9 / 9
後編
『大ちゃん』
しおりを挟む
「綾野」
「あ、主将さん! おはようございます」
「毎日なんて、大変じゃないか?」
「そんなことないですよー。主将さんだって、朝だけじゃなくて放課後もみっちりバレーやってるじゃないですか。大変さなんて、本人がどう思うかですよ」
「……だが、お前は毎朝一人で……」
「一人じゃないですよ、今は」
目を丸くする主将さんに、へへっと笑いながら鼻の下を擦る。
「土、ついたぞ」
「あ……、どこです? 取れました?」
「まだだな」
そう言って僕に手を伸ばし、指の腹でグイと拭われる。
「っ……ありがとうございます」
主将さんが触れてくれるだけで、物凄く照れてしまう。
「そういえば、この前のスイカ、みんな美味そうに食べていたぞ」
「本当ですか!? 良かったー。主将さんはどうでした?」
「美味かったに決まってるだろ」
彼のふと浮かべられた笑みが、僕の心を和ませる。
僕が作ったスイカが原因で、主将さんがヤキモチを焼いてくれた事は、一生忘れられない大切な思い出だ。
「今度はサツマイモをテニス部のコに届けることになっているんですけど……、大丈夫ですよね?」
「ああ、今度は大丈夫だ。……けど、安易に女子の部室に行くもんじゃないぞ」
「ですよね……気をつけます」
あの時、テニス部の女の子と話しているのを主将さんが偶然見かけて、僕の彼女だと勘違いをしたらしい。
(でも、それだけで僕の彼女って思うなんて……意外と思い込みが激しいよね、この人は)
クスリと小さく笑いながら足元の土をぽんぽんと撫でる。
「そうだ! 今度サツマイモでスイートポテト作ってきますよ! 主将さん、食べてくれますか……?」
「……甘さ控え目なら」
「あはは、分かりました。頑張りますね!」
不意に間近で視線が重なれば、恥ずかしくなってほぼ同時に視線を逸らす。
「それより……」
「は、はい……なんでしょう?」
「俺はいつまで『主将さん』なんだ?」
「え……ダメですか? カッコイイじゃないですかー……主将さん」
照れ隠しに呼んでみる。
本当は僕だって名前で呼びたいけれど、それはもう少し先の話。
主将さんも察してくれているのか、この話にはこれ以上触れて来なかった。
そして、お互い今までと変わらない高校生活を送り、主将さんが主将さんでなくなった日。
僕は主将さん――……大ちゃんに改めて告白されたんだ。
僕は大ちゃんには主将として精一杯頑張ってもらいたかったから、僕のことはそれから考えて欲しいって無理に頼んだ。
最初は大ちゃんも驚いていたけれど、僕の真剣な訴えに了承してくれた。
「大ちゃん! 卒業おめでとうございます!」
「ありがとな。……まだ慣れないな、その呼び名」
「そうですか? 僕はしっくりきてますけど。まあ確かに……松岡~とか、大地~しか聞いた事ありませんでしたねぇ……」
「だろ。俺をちゃん付けする奴はお前くらいだ」
「恋人の特権って奴ですかね」
桜のつぼみが大きく膨らんで、そろそろ弾けそうな季節。
きっと、大ちゃんが大学に入学する頃には満開になって祝福してくれるんだろうね。
そんなことを思いながら桜の木の下を、大好きな人と並んで歩く。
「あーあ……」
「どうした?」
「大ちゃんが居なくなったら、また朝一人になっちゃうなーって、思って……」
「やっぱり一人で畑仕事は嫌だったのか」
「んーん、そうじゃなくて……。体育館で大ちゃんを見るのが日課になっていたせいか、ちょっと寂しいなって思ったんです」
「あぁ……俺もだな」
「え?」
不意に大きな手が僕の手を包み込んだ。
「俺も、土まみれになってるお前を見るのが日課だった」
「――……そっか、同じだったんですね」
嬉しくて笑みを浮かべながら、キュッとその手を握り返す。
「……まあ、これからはもっと見られるしな」
「え……あっ」
大ちゃんが言わんとしていることに気付き、僕ははにかんで笑う。
これからは、朝だけじゃなくて会いたい時に会える――……恋人だから。
「じゃあ、沢山野菜料理を披露しますね!」
「!? ……あぁ、そうだな……」
僅かに引き攣っている大ちゃんの横顔を、僕は楽しげに見つめた。
早朝に…/終
「あ、主将さん! おはようございます」
