねぇんだよ!!」

 癇癪を起したように、突然ヒロキが暴れだした。
 全く、この高校には狂人が多い。

 俺、真辺陽太まなべ ようたが通う高校は、都立舞門高校まいもんこうこう
 都内ではトップクラスの偏差値で、施設は充実している。
 食堂、購買、グラウンド、プールなど、どの設備も整っている。
 周りにもデパートや飲食店なんかが多く、放課後は場所を選んで遊びに行ける。
 ただ、何故だか知らんが個性豊かな輩が多い。

「お前は勉強だけじゃなくて、女にも興味持て。世界が広がるぞ」

「俺だって興味あるよ。お前の童貞イジリを気にするくらいにはな」

 俺はガリ勉だの中二病だの周りに言われるけど、思春期の男子。
 興味はある。

「……お前と益体のない話をするのも飽きてきたな。飯食うぞ、ヒロキ。オタ氏はどこだ」

「同意だ。さっさと昼にしよう。さぁ? 探せばいるだろ」

 ※

「いやー、この前の『俺は弱いけど、運動勉強その他すべてが完璧な美人幼馴染が全て完璧にカバーしてくれるので何の問題もありません~甘々幼馴染と甘い学園ライフ』は面白かったですなぁ。ヒロインと主人公の体育祭イベントでは……およ、ワタク氏はなんてことを!? ヨウタ氏、ヒロキ氏がまだ最新刊を追えていないという可能性があるにも関わらず内容をぺらぺらと喋ってしまいましたではありませんか! 失敬ヨウタ氏、ヒロキ氏。今の」

「あー、いいよオタ氏、気にしなくても。その内追うから」

「そ、そうでございますかヨウタ氏。ワタク氏、好きなものの話になると熱中してしまう性分でして……これはいけない」

 好きなラノベをマシンガントークで話すこいつの名は、渡利一洋わたり いちよう。通称オタ氏だ。
 オタクで、かつ誰にでも『氏』と付けるので、オタ氏というあだ名になった。
 丸いメガネに少しぽっちゃりな体型。
 キャラが立ちすぎて怖い。

 昼飯は、俺とヒロキとオタ氏の三人で食べる。
 大人数で食うやつもいるが、俺はこのメンバーが丁度いい。
 食堂ではなく、2年A組の教室内で弁当を食べる。
 たまには食堂に行っても良いんだが、なんせ麗花がお弁当を作ってくれるから毎日弁当だ。

「てめぇ……今日も手作り弁当か。自分が幸せってこと、自覚しやがれ!!」

「してるって。本当に助かってるよ。うちの母親も感謝してもしきれないって言って、頻繁におすそ分けとかもしてるし」

「家族ぐるみの付き合い……だと……? おいオタ氏、こいつと麗花ちゃんがくっつく可能性を分析してくれ」

「容易い、ヒロキ氏。まず先程の耳打ち。あの仕草は行為のある人間にしかできない所作でござる。従って好意があるというのはほぼ確定でございましょう。次に手作り弁当。これはもう、幼馴染ラブコメに当てはめると――」

「くそがっ!!」

「ゴブエァ!?」

 またヒロキが癇癪を起して、オタ氏に腹パンをした。
 一人で暴れるのは良いけど、オタ氏に八つ当たりはどうなんだ。
 オタ氏は質問に答えただけで、何の罪も無いぞ。

 これが俺の、変わらぬ日常だ。
 幼馴染の麗花と遊んだり、友達と談笑したり、勉強したり。
 ただ、オタ氏が理不尽にボコられるのはレアイベントだ。

「オタ氏、大丈夫か」

「大丈夫でございまするヨウタ氏。これしきのことでへばっていては推しの『カニ星人りさにゃん』に顔向けできませぬからな。何度も死線をくぐることでワタク氏は強くなれるのです」

「お、おう……饒舌、ってことは無事な証だな。てかそんな死にかけてたのかよ」

 『カニ星人りさにゃん』は、確か今話題の大人気Vtuberだったか。
 カニカニアイランドからきたカニと人のハーフだっけ。
 こんだけ尖りオタクなのに、意外とミーハーなとこもあるよな、こいつ。

