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第3章 エルフとの会談
決壊。怒りのロイ
しおりを挟む「おい! 動かない方がいいんじゃないのか!?」
天に舞い、ふらふらと飛んでいる仲間に声をかけるロイ。エルフの見張りをしており、攻撃を受け今は族長エルガルドとダークハイエルフのアバイゾの元で治療を受けているはずだ。
「ロ……イか?」
朧気で。今にも命の灯火が消えてしまいそうな印象を受ける瞳を向ける。
ロイはそんな仲間を心配してさらに声を上げようとする。しかし、仲間はそれを制止した。そしてロイの肩に手を回す。
「少し、いいか?」
「あ、あぁ」
ロイはその手を掴み、空いてる手で仲間の横腹に手をやった。
瞬間、ロイは妙な感覚を覚えた。ベチャッと音がしたような。ベタつくような液体が手に触れたのだ。
同時に最悪の事態が想像された。
そして願う。どうか、手についているものが水でありますように――と。
そうしているうちにミリが追いついてくる。
「急にどうしたのよ?」
「こいつは、ハーザック俺の仲間なんだよ」
「仲間なのは見れば分かるわよ」
「なら、助けるだろ」
「それが分からないのだけど」
そう言いながら、ミリはロイの反対側に回り、ふらふらと飛んでいるハーザックに肩を貸そうとする。
「って、血出てるんだけど」
服に滲んだ鮮血を目にしたミリは、目を丸くして上擦った声を上げる。
「クソ!」
ミリの言葉を聞き、自らが想像した最悪の事態が起こっていることに気づく。ロイはそう吐き捨てながら、飛行速度を上げ、コータたちのいる場所へと急いだ。
地上に降りたロイは、コータなど視界に捉えることも無くハーザックに声をかけていた。
「大丈夫なのか!?」
「……」
「おい! 返事しろ!」
激しい声で、目を伏せたハーザックに何度も何度も声をかける。
だが、ハーザックから返事が来ることは無い。
「人間やエルフのこういう部分がよく分からないのよね」
小首を傾げながら、ミリは両手をハーザックに向ける。
「何をする!?」
ハーザックに危害を加えようならば許さん。そう言わんばかりの目でミリを睨みつけながら言うロイ。それに対し、ミリは短くため息をついた。
「別に。回復魔法をかけてあげるだけよ」
「そ、そうか。すまん。頼む」
気が動転していたのだろう。ロイは自分と契約を結んでいるミリにまで強く当たったことに、罰が悪くなり、うなじを辺りを掻く。
ミリは気にした様子もなく、手の前にピンクに近い色を帯びた魔法陣を展開する。魔法陣からは薄く色を帯びた光がこぼれ出し、それがハーザックを包む。
「何これ?」
「ど、どうした?」
ハーザックを癒していたミリが不意に眉をひそめ、声を上げた。
「この人の体。凄い呪術がかけてあるの」
「じゅ、呪術?」
あまり聞き馴染みの無い言葉に、怪訝な表情を浮かべるロイ。そんなロイに、ミリは説明をする。
「うん。呪術は字のごとく、呪いの魔法のことなの。種類は様々で、発動すれば死ぬものもあれば、全身麻痺になったりするものもある。
解除は手練でも困難で、扱えるのはほんのひと握り」
「そのほんのひと握り、使えるのは誰なんだ?」
語気を荒くしたロイが、ミリに詰め寄る。すると、ミリは自分をゆびさす。
「例えば、私やそちらにおられる精霊種。それから魔族の高位種ぐらいだと思う」
「じゃあ、そこにいる奴がハーザックを呪ったってことかッ!?」
「これはこれは、凄い飛び火だよ?」
ミリの言葉を受けたロイが、先刻姿を見せたばかりのピクシャを睨みつける。それを受け、ピクシャはケラケラと笑っている。ロイのそれは凄みがある。しかし、ピクシャは何事も無いように小さな体を揺らして笑う。
「何がおかしい?」
「別に。でも、熱くなりすぎだよ」
ロイを窘めるようにそう言うと、ピクシャはコータの肩に手を置く。
「コータからも言ってあげなよ?」
「な、何を?」
いきなり話を振られ、どう答えるべきか悩んでいた時だ。
ゲホッ、と血反吐を吐く音が耳朶を打った。
コータたちは慌てて、血を吐いたハーザックに体を近づける。
「大丈夫?」
「大丈夫なのか!?」
コータとロイの声が被る。それが聞こえたのだろう。ハーザックは小さく微笑み、か細い声でポツリと言った。
「族長が……ハイエルフの……族長……エルガルド様が……殺された」
「何ッ!?」
ハーザックの言葉を聞いたロイが喚くように聞き返す。
「一体誰が殺した!? エルフか!?」
早口で訊くロイにハーザックは、ゆっくりとかぶりを振る。
「じゃあ一体誰なんた!?」
「……アバイゾ」
「ダメっ!」
コータには誰だか分からない。しかし、ロイには分かる名を口にした瞬間。ミリが声を上げた。だが、それも1歩間に合わず。
ハーザックの全身に魔法陣が浮かび上がる。
「な、なんだ!?」
見たことの無い現象に、驚きを隠せないコータが叫ぶように声を上げると、ピクシャが少し慌てた声を洩らす。
「下がって」
コータの首根っこを掴み、大きく後退する。同様に、ハーザックに異変に近づこうとするロイを、ミリは強引に制止する。
次の瞬間。
魔法陣に亀裂がはいった。そしてそれらは一気に、込められた魔法を放出した。
炎に、風に、雷。
「ハーザック!!」
ロイはありったけの力を込めて叫んだ。だが、体に魔法陣を刻まれたハーザックから声が返ってくることは無い。代わりに、ピチャっと生暖かい何かがロイの頬に触れた。
恐る恐るそれに触れ、触れた指を眼前に持ってくる。
それを見た瞬間、全身から震えが止まらなくなった。
指先に付いた真っ赤な液体。僅かな量だと言うのに、鼻をつんざく鉄臭さ。
間違いようがない。これは血だ。
涙で視界が歪んでいくのが分かった。そんな視界で僅かに捉える。
焦げた薄っぺらい皮が宙を漂っているのを。
震える手を伸ばし、ロイはそれを掴む。
ゆっくりと手を開き、その皮が何かを確認した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁァァァァ」
喉が裂けるのでは無いか、と思うほどの叫びが上がった。
手にしたそれを見たロイは感情が抑えきれなくなったのだ。
ロイの手にある皮を覗き込んだミリは、両手で口元を覆った。
そのあまりにも悲惨なものに、吐き気が襲ってきたのだ。
ロイを怒り狂わせ、ミリに吐き気を催したそれは。
――ハーザックの肉片だった。
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