先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

文字の大きさ
4 / 51

「でも、嫌ならしょうがないか」

しおりを挟む

 翌日。俺はいつものようにみなが荘から学校に行った。海斗先輩はいつの間にかみなが荘から出て行ってて、それを綾人さんに聞いても何も教えてくれない。

 まぁ、どうせ女の人の所なんだろうけど。

 

「おはようございます」

 教室に入ると、夢叶先生がいた。登校してくる生徒一人一人に声をかけている。
 それは俺も例外ではない。

「お、おはようございます」

 どこかぎこちない挨拶に、夢叶先生は小さく微笑んだ。
 昨日の告白が脳裏を過ぎるのに、先生はまるで何もなかったかのようだ。
 やっぱり、子どもの戯言のように思ってるんだろうな。

「今日は遅刻じゃないのね」
「遅刻はほとんどしてませんよ」
「そうだっけ?」
 
 教卓前の俺の席。その上にカバンを置いた所で、夢叶先生が話しかけてくれた。
 丁寧に化粧がされている。朝だと言うのに、しんどそうな、眠そうな顔一つせずに凛とした様子で俺を見た。
 たったそれだけ。何も変わったことはない。
 にも関わらず、俺の鼓動は早くなっている。

「そうですよ。しっかり俺を見ててください」

 早る鼓動を抑えるようにして、言った。周りにクラスメイトもいるし、緊張した。でも、考えていることが口から出た。いや、正確には出てしまったと言うべきだろう。

「そ、そうだね」

 俺の言葉に、夢叶先生は少し早口で答える。いつもの夢叶先生らしくない、慌てた様子を変に思った。その違和感を確かめるため顔を上げると、夢叶先生が顔を少し朱に染め、視線が泳いでいるのが分かった。

「せ、先生?」
「あ、おはようございます」

 不思議に思い呼びかけるも、夢叶先生は視線を泳がせながら無視をした。無視して、新たに教室に入ってきたクラスメイトに声をかけた。
 な、なんで?
 夢叶先生に無視されたことが辛くて、指一本すら動かす力が湧いてこない。
 もう何もしたくない。絶望感、脱力感。そう言ったものが全身を蝕んでいくのが分かる。

「何ぼーっとしてんだよ」

 このセリフ……。昨日夢叶先生に言われたのと同じ。
 昨日のことで、まだ24時間も経っていないというのに遠い昔の事のように感じてしまう。だが、今そのセリフを吐いたのは先生ではない。

「何にもないよ、卓」

 野球部で2年生ながらエースナンバーを背負っている瀬尾卓也せおたくや
 高身長で坊主頭という見た目で、常に野球のことを考えているやつだ。高一から同じクラスで仲が良い。

「ほんとか? そうには見えなかったぞ?」
「そう見せてないだけだ」
「変わった見せ方するよな」

 鵜呑みにはしていなことが直ぐにわかった。少し疑った表情が残っている。でも、卓はそれ以上何も聞いてこない。
 決してこちらの触れられたくない部分には触れてこない。
 それが良いところであって、悪いところだと俺は思う。

「そういう男なんだよ」
「あっそ。まぁ、それはいいとして結局部活には入んないの?」
「予定はないな」

 全教科置き勉をしているので、カバンの中にあるのは筆記用具くらいだ。それらを取り出し、机の上に出しながら答える。

「何でだよ。せっかく運動神経良いんだし何かやればいいじゃん」

 自慢じゃないが、そうなのだ。勉強は出来ないが、スポーツはできるタイプ。つい先日行われた新体力テストでは、学年ベスト3に入るほどの成績を残している。

「んー、面倒臭いしいいや」

 別段やりたい競技もないし、俺は卓の誘いを断る。すると卓は、少し残念そうな顔を浮かべて言う。

「そっか。でも、嫌ならしょうがないか」
「あぁ。すまんな」
「いや。まぁ、また気が変わったら言ってくれよ」

 卓がそう言うと同時にチャイムが鳴った。
 朝のホームルームが始まる合図だ。夢叶先生は各教室にある事務机から教卓の前まで移動すると、俺たちの方をむく。

「みんな、おはようございます」

 夢叶先生はまずはじめに挨拶を口にする。それに対し、俺たち生徒から疎らに挨拶が返される。ちなみに俺は、いつもは元気に返していた。でも、今日だけはそんな気になれなかった。

 いつもどんな顔で、どんな風に話していたかさえ分からない。
 全部がぐちゃぐちゃで、わけわかんなすぎて夢叶先生を直視することすら出来ない。
 うつむき加減のまま、夢叶先生の続きの言葉を聞く。

「1時間目の現代文なんだけど、担当の光吉みつよし先生がお休みになられたので、自習となります」
「自習かー」
「ラッキーじゃん」

 夢叶先生の言葉にあちらこちらから喜びの声があがる。

「あ、今みんな楽できると思ったでしょ?」

 顔は上げていない。でも、その声音で分かる。どこか嬉しそうで、楽しそうな表情を浮かべていることが。

「でも、ちゃんと代わりの先生が来るから」
「えぇー」
「来なくてもちゃんとしますよー」

 手のひら返しのブーイングに、夢叶先生は声を上げて笑った。
 俺は全く笑えない。自習なんてそんなのどうでもいい。
 どうすれば、夢叶先生にちゃんと気持ちを伝えられるのか。どうすれば、好きだって分かってもらえるのか。
 そんなことばかりが頭の中を巡っている。

「えぇー、でも私が来ることになっちゃってるから来るよ?」
「えっ……」

 夢叶先生の言葉に、思わず言葉が洩れた。
 私が来ることになっちゃってるって、夢叶先生が自習の見守りに来るってこと?
 今日は歴史の授業がないから夢叶先生に会える時間は少ないな。なんて思っていただけに、急に胸が踊る。それと同じくらいに胸が締め付けられる。

 先生と居られることが嬉しい。でも、先生は俺を無視する程に嫌ってしまったのではないか。
 先生の笑顔が、声が、その全てが幸せに変わるような気がする。
 しかし、先生といる時間が長ければ長いほど、生徒としての認識が強くなり、俺の思いは届かなくなるのでは。

 夢叶先生への思いが膨れて溢れる。だが、それでいいのかという思いが、純粋な気持ちを捻れ、拗れさせる。

 俺は間違った恋をしてしまっているのかもしれないな。

 眼前には、楽しそうに話している夢叶先生がいる。きっと、夢叶先生は先生でいる事が楽しいんだ。もし、俺と先生に何かしらの過ちが出来てしまえば、夢叶先生はもう先生には戻れない。
 だったら、隠したままの方が良かったのかな。

 いつの間にか、俺は両手を強く握りしめていた。
 爪が皮膚にくい込み、真っ赤になっている。

 あぁ、もう。訳わかんねぇ。
 これからどうすればいいのかな……。

「それじゃあ、ホームルームはこれまでね」

 俺が色々と考えているうちに、ホームルームの終わりが告げられた。
 1時間目が自習になること以外全く聞いていなかったが、まぁ何とかなるだろう。
 最悪の場合、卓に聞けばいい事だし。

「あ、そうだ」

 ホームルームを終え、教室を出ていこうとした夢叶先生が足を止める。呟くように言葉を零しながら、俺たちの方を……いや、俺を見ながら言う。

「稜くん、ちょっといいかな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...