「ってかよぉ、カニは置いといて、ヨウタ」

「どうしたヒロキ」

 まぁカニには触れなくていいと思う。

「東さんって、月火水木金、春夏秋冬ずっとお前の弁当作ってるわけ? 高校入学からずっと?」

「ん、ああ、俺がいらないってラインする時か、体調不良で欠席の日以外はそうだな……」

「おおお……それは羨ましいよ。羨ましいけどよ……けど、オタ氏的には、こう、どう?」

「よよ、ワタク氏的には尽くしてくれる系王道ヒロインだと睨んでおりますが……いや、もしかするとこれは『ヤンデレ』の可能性も……? いや、流石にそれは――」

「そう!! そうなんだよ。何かこう、愛が少し重い感じがするよな。もはやヨウタのパトロンっつーか。何かあの純朴な心に闇を孕んでそうっつーか」

「それはない。余計な邪推だ。お弁当だって、私の分もどうせ作るし、余計なこと考えなくていいのって言ってくれたしな」

 この前、お弁当を作るのがやはり負担なんじゃないかと思って、直接訪ねてみた。
 その時も、気にしなくていいって言ってくれたしな。
 ついでくらいの感覚なんだと思う。

「……鈍感野郎! お前はこう、恋愛小説齧ってんのに何で女心が分からん?」

「いや、分かってるよ。分かったうえでそう思うんだ。俺と麗花は幼馴染だし、お互い切っても切れない関係っつーか、まぁ一緒にいるのが当たり前になってんだよ」

 そう、俺達は幼馴染だし、何かといつも隣にいる関係だった。
 多分麗花にそういう感情はない。
 ……はず。

「なぁオタ氏、ヨウタ君のこと殴っていいかな? かな?」

「およ、それはなたがチャームポイントのあの少女の口癖――」

「いくら好きだからってそのステマ危ないから止めろオタ氏! んで、ヒロキは殴るのを止めろ」

 いつもと変わらない馬鹿なやり取りだ。
 ただ、いつも通りの歓談をしつつも、ある言葉が何故か俺の心を掻きむしった。

 俺自身そんな風に思っていたつもりはない。
 ただ、愛が重いという言葉がなぜか引っ掛かった。
 その言葉を何故か上手く咀嚼できぬまま、俺は昼休みを終えた。

 ※

 舞門高校の放課後がやってきた。
 七限の授業を終え、クラスメイト達はそれぞれの時間を過ごす。
 友達とティータイムを楽しむものや、買い物に行くもの、図書館で勤勉に学生の責務を勤めるもの、部活動に捧げるもの、速攻で帰るもの。
 千差万別だが、俺はというと――

「帰って勉強だな」

 これ一択だ。

「よし、今日は数Bと物理やるか……飽きてきたら古文単語と――」

「あの、ヨウタ」

「おお、麗花か。どうした」

 俺がいそいそと鞄に教科書をしまっていると、麗花がやってきた。
 同じクラスだしよく喋るので、特に驚いたりはしない。

「一緒に帰りたいんだけど……いい、かな? 最近、私とヨウタ、一緒に帰ってなかったよね……」

「ああ……言われてみればそうだな。最近はヒロキとオタ氏の三人で帰ってるしな……じゃあ、一緒に帰ろう」

 特に断る理由もないので、俺は快く承諾した。

「よかったぁ……断られたら、私どうしようかと思っちゃった。一緒に帰ろう。二人で帰るの、楽しみっ」

 俺が誘いを固辞して帰ってしまう可能性も危惧していたのか。
 そこまで薄情な人間ではないと自分では思っているが。

「そうだな。お互い色々話してないこともあるだろうし、近況報告でもするか」

「うん、話したいことあるの……、ね」

 ※

 校門を出て、俺達はいつも通りの路地を歩いていた。
 帰り際にヒロキから「お前だけは許さないのですよ」と怨念のこもった声で言われた。
 まだ某人気アニメの喋り方を引きずってやがる。

