君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋2

2-7

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「さ、榊さん……?」
 そして俺の方へ手を伸ばしてきた榊さんが俺の座る椅子の背凭れを掴んだ。
 もう片手はテーブルに置かれて、一気に距離を縮める。
「あ、あの……何か……?」
 眼鏡の向こうの瞳がジッと俺を見下ろす。
「お前さ。小笠原とどうなってるんだ?」
「――……はい? おが、小笠原……?」
 急に出てきた名前に呆気に取られる。
(何の話してんだ? この人は……)
「お前見てるとアイツにだけは甘いように見えるんだが、お前は雪乃が好きなんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「アイツを使って雪乃を忘れようとしているなら、止めておけ」
「はあ? あの、俺は小笠原のことは何とも思ってないですよ」
「嘘を言うな」
「⁉ う、嘘じゃないです!」
 何をムキになっているのか知らないが、勝手な想像で責められるのには納得がいかない。
(何で俺が小笠原とどうにかならないといけねーんだ!)
 確かに親しみやすい相手ではある。
 気を許してしまうことも無いとは言い切れない。
 でも、アイツにだけ甘くしているわけでは決してない。
「榊さんも見てたでしょう? 棚卸しの時、アイツとのやり取りを!」
 残業を突きつけたり。――まあこれはアイツが悪いのだが。
 面倒なアクセコーナーをやるよう指示したり。――これは話の流れでたまたまやってもらうことにしたのだが。
 コレを見て、どう甘やかしていると思えるのだろうか。
「ああ、見ていた。お前らが二人でイチャついてるのをな」
「え……何の話ですか?」
 俺には全く見当がつかない。
「昼休憩の時だ。スタッフルームで小笠原と……」
(? ……まさか、アレを見られていたのか⁉)
 扉の音が聞こえたのは気のせいじゃなかったのだ。
「ま、待って下さい! あれは別にイチャついてたとかじゃなくて、アイツがどうしてもって言うから……」
「それにしては、随分と楽しそうだったじゃないか」
 そんな風に勝手に決め付けてくる榊さんに、先輩だろうが俺は我慢できなくなった。
「さっきからどうしてあんたはそう……っ。アイツがどう思ってんのか知りませんが、俺は仲間の一人としか見てません! 勝手に勘ぐるのは止めて下さい‼ それに、榊さんには関係のない事でしょう。どうしてそう突っかかってくるんですかっ?」
 一気に捲し立てたせいで、俺の肩が上下する。
 榊さんの目が、一瞬驚きに見開かれたが、直ぐに鋭さを取り戻した。
「関係ないか。まあ確かに俺には関係のないことだ。今はな」
(今は……?)
 首を傾げる俺に、目の前の口端が吊り上がった。
「突っかかる理由、教えてやろうか」
「はぁ? 何なんですか、それ……」
(理由? 榊さんが俺に突っかかって来る理由……嫌がらせ、以外にあるのか?)
 しかし、紡がれた言葉に、俺は耳を疑った。
「俺も好きだった」
「え……?」
「雪乃のことが」
(――今、何て言った?)
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