「毎日なんて、大変じゃないか?」
「そんなことないですよー。主将さんだって、朝だけじゃなくて放課後もみっちりバレーやってるじゃないですか。大変さなんて、本人がどう思うかですよ」
「……だが、お前は毎朝一人で……」
「一人じゃないですよ、今は」
目を丸くする主将さんに、へへっと笑いながら鼻の下を擦る。
「土、ついたぞ」
「あ……、どこです? 取れました?」
「まだだな」
そう言って僕に手を伸ばし、指の腹でグイと拭われる。
「っ……ありがとうございます」
主将さんが触れてくれるだけで、物凄く照れてしまう。
「そういえば、この前のスイカ、みんな美味そうに食べていたぞ」
「本当ですか!? 良かったー。主将さんはどうでした?」
「美味かったに決まってるだろ」
彼のふと浮かべられた笑みが、僕の心を和ませる。
僕が作ったスイカが原因で、主将さんがヤキモチを焼いてくれた事は、一生忘れられない大切な思い出だ。
「今度はサツマイモをテニス部のコに届けることになっているんですけど……、大丈夫ですよね?」
「ああ、今度は大丈夫だ。……けど、安易に女子の部室に行くもんじゃないぞ」
「ですよね……気をつけます」
あの時、テニス部の女の子と話しているのを主将さんが偶然見かけて、僕の彼女だと勘違いをしたらしい。
(でも、それだけで僕の彼女って思うなんて……意外と思い込みが激しいよね、この人は)
クスリと小さく笑いながら足元の土をぽんぽんと撫でる。
「そうだ! 今度サツマイモでスイートポテト作ってきますよ! 主将さん、食べてくれますか……?」
「……甘さ控え目なら」
「あはは、分かりました。頑張りますね!」
不意に間近で視線が重なれば、恥ずかしくなってほぼ同時に視線を逸らす。
「それより……」
「は、はい……なんでしょう?」
「俺はいつまで『主将さん』なんだ?」
「え……ダメですか? カッコイイじゃないですかー……主将さん」
照れ隠しに呼んでみる。
本当は僕だって名前で呼びたいけれど、それはもう少し先の話。
主将さんも察してくれているのか、この話にはこれ以上触れて来なかった。
そして、お互い今までと変わらない高校生活を送り、主将さんが主将さんでなくなった日。
僕は主将さん――……大ちゃんに改めて告白されたんだ。
僕は大ちゃんには主将として精一杯頑張ってもらいたかったから、僕のことはそれから考えて欲しいって無理に頼んだ。
最初は大ちゃんも驚いていたけれど、僕の真剣な訴えに了承してくれた。
「大ちゃん! 卒業おめでとうございます!」
「ありがとな。……まだ慣れないな、その呼び名」
「そうですか? 僕はしっくりきてますけど。まあ確かに……松岡~とか、大地~しか聞いた事ありませんでしたねぇ……」
「だろ。俺をちゃん付けする奴はお前くらいだ」
「恋人の特権って奴ですかね」
桜のつぼみが大きく膨らんで、そろそろ弾けそうな季節。
きっと、大ちゃんが大学に入学する頃には満開になって祝福してくれるんだろうね。
そんなことを思いながら桜の木の下を、大好きな人と並んで歩く。
「あーあ……」
「どうした?」
「大ちゃんが居なくなったら、また朝一人になっちゃうなーって、思って……」
「やっぱり一人で畑仕事は嫌だったのか」
「んーん、そうじゃなくて……。体育館で大ちゃんを見るのが日課になっていたせいか、ちょっと寂しいなって思ったんです」
「あぁ……俺もだな」
「え?」
不意に大きな手が僕の手を包み込んだ。
「俺も、土まみれになってるお前を見るのが日課だった」
「――……そっか、同じだったんですね」
嬉しくて笑みを浮かべながら、キュッとその手を握り返す。
「……まあ、これからはもっと見られるしな」
「え……あっ」
大ちゃんが言わんとしていることに気付き、僕ははにかんで笑う。
これからは、朝だけじゃなくて会いたい時に会える――……恋人だから。
「じゃあ、沢山野菜料理を披露しますね!」
「!? ……あぁ、そうだな……」
僅かに引き攣っている大ちゃんの横顔を、僕は楽しげに見つめた。
早朝に…/終
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる