1 / 9
前編
野菜王子
しおりを挟むトマト、きゅうり、ナス、ピーマン。
とうもろこしと、それから……スイカ!
夏野菜のオンパレード。
「元気に大きく育つんだよ~!」
僕は大事な畑に水を撒きながら、いつものように魔法をかけた。
野菜や植物は愛情を注ぐと良く育つって言うじゃない?
だから、沢山話しかけてあげて友達になる。
僕に心を開いてくれたら、きっと美味しい野菜に育ってくれる。
現に去年の野菜たちはスクスク育ってくれて、みんなにも好評だったんだ。
「今年は枝豆も追加したから、先生たちにも喜んでもらえるね」
土のついた指で鼻の下を擦りながら、えへへとまだ小さな野菜たちに笑いかける。
そんな僕に応えるかのように、このコたちは風に乗ってゆったりと揺れた。
「うんうん! そうだよね~。立派に育って、沢山の人に喜んでもらおうね」
パンパンっ、ポンポンっ。
ジャージについた土を掃う。
「あ! チャイム鳴った。それじゃあみんな、また後でねっ」
学校中に響く予鈴を聞き、僕は畑の道具を片付けて野菜たちに一旦お別れをし、裏庭を足早に抜ける……――
(……あ、今日は水曜日だから朝練なかったんだっけ)
ちらりと横目に、体育館の中を見た僕は……、いつもするはずの運動部員たちの賑やかな声がしないことに、少しだけ寂しく思った。
「ここまでくればもう大丈夫かな」
生徒の下駄箱の前。
僕は胸に手を当て、息を整えながら上靴に履き替える。
「あっ! 綾野くん、おはよ~」
僕の隣に立ったクラスメイトの女の子が、同じように靴を履き替えながら話しかけてきた。
「おはよう。いつも時間ギリギリなの?」
他愛の無い話を交えながら、僕も笑顔で返すと……、
「いつもじゃないよー。今日はたまたま寝坊しちゃって……って、アハハ」
何故だか笑われてしまった。
「えっ、何? 僕の顔に何かついてる……?」
僕の顔を見ながらクスクスと笑うクラスメイトに、眉尻を下げながら顔を両手で押さえる。
(土弄りしてたからなぁ……、きっと肥料とか土とかついてるんだろうなー。顔まで洗う暇なかったし)
案の定、彼女はコクコクと頷いて肯定すると、ポケットからハンカチを取り出してこっちに向けてきた。
「今日も畑で作業してたんでしょ。今年は何を育ててるの?」
「あ、いいよいいよっ。キミのハンカチ汚れちゃうから。顔洗って教室入るから気にしないで」
両手を顔の前で振ると、彼女は残念そうに肩を竦めた。
「綾野くんこそ、気にしなくていいのにー。……で?何作ってるの?」
「今年は枝豆を加えました。あと、スイカもあるよ」
「わぁ! じゃあ沢山育ったら貰えたりする?」
「もちろん。去年と同じでいいなら、部室に届けさせてもらうよ」
「あ……、うん、そうだね! よろしく」
「ん? ……大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶー! じゃ、先行ってるね!」
「うん、……」
(気のせいだったかな)
彼女の違和感に首を捻るも、時間に追われている事を思い出すと慌ててトイレへ向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる