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君恋2
2-1
しおりを挟む憂鬱な梅雨が明けて、時期は七月の半ば。
カフェ兼アンティークショップ『Avec-toi(アヴェク・トワ)』は今日も賑わいを見せている。
「店長。こっちは貼り終わりました」
「てんちょー。こっちも終わったっスよ」
こっちへやって来た日野と、商品棚の横から顔を覗かせた小笠原が口々にそう告げてきた。
「了解。二人共アクセコーナーの方に回ってくれ」
「分かりました」
「はいはーい」
きびきび動く二人を見届けつつ、俺はレジ内で在庫の整理をしている。
もう一人のスタッフ、片山さんにはカフェの方に入ってもらっていた。
彼とはアレ以来プライベートな話はしていない。
いや、普段もあまりする方ではないけれど、それ以上に酷くなっている気がする。
(……っていっても、あの人は全然普通に見えるんだけどな)
自分だけが意識しまくっていることが少しばかり悔しい。
だからって、相手の気持ちを知ったところでそれを受け入れられるかと訊かれたら、それは無理だ。
片山さんのことは、大事な仲間としか思っていない。――今までも、これからも。
「てんちょー! とりあえず全部終わったと思いますよー」
しゃがんで作業をしている俺に、カウンターに身を乗り出して声を掛けてきた小笠原。
彼を視界に入れてから、俺は一度立ち上がる。
アクセサリー売り場で片付けをしている日野の姿を見て、小笠原に次の指示を出す。
今日は、明日総出で行われる棚卸のために、下準備をみんなに手伝ってもらっている。
全部の棚に、紙に書かれた番号札を貼り付けて行き、サンプルとして出ている商品の空箱を、カウントしないように退ける作業だ。
そして、夕方六時三十分少し前。
「二人共お疲れさん。そろそろ時間だな。退勤していいぞ」
A帯で入っている日野と小笠原に帰るよう声を掛けた。
「それじゃあお先です」
「優ちゃんまた明日~」
「おー。気を付けて帰れよー」
相変わらずレジ内にいる俺は、作業を再開しながら二人に返事をする。
あと少しでココも終わる。
なんとか無事に明日を迎えられそうだ。
(この後、片山さんとラストまでってのが、ちょっとアレだけど……)
カフェの方を盗み見ると、無駄な動きなく働く片山さんの姿があった。
(ま、本人がいつも通りなら、俺がグダグダ悩んだって仕方ねーよな)
一瞬止めた手を動かして、仕事に集中した。
「今日も良い天気だなー。……いや、良過ぎか」
スタッフ専用の駐車場に車を停めた俺は、眩し過ぎる陽に目を細めながら店の前まで来ると、『本日は棚卸の為、休業致します。』と張り紙された扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
カチャ……――
静かに音を立てて開く。
時間は朝の七時。
案の定、他のスタッフはまだ来ていない。
スタッフルームで着替えを済ませ、店へと下りる。
その時、ポケットにしまっていた端末が振動を伝えた。
抜き取って、指先で画面をスッと撫でる。
メールが一件。
今度は画面をタッチする。
「あ……」
送り主は神条雪乃となっていた。
(今日来るはずだろ?)
この時間にメールを寄こすなんて、余程の急用だろうか。
すかさずメールを開く。
『おはようございます。
本日の棚卸ですが、取引先でトラブルが発生したためそっちに向かう事ができません。
代わりに二号店の榊店長に向かわせますので、宜しくお願いします。
神条。』
「え……マジで?」
口元が引き攣る。
神条さんのことは、前ほど考え込まなくなってきたから吹っ切れつつあるのだと思うが、まだ不安はある。
会わないで済むなら有り難いが、かといって、代わりに来る人物が、まさかアレとは……――。
俺はよろよろとレジ内にある椅子に腰かけた。
(と、とりあえず……返信……)
端末を操作して、神条さんに『了解』と返事を送った。
……ブー、ブー……――
(あれ、またメール?)
送って数分でまた着信を知らせてきた。
『優一。
槙人と仲良くね。』
更に口元が引き攣る。
「なんだこの追い打ちメールは!」
端末をブン投げてやりたい衝動に駆られたがなんとかとどまった。
俺が榊槙人を毛嫌いしている理由は、言ってしまえば苦手だからだ。
神条さんと彼は、大学の同級生らしい。
俺がココで働くきっかけとなったのは神条さんの誘いがあったからだ。
俺が入社した時、榊店長がココの店長として働いていた。
厳しい人ではあるが、優しい面もあった。――俺以外には。
あの頃から何故だか俺には意地悪で……、いや本当に理由なんて知らない。
こっちから本人に訊いたこともない。
訊いたところで答えてくれたとも思えない。
それだけ、苦手意識が強くなっていたわけだ。
入社して二年ほど経った頃、二号店を開くということで、榊店長がそっちへ移動することになった。
移動するまでの間、彼が俺の指導係になったのだが……。
いろいろ仕事を押し付けてくるのは、俺を店長に育てる為の指導者としての彼なりのやり方と言えば聞こえはいいが、俺にはどうも腑に落ちなかった。
仕事に厳しいくらいならまだ納得はしてやってもいい。
――が、
人の弁当を勝手に食ったり愛用していたボールペンを取り上げてなかなか返してくれなかったり座ろうとした椅子を後ろに引いて転ばせようとしたり。
やることが幼稚でセコかったのだ。
絶対俺の事嫌いなんだこの人。
そう思わない日は無いほどに、彼からの嫌がらせは続いた。
今思えば本当にしょうもない。
くだらな過ぎて笑う気も起きやしない。
それから、彼がココを離れる日。
――「頑張れよ」――
そう言葉を掛けてきたことには驚いた。
お前はまだまだだ、とか、油断するなよ、とか……厳しい言葉が来るものと思っていた俺は、呆けて、素直に「はい」と答えていた。
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