異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった

リョウ

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第1章 渦巻く陰謀

冒険者ギルド

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 驚きは冷めぬまま、コータとセチアたちは第2王女であるサーニャを中心に置き、護衛する形でソソケット森林の入口へと向かう。
「コータだったかしら?」
「は、はい」
 折れた両腕をぶらんと下ろし、前かがみになったまま頼りにならない足取りのコータにサーニャは話しかける。
 コータの声に緊張の色を感じ取れるのは、サーニャが第2王女だと言う事実を知ってしまったからだろう。幾ら日本にいたと言えど、第2王女がどれほどの位で、権力を持っているのかは分かる。
「あなたは冒険者なのかしら?」
「い、いえ」
「それじゃあ傭兵か何かかしら?」
 どうやらサーニャはコータをこの世界で戦う職に付いている人だと思っているらしい。
「えっと……」
「失礼ながらサーニャ様。コータは放浪者でございます」
 何と回答すべきか悩み、沈黙しているコータに代わりセチアが口を開く。コータと話す時よりも、重々しい音色で畏まった言葉遣い。冒険者と言えば、きちんとした言葉遣いなど出来ないとコータは思っていたが、セチアは違うらしい。第2王女に対して敬いを見せている。
「ほう。それならば何故、私を助けてくれたのだ? 先程の態度を見るに私が第2王女だと言うことは知らなかったようだが」
「いや、えっと……それは」
 俺の好きな人と似てるから、なんてことは口が裂けても言えないコータは着地点が見えずにあたふたとする。
「言い難いことならいい」
「ありがとうございます」
 痛む体に鞭を打ち、小さく頭を下げる。
「それよりも、第2王女であられるサーニャ様が何故このような辺境の森林にいらっしゃったのですか?」
 周囲の警戒を怠ることもせずセチアは訊ねる。
「それは、まぁ、なんだ。……業務だな」
 妙な間を開けてから答えるサーニャ。その時点でこの場にいる全ての人間に嘘であることがバレている。だが、その事に気づいた様子もなくサーニャはいけしゃあしゃあと続ける。
「調査というものだ。幾ら辺境と言ってもここは人の国の領地だ。管理しなければならないのだ」
「そうですか。わざわざ御足労ありがとうございます」
「うむ」
 セチアの言葉に気を良くしたのか、サーニャは極上の笑顔を浮かべながら頷いた。

 そうこうしているうちに、ソソケット森林の入口へと戻ってきた。入口付近でソーリア草を探していたライオは、サーニャの顔を見るなり跪いたあたりやはり大きな商会をやっている息子である。
「あの大きな物音はゴブリンとの戦闘によるものだったのですか」
 ソソケットへの帰り道、ライオの耳に幾度も届いた大きな音の正体をセチアから聞いた。
「それでコータさんはその有様ということですか」
「そうなんです」
 武器も持たずにゴブリンに挑んだ結果、全身に大怪我を負ったコータは苦笑いで答える。だが、その苦笑いですらも全身に負担をかけているらしく、全身に痛みという電撃が走る。
「第2王女である私の命を、文字通り命懸けで救ってくれたコータには、お父様より謝礼を出してもらうように言うつもりだ」
 ソソケット森林からソソケットまでは街道となっており、見通しも良い。そのため、ゴブリンなどの魔物や盗賊などに襲われる心配はほぼない。セチアとアーロに肩を貸してもらい歩くコータに、サーニャは隣まで歩み寄り告げた。
「そ、そんな俺なんかよりセチアたちの方が」
「それも分かっておる。セチアたちローズライトだったかな?」
「はい」
 パーティー名を確認したサーニャに、セチアは短く答える。それを受け、サーニャは頷き言葉を紡ぐ。
「ローズライトには謝礼金として金貨50枚を贈呈する」
「ご、50枚ですか!?」
 驚きの声を上げたのはルアだ。戦闘時は大きな声を張っていたが、それ以降はほぼ会話に入ってくることすらしなかったルア。それが報酬額を聞いた途端、人が変わったかのように大声を上げた。
「少ないか?」
「い、いえ」
「多すぎるほどですよ」
 驚きのあまりに二の句を繋げないでいるルアに、セチアが続きを受け持つ。
「そうか?」
「はい。普通、ゴブリン一体当たりの討伐報酬は銀貨10枚程度。今回はメイジゴブリンが一体混じっていましたが、それでも銀貨25枚が限度でしょう」
「でもローズライトは第2王女という王族を救ったのだ。もしあの場にローズライトが現れなければ私も、ルーストもそしてコータだって死んでいたかもしれないわ」
 コータはあくまで一時の気を引いただけ。あのままセチアたちが来なければ、被害はこの程度では済まなかっただろう。
「だから金貨50枚だ」
 嘘偽りのない、真摯な笑顔。それはあまりにも真っ直ぐで、その姿だけを見れば瑞希を思い返させる。
 一夜空けても戻らなかった世界。全身が痛む感覚。そのどれをとってもこれは現実である。
 だから恐らく、もうコータは日本には帰れない。好きだった瑞希とは会えない。
 瑞希と瓜二つのサーニャと話せば話すほど、瑞希との違いが感じられ、露わになり、辛くなる。
 目頭が熱くなるのを感じる。涙という形で表に出そうになっているのだ。
「どうかしたのですか?」
 その様子にいち早く気がついたライオが、心配そうな声音を零した。
「だ、大丈夫」
 涙の色に侵食されそうなのをぐっと堪え、コータは気丈に振舞った。
 一瞬、ライオの顔に疑問が浮かんだ。何故、嘘をつくのか、という類のものだ。だが、それも直ぐに消え、「そうですか」と告げたのだ。
 そして何かを悟ったような表情を浮かべ、コータの元へと歩み寄る。
「隠し事をする時はもう少し上手くやらないダメですよ」
 耳元まで顔を近づけたライオは小さく囁くようにそう言う。コータの想いはどこまで悟られているのか、それは分からない。だが、コータが嘘を告げたことはお見通しらしい。
「さすが商人だ」
 コータは苦笑混じりにそう零すしかなかった。

