異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった

リョウ

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第2章 国立キャルメット学院の悲劇

模擬戦だけど、本気出す

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 剣術模擬場は、学院の地下にあった。数えきれない程のフィールドが存在しているが、その中心にあるフィールドだけは他とは違った。
 恐らく沢山フィールドがあるのは、授業で使うからだろう。だが、中心にあるそれはまるでボクシングでも行うかのように、周りにはロープが張ってあり、逃げられない仕様になっている。

「あそこだけ違いすぎるだろ」

「あれが主戦場メインフィールドだよ」

「それは見たらわかる」

「多分、あそこでやるよ、模擬戦」

「マジで!?」

 あんな目立つところでやりたくない。そう思いため息をついたところに、紅色のツインテールが視界の端で揺れる。

「何か用か?」

「私の側付きに無様に負けるであろう人の最後を見に来たの」

「あっそ」

「今ならまだ、謝れば許してあげるわ」

「何と心の広い人なんだ」

「そうでしょ?」

 コータの台詞をそのままの意味で受け取ったリゼッタは、平凡的な大きさの胸を張る。

「そうだな。だが、謝らんぞ?」

 王の命令ではあるが、行きたくもない学校に強制的に通わされている事実に苛立ちを覚え、口調が悪くなっているのは認める。だが、だからといって謝らなくてはならない理由が見当たらない。

「その曲がった根性、せいぜいバニラに直してもらいなさい!」

 捨て台詞を吐き捨てたリゼッタは、コータの前から立ち去る。

「面倒臭い女……」

 コータがそう呟いたところで、見覚えのある姿が剣術模擬場に現れた。鎧などは纏ってはいないが、腰にさげてある剣が、妙に重厚感があり、浮世離れしているように見える。

「さぁ、授業を始めようか」

 王ゴードとの謁見のさえ、隣に控えていた男性だ。古代ローマ人のような顔立ちで、短く切り揃えられた金色の髪は、清潔感を感じさせる。

 全体を見渡した後、男性はコータを見詰め、誰にも気づかれないように、ニコリと笑顔を向けた。
 男性を凝視していた時だ。不意に、視界に文字が浮かぶ。

 ヤニータ・ククッス Lv42

 ──まさかっ。これは人を鑑定したって言うのか!?

 つい先日、ゴードとの謁見の前にも1度あった現象を、コータは忘れていた。だが、そんなこと……。
 植物しか鑑定出来ないスキルで、使おうと思った時しか使えないスキルのはずの鑑定スキル。
 何故このような事態が起きているのか分からず、コータはポケットに忍ばせていた冒険者カードを、誰にもバレないように取り出し確認する。

