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後編
スイカの配達
しおりを挟む「よいしょ……っと、さすがに重いなー」
大きく育ったスイカを膝の上に乗せて一息つく。
今日は朝から部活があるとクラスメイトの女の子から聞き、約束していたスイカを届けにテニス部の部室にやってきたのだ。
(部員って何人だったかな……。ひと玉で足りると良いんだけど)
まあ、これだけ大きいんだから大丈夫かと不安は直ぐにどこかへ行き、閉ざされた扉をノックする。
(――やっぱり誰もいないかぁ……。コートに持って行くのはさすがに邪魔になるだろうし)
困ったと眉尻を下げる。
さすがに女の子たちが使っている部室に無断で入ることもできない。
仕方ないと肩を竦め、部室の前に置いて帰ろうと腰を下ろしかけた時だ――。
「あれ? 綾野くんじゃん。どうしたの?」
「――!? あっ、良かったあ……」
振り向き、あからさまに安堵すると、約束した女の子が小さく笑いながら首を傾げた。
「何が良かったの? ……あ、もしかしてソレ?」
彼女は僕が抱えているスイカに目を落とした。
「うん。ついさっき収穫したんだよ。食べてもらいたくて持って来たんだけど、誰も居ないみたいだったから困ってたところだったんだよね」
「そっかそっか! ありがとー! 凄くおっきいスイカだねーっ」
「ずっしり重いから、きっと甘くて美味しいよ。みんなで食べてあげて」
「あはは、食べてあげてなんて、スイカくんも愛されてますねぇ」
スイカに手を伸ばした彼女は、コンコンと指で軽くノックしてくすくすと笑った。
もちろん、愛していなくちゃこんなに立派には育ちませんよと、僕も微笑み返す。
「どこに置く? 重たいから言ってもらえれば運ぶよ」
「あ、いいよいいよ! もうすぐお昼でみんなも戻ってくるから、私が預かるよ」
持っていたテニスラケットを小脇に挟み、僕からスイカを受け取った彼女は本当に重いねと小さく笑った。
「じゃあ僕は帰るよ」
「え、もう?」
「ん? ……スイカ、届けに来ただけだから。それにまだ畑に用事があるからさ」
「そ、そっかあ……うん、そうだよねッ。ごめんね、引きとめちゃって」
「ううん、大丈夫。特に多忙ってわけじゃないからさ。それじゃあまたね」
小さく手を振り踵を返し、階段に一歩足を下ろす。
「うん、またね! スイカありがと――わっ!?」
「え……」
(――っ!?)
不意に、背後から彼女の慌てた様子の声が聞こえて咄嗟に振り向くと、扉を開けた拍子にバランスを崩したのだろう彼女が後方へと倒れていく。
僕は驚き、彼女の元へと身体を戻して両手を伸ばす――、
「……ふぅ……間に合った。……大丈夫?」
間一髪のところで彼女の背中を支え、そっと押し戻す。
「び、ビックリしたーっ。綾野くんごめんね! お蔭でスイカ死守!!」
自分の腕の中にあるスイカを見てニコニコと笑う彼女。
(自分の身よりスイカを心配するなんて……このコらしいと言えば、らしいけど……)
僕は苦笑いを浮かべつつ、そっと手を差し出す。
「やっぱり僕が運ぶよ。手なんか怪我したらテニスできなくなっちゃうでしょ」
ちらりと彼女の視線が動き、数秒の沈黙の後諦めたように頷いてくれた。
「分かった。じゃあお言葉に甘えて……、そこに置いてもらえる?」
スイカを受け取り、気持ち遠慮がちに部室にお邪魔して指示された場所にスイカを下ろす。
「本当、綾野くんって紳士だよねー。それもさり気無く自然に手助けできちゃうところがまた好感度アップよね!」
「そうかな? 僕がしたくてしているだけだから、もしかしたら煩わしいって思う人もいるかもしれないよ」
「そんなことないって! みんな綾野くんのことイイなーって言ってるよ?」
「アハハ……」
「それに、最近男子バレー部の人とも仲イイ感じじゃない? 誰にでも好かれるって素敵なことだよ」
なんでそんなこと彼女が知っているのか……。
(まぁ、別に隠してるわけじゃないし……見られていたとしても気にはならないけど……――)
主将さんと、僕が仲良し……?
会話は滝本先輩との方が多いはずだけど、僕の頭にはそっちの選択肢はなくて、つい頬が緩んでしまう。
応援ありがとうございます!
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