 俺と麗花は、お互い家が近いので、ほとんど最後まで帰路を共にすることになる。

「最近どう? 勉強とか上手くいってる? 目指してる国公立大学、行けるといいね」

「……今日の中間考査の結果を参照してくれ。ああ、そうだな。絶対受かってみせるさ。麗花は上手くいってそうでよかったよ」

「ふふ、二位って凄いと思うけどなぁ」

 麗花は中間考査の結果にご満悦の様子だった。
 ニコニコ柔らかい笑みを浮かべ、御機嫌だ。

「一位のやつから労われてもなぁ……何か、いつもにまして嬉しそうだな」

「うん。嬉しいのはテストの結果だけじゃないよ。むしろそれは二の次。私は、君と帰れることが一番嬉しいよ」

 微笑みながらそう言った麗花に一切嘘の心は感じない。
 本心であることは明白だ。

「確かに、久しぶりだよなぁ。俺は大体ヒロキとオタ氏と帰るし、麗花はトモミさん達と――」

「あ、そうだ! 明日、英語の小テストだよね。ちゃんと準備した?」

「……? あぁ、俺は抜かりなく。問題ないが」

 俺がトモミさん達の話を繰り出すと、不自然に話を遮られてしまった。
 今まで話を遮られるなんてことあったっけ、と一瞬疑心を抱きそうになったが、特に意味はないと思ったので止めておいた。

「そっか、良かった。流石だねぇ。私ももっと頑張らなきゃっ」

「麗花は大丈夫だって。やることやってんだから、もう少し肩肘張らずに楽にやればいい」

「えへへ、心配してくれてありがとうっ。そうだね、最近があったから、焦ってるんだ」

「嫌なこと?」

「うん」

 麗花に嫌なことがあったなんて把握していなかった。
 いや、そりゃ人である以上幾許いくばくか嫌なことはあるだろうが、麗花がそんな風に打ち明けてくるのは初めてかもしれない。

「まぁ、クラスの奴等はお前を神格化してるけど、麗花も一人の人間だ。色々あるよな。今日はゆっくり話して帰ろうぜ」

「あのさ……もしよかったら、だけど、私の家に来ない? ほら、色々話したいこともあるし、たまにはいいかなーって」

 麗花は少し及び腰になりながらそう言った。

「そんな遠慮しなくていいよ。うん、最近めっきり行ってなかったから、いいかもな。よし、行こうぜ」

「そっか……良かった。そうだよね、たまには二人で過ごしたいから」

 俺の承諾に麗花は安堵した素振りを見せた。
 ただ――

「……まだ、毒されてなくてよかった」

 そう麗花がぽつりと呟いたのを、俺は聞き逃していた。

 ※

「ふいい……しっかし、整った部屋だなー」

 久しぶりに訪れた麗花の部屋に、俺は感心させられていた。
 清潔感のある寝台、薄いブルーのカーテン、壁には猫のカレンダー、壁掛け棚には花瓶の花。
 抜かりなくきちっと整理整頓された部屋が、麗花の高潔さを示している。

「あはは、散らかっては整えるを繰り返してるからね。今日は偶々綺麗だっただけだよ」

「そう、なのか? まぁ事実として今綺麗なわけだし、結果オーライだな」

「ふふっ。まぁ、そうだね。ヨウタが来るならもっと張り切ればよかった。まぁ、これからも来てくれるしいいかっ」

 決めつけたような意味深な発言に、『愛が重い』という言葉が過ったが、余計なことは考えないようにした。
 それから、他愛もない会話を繰り返しながら、時間が過ぎていった。
 麗花の様子が変わったのは、家に来て1時間くらい経過した頃だった。

 ※

「しかし、麗花は学級委員に生徒会書記に勉強に色々大変だよな」

「大丈夫だよ。私は全部にやりがいを感じてるから。……そうだ、ヨウタはどう? 保健委員会とか、大変じゃない? 副委員長なんだよね?」

「んー、それこそ最近トモミさんと仲良くなったんだ。同じ委員会ってのは知ってるよな?」

「うん、知ってるよ。トモミからいっぱい聞いてるから」

「そっか。トモミさんは凄いよな。バレーやってて、それでリーダーシップあるのかな。委員長としてテキパキ動いてくれてさぁ。掃除も健康診断の記録とかも、ほんと頼りになるんだ。ま、勉強は……触れないでおこう」

 俺は冗談交じりにトモミさんの学力をいじった。
 ――麗花は、俺の期待とは裏腹に、どこか苦しそうな、虚ろな目をしていた。

「あ、ごめん……あんまこういうのよくなかったな。得意なことは人それぞれだ」

「……トモミのこと、気に入ってるんだ、ね」

「気に入ってるっていうか……いや、まあそうなるかもな。保健委員でも、トモミさんがいるかいないかで趨勢にだいぶ影響してくるし。確か一度トモミさんが休んだ時は進みが悪かったような」

「よく見てるね。私の知らないところで……あ、そういえばさ。ヨウタ……この前、トモミと二人で勉強会したって、本当?」

 どこか悄然とした面持ちでそう尋ねる麗花の声は、依然として柔らかな声だ。
 しかし、先程までとは違い声のトーンが低かった。
 何故だかヒヤリ、と漠然とした不安が俺を襲った。

「お、おう。まぁ色々あって、二人で。まぁあれは中途半――」

「詳しく教えてくれるかな? 二人で、何話したの?」

「うーん……まぁ、あんまり覚えてないかも」

「トモミは覚えてたよ? 私がたくさん質問したら、答えてくれたよ?」

「え……分かったよ。面白がってだろうけど、トモミさんは俺の性格を気に入ったみたいでさ。もちろん麗花のことも話したし、好きなアニメも話したかな。ほら、麗花に前話した――」

「そのアニメ、映画やるって言っていたよね」

 ――まさか。
 麗花の様子がおかしくなった理由が、もしに起因するなら。
 オタ氏やヒロキが言っていたことは――

「ねぇ、一緒に行く約束、したの……?」

「――ッ」

 思わず口籠ってしまった。
 あれはその場の流れというか、トモミさんが誘ってくれて、俺もそのアニメが好きだから承諾したのだ。
 ヒロキもオタ氏も、アニメの話数の多さに苦闘していたから。
 最新話まで追えているトモミさんと見に行くのはいいな、と思ったんだ。

「あぁ、約束したよ」

「二人きりで、行くんだ……私を置いて……」

「置いて、って。そんなつもりは……」

 声のトーンがさらに低くなった。
 さりとて俺が引け目を感じることはない。
 別に、映画を見て感想を述べあうだけだ。
 それ以上のでもそれ以下でもない。
 何も――

「ちょっと待ってて。取ってくるから」

「え? 何を?」

「待ってて」

「お、おう……分かったよ」

 突然そう切り出され驚いたが、お菓子か何かだろうか。
 いつもお茶請けを出してくれるし、その類かもしれない。
 こういう気の利くところが、男女問わず人気な理由なのだろう。

 ――しばらく待っていると、麗花が部屋に戻ってきた。

「はい、これ読んでっ」

「ん? 何だこれ」

 麗花の右腕には、ある一冊の大学ノートが。
 それを突然俺に差し出してきた。

「読んでいいのか?」

「いいよっ」

 先程のトーンから、再びいつもの明るく優しい声に戻っていた。
 俺は指示された通りにノートを読むことにした。

 ※

 『ヨウタ日記』

 十月二日(火)

 今日もヨウタはカッコよかった。四限目の化学では、三回も手を挙げていた。難しい問題にも取り組むその姿勢が大好き。五限目の古典では、少しうとうとしていた。でも、眠気を振り切ってノートを書いていた。可愛い。七限が終わって一緒に帰ろうと声をかけようとしたけど、渡利君達と帰るらしい。少し悔しいけど、渡利君とヒロキ君は悪い虫じゃないから大丈夫。今日もヨウタに何もなくてよかった。ヨウタの夢が叶うまで告白はしないって決めてるけど、不安で仕方ない。
 
 十月三日(水)

 トモミがやけにヨウタの話をするようになった。保健委員が一緒で、最近仲良くなったらしい。トモミは、私がヨウタのこと好きって知ってるよね。だから大丈夫だと思うんだけど、できればあまり仲良くしすぎないでほしいな。変な気を起こしたら駄目だから。ヨウタ、大好きだよ。安心して。同じ委員会になれなかったのは残念だけど、生徒会が早めに終わったら必ず様子を見に行くからね。

 十月四日(木)

 今日は二限の時間に、ヨウタが私にトモミの話を楽しそうにした。辛い、辛い辛い辛い。でも、トモミもヨウタもそんな気ないよね。大丈夫。ヨウタの夢は邪魔したくないし、トモミも、最近仲良くなったばかりだけど、いい子ってのはちゃんと分かってるから。

 十月八日(月)

 朝からヨウタがトモミと喋ってた。何話してたかトモミに聞いたら、ヨウタにマンツーマンで勉強を教えてもらうらしい。嫌だ嫌だ。私の居ない所でコソコソするなんて意地悪だよ。トモミには、前言ったよね。ヨウタが大好きだよって。嘘だよね、トモミ。冗談だよね? でも、私はトモミを信じてるよ。ヨウタも、トモミに変な感情抱いてないよね。勉強会、コッソリ見に行こう。変な気を起こしてないか監視しなきゃ。
 
 十月九日(火)
 
 ヨウタとトモミが二人で映画に行くらしい。トモミ、私を裏切るんだ。私からヨウタを奪うつもりなんだろうけど、そうはさせない。ヨウタは私のものいままでもこれからもずっとかわらずいつまでもやがて結婚もするし人生のパートナーになるのだからともみにはわたせない。大好き大好き大好き大好き大好き大好き私以外ヨウタのことなんて分かってあげられないずっと一緒だから私にはヨウタしかいないの一生大好き大好き大好き大好き大好き

 ※
 



 俺は絶句した。


 これ以前も、ずっと日記が書かれていた。
 内容は、ずっと俺のことだ。
 ずっと、俺、俺、俺、俺、俺、俺。
 俺俺おれおれおれおれおれおれ。
 
「ふふ……あはははははははははっ!!!」

「……!?」

 思わぬ出来事に俺は吃驚きっきょうした。
 突然、麗花があはははと笑い出したのだ。

「ヨウタの夢が叶うまでは我慢しようと思ってたけど、もう我慢できない!! ねぇ、日記驚いた? 私ね、こんなにもヨウタのことが好きなんだよ? 初めて出会った時からずーーーーーーーーーっと。この気持ち、分かってくれる?」

「……あ、ぁう」

「ヨウタも、お互い切っても切れない関係って言ってくれたもんね? そう、私達は運命の赤い糸で結ばれているの!! もう離れられないの!! あはははははっ!!!」

 嘘だろ。
 今日の昼飯の時の会話も、聞いていたのか。
 いや、もしかしたらずっとそうだったのか?
 ずっと俺を監視していた。
 ずっとずっと。

「麗花……」

 怖気立ち後ずさりする俺をものともせず、麗花はグイッと顔を近づけてくる。
 甘ったるい香りがする。
 しかし、その眼には純朴さではなく、狂気が宿っていた。

「ヨウタ。私は嬉しかったよ。一緒にいるのが当たり前って言ってくれて。ヨウタもそんな風に思ってくれてたんだね。ずっと一緒だよ。これからもずーーっと」





 ――ああ、そうか。
 こうなってしまったのは、麗花だけの責任じゃない。
 一緒にいるのが当たり前なんて、そんな無責任な発言したのに、トモミさんと遊ぶ約束まで。
 こうなるのは、俺の言動が引き起こしたものだったのか。

 今思えば、俺がヒロキ達の言葉に引っ掛かっていたのは、麗花がこの狂気の鱗片を覗かせていたからだ。
 特に気にすることなかったけど、今更気にしてももう遅い。
 
 幼馴染の狂気を目の当たりにして、俺は諦観の笑みが零れた。

「トモミのことは私が何とかするから……ね? 映画も一緒に行こう? 保健委員も私が手伝うよ。勉強も君に教える為に頑張ってるんだよ。だから、私を頼って? 他の人じゃなくて私を見て。私は今までもこれからもずっとずっとヨウタだけのものだからあははははは」


 オタ氏が言っていた台詞が脳裏をよぎった。
 
「よよ、ワタク氏的には尽くしてくれる系王道ヒロインだと睨んでおりますが……いや、もしかするとこれは『ヤンデレ』の可能性も……? 」




 ――そうだな。王道ヒロインか。 
 そういう未来もあったよな。

 王道ヒロインと相反する麗花に抱きしめられながら、俺は静かに目を閉じた。
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