 鑑定スキル【生物】Lv4

「進化したってことか?」

「何か言った?」

 コータの独り言に反応したマレアにそう告げ、冒険者カードを再度ポケットの中に戻す。
 生物。それは生ある生き物のこと。植物も、動物も、人間も……。

「ククッスさんには意識向けてたからな」

 じっと見たことが発動条件になったのだろう、と自分で解析し、いつの間にか説明を始めているククッスさんを見る。

「今日は剣術で一番大事な型について説明する」

 ジャキン、という綺麗な音を立てながらククッスは腰にある業物の剣を抜く。
 少し緑ががった銀色の刀身には妖しさが感じられる。

「型、というのは絶対にこれだ、という物がある訳では無い」

「じゃあ、先生は型をお持ちではないのですか?」

 クラスメイトのひとりが声を上げて訊く。ククッスはそれに小さくかぶりを振る。

「私は型を100近く持っている」

「えっ。でも、型はないって……」

「違うぞ、ソニ。型は自分自身にあった形を自分で作り上げるんだ。だから決まった型はないという事だ」

 質問した生徒ソニに対して、答えたのはバニラだった。それを聞いたククッスは手を叩き、賞賛する。

「流石は有名な貴族ウルシオル家に仕える騎士です」

「そんなことはありませんよ」

 バニラは言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情を浮かべて見せる。

 ──王に仕える奴が言うセリフかよ。

「おかしな話よね」

 コータが胸中で吐露したと同時に、マレアが話しかけてくる。

「何が?」

「普通、どれだけ凄い騎士でも型は50程。100も持った人がただの騎士だなんて」

「え?」

 おかしい。ククッスは確実に王ゴードの側近である。コータはそれを自分の目で確認している。

「知らないの? クルス先生って、緊急時に飛んでいく騎士だったらしいわよ」

 そう言われたコータは、再度ククッスを強く見る。すると、やはり鑑定は行われ、名前はククッスとなっている。偽名を使っているのだ。

「そ、そうか」

 今は言うべきではない。そう判断したコータは短い言葉で会話を切り、説明に意識をやる。

「そこで、今日はみんなに一つ型を作って欲しい」

「型がある人はどうすればいい?」

「そうだね。それじゃあ私と一緒に先生をしてもらおう」

 名案を思いついた、と言わんばかりに手をポン、と打つ。
 
「分かりました」

 それに何も言うことなく、バニラは返事をして授業は始まった。


 型というのはかなり曖昧だ。決まった動きの3連撃を完成させてしまえば、それはそれで自分の型となる。特許も何も無いため、誰かと被っていたとしても何も言われない。それが自分が繰り出しやすい型ならそれでいいらしい。

 ものの10分程で型を仕上げたコータに、バニラは恨めしそうな顔を浮かべていたが、ククッスから与えられた先生という職を全うすべく動いていた。

「流石はゴード様やサーニャ様、ルーストさんが見込んだ人だね」

 剣術模擬場の入口付近で腰を下ろし、必死に型を作ろうとしている他のクラスメイトを遠い目で見ていると、ククッスが話しかけてきた。

「そりゃあどうもです」

「ゴード様の謁見の時とは随分態度が違うんだね」

「俺、学校とか嫌いなんで。それに……」

「それに?」

「なんでもないです」

 嫌でも、瑞希のことや、仲の良かった友のことを思い出してしまう。それが妙に嫌だった。

「それにしても、クルス先生ですか?」

「そうだよ」

「どうしてククッスと名乗らず偽名でいるのですか?」

 コータの言葉にククッスは表情を消す。そして隣に座り、ドスの効いた小さな声を放つ。

「誰かに言いましたか?」

「いや、理由があるんだろうと思って言ってない」

「助かりました」

 今度の声は先程とは違い柔和で優しい声だった。あまりのギャップに、少し恐怖を覚えるもコータは動じた様子を見せずに言う。

「どんな用があるのですか?」

「こればかりはまだ言えないな。本当に助けて欲しいことがあったら頼むよ」

「そうならないことを祈るよ」

 コータの言葉に小さく微笑んだククッスは立ち上がり、生徒たちの元へと戻る。そして入れ替わりでマレアがやってくる。

「完成したのか?」

「私を誰だと思ってるの?」

「さぁ」

 コータの短い答えに、退屈そうな表情を浮かべたマレア。

「それよりも先生と楽しそうだったじゃない?」

「そうか?」

「顔近づけちゃってさ」

「そう見えただけだろ」

 あまり長く話され、ボロを出しても困ると判断したコータは立ち上がり、バニラの元へ行く。

「よう」

「何の用だ」

 怒りを露わにするバニラに、コータは余裕の表情をうかべる。

「手伝おうか?」

「貴様! 侮辱するのもいい加減にしろ!」

「どうして俺が侮辱したことになる」

 そりゃあ少し、弄ってやろうか、という思いもあった。だが、多くは大変そうなバニラに対する善意から発した台詞だ。

「その態度だよ!」

「は?」

 態度が侮辱などと、言われのないことを言われたコータは眉を顰める。

「今すぐ模擬戦だ!」

「ば、バニラ!」

 熱くなったバニラを止めようと、リゼッタが近寄ってくる。

「リゼッタ様。これは私の問題です」

「俺が受ける意味がない」

 リゼッタに説明しているバニラを他所に、コータは短くそう言い、バニラに背を向けた。瞬間──

「受けてあげてはいかがですか?」

 そう言葉を放ったのはククッスだ。愉快そうな表情でコータに近づいていく。

「お言葉ですが先生。俺が受けるメリットがありません」

「メリットね……。それじゃあ、勝った方が一つ、命令を聞くというのはどうでしょう?」

 人差し指を立て、コータとバニラの顔を見てから再度口を開く。

「ですが、死ね、などと言ったなどの命令は禁止です」

「分かりました、俺はそれでいいです」

 バニラはコータに鋭い睨みを効かせながら、ククッスの提案を承諾する。
 メリットは出来た。だが、それでコータが確実に受けなければならないことは無い。

「俺は受けない」

「何ッ!?」

 わざわざ面倒臭いことに飛び込むのは馬鹿のすることだ。
 コータの答えを聞いたバニラは分かりやすく怒りを露わにて、コータに詰め寄ろうとする。その間にククッスが入り、バニラを抑える。納得はしていない様子のバニラ。だが、教師に言われたならば引き下がらなければならない様子だ。

 ──よくやった。

 そう思った所へククッスはやってきた。肩に手を回し、顔を耳にちかづけ、周りに聞こえないほどの小さな声で言葉をこぼす。

「この模擬戦、受けろ」

「どうして!?」

 ククッスの提案にコータは目を丸くする。何故面倒臭いことこの上ないことに飛び込まなければならない。

「ゴード様やサーニャ様は実力を認めているようだが、私はまだコータくんの実力を知らないからね」

「何が言いたい?」

「実力を疑ってるってわけさ」

「疑われたままでいいんですけど」

 そう答えるコータに、ククッスは体を離して声を上げる。

「コータくん、受けてくれるって」

「お、おい!」

 いいじゃない。そう言わんばかりに、ククッスはコータにウインクをした。

 * * * *

 剣術模擬場の中心にある、ボクシングのリングのような模擬戦場。そこでコータとバニラは対峙していた。

「バニラ、勝ちなさいよ」

「分かっております、リゼッタ様」

「くさいくさい」

 主と従者の分かりやすい会話に、コータは肩を竦める。それにムッとした表情を浮かべるバニラ。分かっていたが、気づいていない振りをして、コータは月の宝刀を抜刀する。

「やる気あるんじゃないか」

 自分より先に抜刀したコータに、薄い笑みを浮かべながらバニラも剣を抜いた。白銀色の柄の中心部に紅の宝玉が埋められている剣の刀身には、宝玉と同じ色が纏われている。

「強そうだ」

「贋作なんかには負けん」

 そう言葉を交わした時だ。ククッスが模擬戦を始める合図を出した。

 それと同時にバニラが動き出す。目にも止まらぬ速さでコータに詰め寄り、剣を振る。コータは腰が引けた状態で、どうにかその刃を防ぐ。

「雑魚がッ!」

 バニラは叫びながら刃を押し込んでくる。キリキリと金属が擦れる音が耳を劈く。

「うるせぇ!」

 剣を押し返す、そう見せながらコータはバニラの足を投げ払う。バニラは体勢を崩す。だが、コータが攻撃を続けようと剣を振り上げた所へ、掌打を打ち込む。

「クソだな、お前」

「先に足を払ったお前に言われたくないな」

 剣を拾い上げながらバニラは告げる。攻撃の隙が中々ないバニラ。コータが必死に隙を伺っていると、バニラが動く。

 ──上かッ!!

 剣を持ち上げるような仕草が見て取れたコータは、月の宝刀を横向きに構え、刃を防ぐことに努める。だが──

「ぐはっ……」

「王宮剣術 残像剣」

 切っ先に僅かな血液を付着させた剣が現れたのは、コータの横側。模擬戦だとしても使っているのは真剣。傷つけることに躊躇いを覚えたバニラの配慮により、コータは浅い切り傷を負う。だが、それでも痛いものは痛い。

「うぅ……」

 小さな呻き声とともに、その場に膝をつく。

「どうだ? 降参しろ」

 見下ろすバニラに、強い視線をぶつけるコータ。それを外から見ている生徒たちは、鮮血に目を覆うようにしている。

「見当違いかな?」

 王や王女が見込んだ人間がどれほどのものか。それが気になって、模擬戦をさせた本人であるククッスは、あまりにも呆気ない終わりを迎えようとしているコータに、ため息混じりの言葉をこぼす。

「降参なんてするわけないだろ」

 月の宝刀を支えにし、コータはゆるゆると立ち上がる。

「その調子で何ができる?」

「その考えが甘いんだよ」

 コータの安い挑発に、バニラは怒りを見せて剣を構え直す。

「どうなっても知らんぞ?」

「それはこっちの台詞だ」

 腹部から感じるジンジンとした痛みを堪えながら、コータは少し歪んだ体勢で立つ。

「そんな体で何が出来る?」

 その言葉とともに動き出したバニラ。体の前で剣を一回転させるや、剣を上へと投げ捨てる。

「王宮剣術 振下スカイダイブ

 バニラは呟きともに取れる音を洩らし、自身も剣と同じように上空へと飛ぶ。今度は間違いなクルス上から攻撃が来る。
 そう判断したコータは、先程と同じように月の宝刀を構え、攻撃を防ごうと試みる。
 しかし、それは甘かった。

「とりゃァァァ」
 
 振り下された剣は、コータの想像の遥か上をいく重さで、剣を握る手に痺れを覚えさせた。歯を食いしばり、攻撃を耐えようとする。だが、バニラの攻撃の威力には勝てずに剣が手から離れる。
 それと同時に剣先がコータに近寄ってくる。コータ
は慌てて後方へと飛ぶが、一瞬間に合わずに胸部から脚部に掛けて縦方向に軽く斬られた。

 燃えるのような痛みが全身に走り、口からは血が零れでる。

 【称号:異世界の騎士】を発動します

 脳内に流れるアナウンスと、視界に現れる文字。同時にコータの感覚から痛みが消え、口端から流れる血を拭う。

「こっからだぞ?」

 先程までのゆらついた様子はない。据えた目でバニラを覗き、コータは床を蹴り飛ばす。

「彼の戦いはすごく危ないね」

 不敵に微笑み動き出したコータを見たククッスは、そんな感想をこぼす。

「これ以上やると死ぬぞ?」

「それは俺が決めることだ」

 短く言い切り、コータは月の宝刀を振る。力強く振り上げられた剣を、どうにか受け止めるバニラ。甲高い金属音が耳に届くや否や、コータは剣と剣の交錯を解除し、右から左方向へと剣を振り抜く。

「何ッ!?」

 コータの素早い切り替えに、対処しきれなくなったバニラの横腹に切っ先が触れる。
 だが、それで攻撃を止めるコータでは無い。傷口を手で抑えるように立つバニラに回し蹴りを決め、剣を振り上げる。
 張られたロープに体をぶつけ、その場に倒れ込むバニラ。

「死ぬのはどっちだ?」

 見下ろすコータに、バニラは恨めしそうな目を向ける。

「王宮剣術 振上スカイアッパー

 転がったまま、下段に構えた剣を振り上げたバニラ。コータはその切っ先が自分に触れないギリギリのところで避け、口角を不敵に釣り上げる。

「当たるわけないだろ?」

 剣先が妖しく光る月の宝刀を、コータはバニラの顔に向ける。

「死ね」

 その言葉を聞いたバニラは、覚悟を決めたように目を閉じた。外野からはリゼッタの悲鳴にも似た声が耳朶を打つ。それを気にもとめずに、コータは月の宝刀を振り下ろした──
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