早朝に…

煙々茸

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後編

保健室で

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 ――「あとは自分が……、はい、ありがとうございました」――
(声……? 誰の……凄く、聞き覚えがある……)
 低くて落ち着いた声音。
 僕は閉じていた瞳をゆっくり開く……。
(んーっ……眩しい……)
 窓から降り注ぐ日差しに瞳を細め、瞬きを繰り返す。
「……起きたか、良かった」
 突然、頭上から降って来た声に驚いて視線を上げると――、
「主……将さん!?」
(どうしてココに!? ……それより、ココって保健室?)
 状況が呑み込めない僕はガバッと上体を起こして辺りを見回す。
 そして戻って来た僕の視線に、主将さんが静かに頷いた。
「覚えていないか? 体育館でボールが当たって倒れたんだ」
(そういえば……何かが僕の頭に当たって……あれはボールだったんだ。――あ!)
 僕は大事なことを思い出した。
「す、スイカは!? スイカは無事ですか……っ!?」
 確かスイカだけは守らなければと必死に抱えていたはず……。
 また周辺へと視線を投げる。
 そんな僕の目の前に、主将さんがスッと何かを差し出した。
「これだろう?」
「そうです! あー良かった。無事だったんですね……!」
 主将さんの手にあるのは、僕の腕の中にあったはずの大きなスイカ。
 僕は心底安堵した。
「起きて早々、スイカの心配か……」
「あ……ごめんなさい。心配してくれたのに僕ってば……。でも、どうしても死守したかったので……」
(もしかして、呆れられた?)
 僕のテンションは一気に急降下。
 恐る恐る主将さんの方へ視線を向けると、ベッドが静かに軋みながら沈んだ。
「どうして、死守したかったんだ?」
 ベッドに腰を下ろした主将さんは、いつもと変わらない様子で僕に尋ねてきた。
「突然スイカを抱えて走って来たと部員が言っていたが……」
(良かった。怒ってないみたい……?)
 急降下したテンションも途中で浮上し、手元に戻って来たスイカに目を落とす。
「……はい。それは……主将さんを元気付けたくて……」
「……俺を?」
「滝本先輩が教えてくれたんです。主将さんの様子がおかしいって。機嫌が悪いとか、何とか……」
「滝本の奴……」
「あ! 滝本先輩は悪くないですから! 僕か勝手にしてあげたかっただけで……。それに、僕がこうなったのは自分の不注意ですから」
 不注意とはいえ、やっぱり呆れられてもおかしくないレベルだと思う。
 大好きなおもちゃに突進していく子供みたいだ。
(考えれば考えるほど居た堪れないっ)
「それで、どうしてスイカなんだ?」
「――え?」
 落ち込み項垂れる僕に、平然と尋ねて来る主将さん。
(そ、そういえば……今って、僕と主将さんの二人きり……?)
 気付いた途端、みるみる顔が火照り出す。
(二人きりになることなんて、今まであったっけ!?でも……でも、男同士なんだし、恥ずかしがることなんてないよね……!)
 そう思い込もうとしても、心臓の鼓動は落ち着いてくれない。
「どうした? 大丈夫か?」
「――え? あ、はい! 大丈夫です、全然っ」
(いけないいけないっ。これ以上心配はかけられないよ……!)
 何かを振り払うようにぶんぶんと頭を振る。
 今は目的を果たさなければならない。
「あの! 主将さん!」
「……?」
「えっと……それで……どこか調子が悪かったんですか?」
「……」
(あれ、なんだろう? この沈黙……。訊いちゃ拙かったのかな……)
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