異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった

リョウ

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第4章 エルフ領の改革

ライオの商売

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「だ、誰?」

 警戒心を強めたコータは、腰に手を当てた。そこにあるはず。今までずっとそこにあった、愛剣を求めて。
 だが、いくらそこにあるはずの月の宝刀を探しても、手は空を切るばかり。
 先の戦いで、月の宝刀は大きく刃こぼれをし、刀身にもヒビが入り、剣としては使い物にならなくなってしまっているのだ。
 それゆえ、帯刀することなくここまで来たのだ。

「落ち着いてください」

 コータを魔族殺しと呼んだ、小柄の少女は体躯に似合わない、落ち着きのある大人のような声音でそう告げた。

「アンタは一体.......?」

 いつ襲い掛かられても対応できるように、身構えながらそう聞き、瞳を見開く。

 ――鑑定スキル、発動

 【エリアス・リリム Lv10】

「もう鑑定されてるとお思いですが、改めて自己紹介を」

 リリムと表示された少女は、ロングスカートの裾を優雅に持ち上げ、恭しく頭を下げた。

「わたくし、エリアス・リリムと申します。人間国の王都で、エルフ種との和平条約、復興支援を耳にして参上した次第です」

 静かで落ち着いた声色の中に。リリムの感情が見えて来ない。その言葉がホントなのか、嘘なのか。
 どんな思いで言葉が紡がれているのか。その全てが見えてこない。
 だが、その行動で。言葉遣いで。リリムが少し高貴な身分にあるのはわかった。

「どうして俺が鑑定スキルを持っていると分かった?」

 鋭いを目を向けるコータ。もしかすると、彼女も鑑定スキルを持っているのか?
 そんなことを思っていると、リリムは俺に近寄ってくる。
 ゆっくりと近寄ってきたリリムは、俺の真横まで来ると。耳元に顔を寄せた。

 真珠のような、真っ白で大きな瞳が。コータの奥底を覗き込むようで、刹那の恐怖を覚えた。

「聞きたいことは沢山あるでしょうが、あなたは私を知ることが出来ないから。無駄な努力をしないでください」
「どういうことだ?」

 押し殺した声で、鋭い視線を向ける。しかし、リリムは全く気にした様子もなく。妖しく口角をあげ、小さく首を傾げてから。

「気にしても詮無いことですわ」

 そしてそう言ってから、コータの横を通り過ぎたリリムは、コータの斜め上を見た。

「あなたもね」

 一見して誰も、何も無い虚空に向けて。リリムは言葉を放った。その様子にセチアは目をぱちくりさせている。しかし、それを気に留める様子もなく。コータ達を通り過ぎたところで振り返るリリム。

「それでは御機嫌よう」

 再度、スカートの裾を持ち上げ、優雅にそう言い放つと。リリムはコータたちに背を向けて、被害の大きなハイエルフが住処にしていた、鬱蒼とした木々が生え並ぶ樹海の方へと向かって行った。

「いま、私を見てなかった?」

 彼女を背を眺めていると、コータの耳元でピクシャが言葉を放った。驚きから、一瞬背をビクンと震わせたが。セチアにはバレてなかったようだ。
 平静を装いながら、コータは小さく「かもな」と答えてからセチアに向く。

「知り合い、じゃないよな?」
「うん。コータさんは?」

 歩くスピードが早いのか。それともアースレーンの森が、鬱蒼と生えている木々が姿を眩ませる助力をしているのか。それは分からないが、リリムの姿はもう見えない。
 誰もいなくなった、リリムが姿を消した方を見ながら、コータは分かりやすくかぶりを振る。

「だよね」

 会話の流れから察してはいたが、一応訊いた。そんな所だろう。

「こんなこと言うのも恥ずかしいんだけど.......」

 コータはそう前置きをし、頬を掻きながら。伺うように言葉を放つ。

「俺ってさ、そんなに有名?」
「いや。少なくとも私はコータさんが魔族を倒したとか知らなかったです」

 かぁーっと顔を赤くしたコータ。それを見た、姿を見せないピクシャがコータの頭上で大爆笑をしている。
 こいつ、最低だ。そんなことを思いながら、コータは小さく言う。

「だ、だよな。うん。分かってたよ?」
「ごめんない。そう言う意味じゃないくて.......え、えっと.......」
「大丈夫」

 コータの態度に戸惑い出したセチア。あたふたとその場で右往左往している。そんなセチアにコータは俯きながら、掌を彼女に向けて小さく言った。

「で、でもさ。本当に、ソソケットでも王都でも。ほとんど噂になってないんだよ?」

 ――うん、さっき自分で有名とか言っただけに心に刺さる言葉だ。
 セチアはあたふたしながら更に言葉を紡ぐ。

「だからさ――どうしてさっきの人は知ってんだろ?」

 少し声色を真面目のそれにして。セチアは告げた。だが、その通りだ。この事件は恐らく、事件直後に国に戻ったサーニャによってゴード王に告げられ、箝口令が敷かれているはずだ。
 魔族が活性化しているなんて、国民に知られればパニックが起こる。そういうことを踏まえて考えると、リリムがコータが魔族の、しかも七天将の一人を撃破したことを知っているのは不自然だ。

「わからない。それに動きとか、そんなものが冒険者とか一般人には見えなかった」
「だよね。なんか、どこかの貴族のお嬢様みたいな。そんな感じがあったよね」

 そんなことを話している時だ。

「あ、コータさん!」

 聞き覚えのある声がコータを呼んだ。そしてその声は、コータが探していた張本人であると、直ぐに気がついた。
 こちらの世界に来てすぐ。コータがお金もなく、あの金の亡者に宿を放り出されてた時だ。
 無一文にも近しい状態のコータに手を差し伸べ、食住を提供してくれた。あまつさえ仕事まで与えてくれたライオだ。

「ライオ.......」
「お元気でしたか?」
「俺はなんとかって感じ。ライオは?」
「僕もなんとかって感じです」

 柔和な笑顔を浮かべたライオ。そんな彼に駆け寄る一人の男性。その男性の話を険しい表情で聞き届けると、ライオは真剣な眼差しで言葉を発した。
 あの時はヒラ、なんて言っていたけど。立派に会社を引っ張っていくだけの力はあるように思える。

「コータさんもこちらで復興作業のお手伝いですか?」
「あ、いや。えっと、その.......」

 箝口令を敷かれているだろう、というのはあくまでコータの推測だ。だから事実を話してもいいのだろうが。何だか辞めておいた方がいいような気もして。言葉を詰まらせていると、ライオは小さく微笑んだ。

「違う、ということだけ察しておきますね」
「助かるよ」

 こめかみを掻きながら答えた。

「セチアさん。この度は.......」

 それからライオはコータからセチアに視線を移し、頭を下げた。ライオはローズライトに起きた悲劇を知っていたようだ。

「冒険者には付き物でしょ」

 パーティーメンバーを刹那で失ったセチアは、きっと悲しい。誰よりも悲しくて、辛くて、何かをすることすら力すらわかなかっただろう。
 力ない笑顔を浮かべたセチアに、ライオは更に深く頭を下げた。

「あ、そうだ。ライオ」
「なんですか?」

 しばらく話してから、ライオがその場を立ち去ろうとした時だ。コータはあることを思いつき、彼を呼び止めた。

「俺さ、剣が使えなくなってさ。何かあれば買いたいんだけど」
「剣、ですか?」
「あぁ」

 俺の言葉を反芻するように聞き返したライオ。目玉を左右に動かしながら、顎に手をやる。在庫の確認、このアースレーンに持ってきている物を思い出しているのだろう。

「んー、そうですね。まともな剣は無いように思われます」
「そっか.......」

 この間、魔族七天将が襲撃したばかりの地に新たに襲撃、なんてことはないとは思うが。
 それでも、何かあった時のために帯刀はしておきたかったな。
 そんなことを思っていたコータに、ライオは少し得意げな表情をうかべた。

「これはまだここだけの話なんですけど」

 ニマニマとした顔で、コータへ擦り寄るライオ。どうやら耳寄りの情報を教えてくれるらしい。
 体を傾け、ライオの放つ言葉に耳を澄ます。

「来月以降、王が聖剣エクスカリバーが眠ると言われている迷宮ダンジョンが公開されるらしいんです」
「聖剣エクスカリバー.......?」
「はい。過去の勇者様が帯刀していた剣で、勇者様がそう呼んでいらしたそうです」

 多分、かなり強い剣だろう。てか、エクスカリバーって、円卓の騎士のあれだよな?
 眉間に皺を寄せながらそんなことを思っていると。ライオは更に口角を上げて言う。

「だからそれまで待って、というのは不安もあるでしょうし。僕の持つ剣を提供致します」
「え、いいのか?」
「はい。ですが、情報量を少し上乗せさせてもらっても.......?」

 聖剣エクスカリバーの話はここに繋がるらしい。さすがは商人だ。

「いいよ。元々、ライオにはお世話になった時の謝礼もしたかったし」
「ありがとうございます」

 商談がまとまり嬉しいのか。満面の笑みを浮かべなから、頭を下げたライオ。

「お金はカバンに入れてるから」
「分かりました。それでは後で伺います。今はどちらに?」
「え、えっと。ネーロスタの家に」
「おぉ! まさかエルフ種の族長の家にいるとは。コータさんがここまで大きくなるとは思ってもいなかったです」

 目を丸くして、口だけではなく本当に驚いた様子を見せたライオはそう言うと。
 コータの肩を軽く叩いた。

「素晴らしいです。では、後ほど」

 そう言ってライオは俺たちの元を後にしたのだった。

「私も。コータさんがここまで強く、大きな存在になるとは思ってなかったわ」

 驚き。それからちょっと引いたような様子を見せるセチア。
 俺が強くなるのっておかしいことなのか?
 二人の態度を見て、そう思わざるを得ないコータだった。
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