 * * * *

 ゴブリンとの先頭から1週間が過ぎた。翌日に冒険者ギルドなるものからコータが仮住まいしている宿屋にポーションが届いた。それを飲んだことにより、傷はかなり回復し、その翌日からは普通にライオの手伝いを再開させられたほどだ。
 ちなみにライオの家には転移してから最初の3日間お世話になり、そこからはライオから貰った給金で宿を借りたのだ。
 厩舎よりはベッドがある分、幾分かマシだがそれでも隣の部屋との壁は薄く夜になればかなりうるさい。
 あーん、だのなんだのというエロティックな声を聞き寝るに寝れないコータは今日も今日とて寝不足だ。
「そろそろまじで良い宿屋取らないと……」
 ソソケットで一番安い宿屋に泊まっているコータは、転移時よりも痩せた様子で宿屋の受付から少し奥に行ったところにある食堂で呟く。
「はい、お待ちどう」
 毛むくじゃらの男が低い声でそう告げ、眼前にカリカリに焼かれたパンとシチューのような白いスープが出される。
「ありがとうございます」
 小声でお礼を言ってから、コータは両手を合わせていただきます、と告げる。それからパンに口をつける。カリカリ、にも限度がある。
 鉄を噛んだかのような食感で、バターやジャムと言った概念がないらしく味もしない。正直、不味いという感想しかでない。それは他の宿泊客も同じらしく、パンを食べているとは思えないほどの形相を浮かべながら、パンにかぶりついている。
「フランスパンも顔負けだな」
 意味の無い呟きを零しながら、コータも周りに負けない形相でパンを引きちぎるようにして噛み切る。
 そしてそのまま同時に運ばれてきたシチューのような白い液体に口をつける。白湯。これが妥当な表現だろう。
 具材としてジャガイモのようなパサパサの物体があるが、それにも味が染みることなくただ入れているだけといった感じだ。
 口休めにもならないスープとパンを交互に食べてから、コータは宿屋を出た。

 ソソケットの西端に位置する宿屋から出たコータを迎えたのは、セチアたちローズライトの面々だった。
「あ、おはようございます」
 ゴブリンの返り血と自らの血で汚れた黒衣のジャージをいつまでも着ていられないコータは、ライオから譲って貰った紺色の麻製の服に同じく麻製のベージュ色のズボンに身を包んでセチアたちに挨拶をする。
「おはよう」
 コータに応えるようにそう言いながらセチアは、コータが出てきた建物に目をやる。
「いやぁ、本当によくこんなところで過ごせるよね」
 哀れむような、そんな瞳が向けられる。
「何が言いたいんだよ」
「言わないと分からないってことないでしょ?」
「壁の薄さに、食事のまずさ。どれもが1級品よ」
 セチアの言葉を引き継ぐようにアーロが続けた。
「作戦会議も……できない」
 どうやらローズライトもかつてはここで泊まっていたことがあるらしい。ルアが戦闘の時とは打って変わって弱々しい声音で、体験談を零す。
「そりゃあそうだな」
 ここ数日で壁の薄さを嫌という程体験したコータは、苦笑を浮かべる。
「それで、コータはいつまでここで暮らすつもりなの?」
「いつまでって、安定した収入が得られるようになるまでだろうな」
 元の世界への帰り方など幾度も考えた。それどころか、今でも毎晩考えているコータ。だが、そのためにもしっかりとこの地で生きていかなければ、方法があっても意味が無い。
 今はまだライオのところで日雇い、という形で手伝いをしてお金を貰っているが、いつまでもそういう訳にはいかない。
「多分第2王女様からそれ相応の謝礼金が貰えるとは思うけど」
 ゴブリンの襲撃を受けた翌日には、ソソケットで一番良い馬車で王都へと戻って行ったサーニャ。ソソケットを発つ前に、謝礼は後日するとは言われている。
「それを当てにして過ごしたいが、それじゃあただのヒモだ」
 ヒモ生活も悪いとは言わない。だが、瑞希から受け取るお金のような気がして、コータはそれを当てにはしたくないという気持ちが大きいのだ。
「今はライオのヒモだけどね」
 痛いところを付いてくるアーロに何も言い返せないため、コータは話をそらす。
「ところで朝から何の用だ?」
「用って用はないわよ。ギルドに行くまでにたまたま会っただけだし」
 セチアは自意識過剰よ、と言わんばかりの視線を浴びせる。それに堪えた様子もなく、コータはあっそ、と答える。
「今日もライオのところ?」
「いや、今日は仕事がないって言われてる」
 昨日ライオット商会の棚卸しを手伝い、終わりに差し掛かったところで、ライオに
「明日は僕にできる仕事がないから、コータに回せる仕事も無さそうだ。ごめんね」
 と言われてしまったのだ。
「じゃあこんな朝からどこ行くのよ」
 早くギルドに行かなくていいのか、と思いながらコータは口を開く。
「適当にぶらつく」
「本物のヒモみたい」
「ルアさん! ちっちゃい声で酷いこと言わないで!」
 僅かにコータの耳に届いた言葉は辛辣で、思わず突っ込んでしまう。だが、あまり会話をしないルアに対して遠慮が残っているらしく、セチアやアーロのような砕けた対応ができない。
「ご、ごめんなさい」
 これまた小さな声での謝罪に、コータはどう反応するべきかで困る。
「私たちと同じように接すればいいのにね」
 そんなコータを見て、セチアは短く零す。
「ねぇ」
 そして先ほどまでとは少し違う。硬くなった声色で、セチアはコータに呼びかける。
「何だよ」
 こちらの世界に来てからまともにお風呂というものにありつけていないためか、ゴワゴワになった髪を掻きながら答えるコータ。
「冒険者になる気はない?」
「冒険者に? 俺が?」
「そう。正直この間の戦いは危なかしかったよ。でも、センスは感じられた。だからどうかな?」
 セチアの誘いはコータを揶揄しているような雰囲気は感じられない。
「俺なんかが冒険者になんてなれるわけないだろ」
「それは違う。冒険者は誰でもなれる」
 冒険なんて言葉からほど遠い安全な日本で生活をしてきたコータにとって、冒険者という選択肢はなかった。だが、この世界は魔物が闊歩する危険と隣り合わせの世界。誰かが守ってくれる世界じゃなく、どこかに引き込もれるような世界でもない。自分の身は自分で守らなければならなくて、その事から逃げられない。
 そう考えるとコータは、アーロの言葉に自然と返事をしていた。
「冒険者ギルドに行ってみるよ」


 * * * *

 ソソケットの中心部。活気のある街の中で、一際年季の入った建物がある。漆喰の壁は少し黄ばんていて、所々には亀裂すら入っている。
 冒険者ギルド、と書かれていたであろう屋根部に掲げられている看板はスッカリと禿げており、冒険者ギルドという文字がハッキリと読み取ることができないレベルだ。
 入口となっている扉は焦げ茶色の木で作られている。しかしその木も既に腐っており、押し開けると手に木々が付着し、地面にはポロポロと落ちた木がある。
「こ、ここが冒険者ギルド?」
「そうよ」
 何か強い衝撃が加われば直ぐに倒壊してしまう恐れがあるように感じられる建物の中に案内される。
 建物自体に何の違和感も感じてない様子のセチアは、こっちよ、とどんどんと奥へと案内していく。
「ナナさん」
 セチアは受付をしている、紫紺の艶のある綺麗な髪の女性に声をかける。
「どうかされましたか?」
 ナナと呼ばれたその女性はセチアの呼びかけに応じる。髪と同色の美しい瞳は妖艶な印象を覚えさせる。筋の通った鼻、餅のようなハリのある頬は、顔の凹凸をしっかりさせ、美人であることを確かなものとする。ふくっらとした唇を動かし、放たれる声音は凛としていて聞くものに安らぎを与えてくれる。
「冒険者登録をお願いしたいの」
「そちらの男性の方ですか?」
「はい」
 セチアはコータと話す時よりは畏まった、しかしサーニャと話す時よりは砕けた声音で返事をしてコータの方を見る。
「細井幸太です」
「はじめまして。冒険者ギルドの受付やってます、ナナと申します。ようこそいらっしゃいました」
 サーニャやサーニャの女中であるルーストほど慣れてはなさそうだが、それでも十分に恭しさを感じさせる動作で頭を下げるナナ。
「それではこちらに来てください、コータさん」
 頭をあげるや否や、ナナはコータをギルドの奥へと案内したのだった。
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