早朝に…

煙々茸

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前編

野菜王子

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 トマト、きゅうり、ナス、ピーマン。
 とうもろこしと、それから……スイカ!
 夏野菜のオンパレード。
「元気に大きく育つんだよ~!」
 僕は大事な畑に水を撒きながら、いつものように魔法をかけた。
 野菜や植物は愛情を注ぐと良く育つって言うじゃない?
 だから、沢山話しかけてあげて友達になる。
 僕に心を開いてくれたら、きっと美味しい野菜に育ってくれる。
 現に去年の野菜たちはスクスク育ってくれて、みんなにも好評だったんだ。
「今年は枝豆も追加したから、先生たちにも喜んでもらえるね」
 土のついた指で鼻の下を擦りながら、えへへとまだ小さな野菜たちに笑いかける。
 そんな僕に応えるかのように、このコたちは風に乗ってゆったりと揺れた。
「うんうん! そうだよね~。立派に育って、沢山の人に喜んでもらおうね」
 パンパンっ、ポンポンっ。
 ジャージについた土を掃う。
「あ! チャイム鳴った。それじゃあみんな、また後でねっ」
 学校中に響く予鈴を聞き、僕は畑の道具を片付けて野菜たちに一旦お別れをし、裏庭を足早に抜ける……――
(……あ、今日は水曜日だから朝練なかったんだっけ)
 ちらりと横目に、体育館の中を見た僕は……、いつもするはずの運動部員たちの賑やかな声がしないことに、少しだけ寂しく思った。
「ここまでくればもう大丈夫かな」
 生徒の下駄箱の前。
 僕は胸に手を当て、息を整えながら上靴に履き替える。
「あっ! 綾野くん、おはよ~」
 僕の隣に立ったクラスメイトの女の子が、同じように靴を履き替えながら話しかけてきた。
「おはよう。いつも時間ギリギリなの?」
 他愛の無い話を交えながら、僕も笑顔で返すと……、
「いつもじゃないよー。今日はたまたま寝坊しちゃって……って、アハハ」
 何故だか笑われてしまった。
「えっ、何? 僕の顔に何かついてる……?」
 僕の顔を見ながらクスクスと笑うクラスメイトに、眉尻を下げながら顔を両手で押さえる。
(土弄りしてたからなぁ……、きっと肥料とか土とかついてるんだろうなー。顔まで洗う暇なかったし)
 案の定、彼女はコクコクと頷いて肯定すると、ポケットからハンカチを取り出してこっちに向けてきた。
「今日も畑で作業してたんでしょ。今年は何を育ててるの?」
「あ、いいよいいよっ。キミのハンカチ汚れちゃうから。顔洗って教室入るから気にしないで」
 両手を顔の前で振ると、彼女は残念そうに肩を竦めた。
「綾野くんこそ、気にしなくていいのにー。……で?何作ってるの?」
「今年は枝豆を加えました。あと、スイカもあるよ」
「わぁ! じゃあ沢山育ったら貰えたりする?」
「もちろん。去年と同じでいいなら、部室に届けさせてもらうよ」
「あ……、うん、そうだね! よろしく」
「ん? ……大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶー! じゃ、先行ってるね!」
「うん、……」
(気のせいだったかな)
 彼女の違和感に首を捻るも、時間に追われている事を思い出すと慌ててトイレへ向かった。

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