君だけに恋を囁く

煙々茸

文字の大きさ
32 / 74
君恋4

4-3

しおりを挟む

「と、言う訳で、今日からバイトで入る高校生の前川だ」
「前川龍介です。宜しくお願いします」
 翌日。みんなが揃い、夕方から出て来てくれた前川を交えてのミーティングで彼を紹介した。
「え……。高校生⁉」
(やっぱり驚くよな……)
 声を上げた小笠原に苦笑いを浮かべつつ、俺は騒ぐなと静かに首を横に振って話を続けた。
「フェアが終わるまでって期限付きだけど、みんなでフォローしてやって欲しい。基本は俺が教えるけど、俺が不在だったり接客中の時は片山さんに指導の方頼みたいので、宜しくお願いします」
「分かりました」
 片山さんが了解するのを見て頷き、横に立つ前川に視線を戻す。
「片山さんは俺より頼りになると思うから、何でも訊いて」
「はい。――宜しくお願いします」
 俺から片山さんに視線を滑らせた前川が、僅かに表情を硬くして軽く頭を下げた。
 自分より大きい男を目の前にして、少し緊張をしているのかもしれない。
(まあ無理もないよな。俺だって急に目の前に立たれると未だに驚いちまうし)
 微笑ましく思いながら二人のやりとりを見守る。
「こちらこそ。まあ店長よりってのは言い過ぎだが、大体のことは教えられると思うから何でも訊いてくれ」
「はい」
 いやいや、決して言い過ぎなんかじゃありませんよという突っ込みは、話が進まなくなるから呑み込んでおく。
 フェアまであと数日。
 準備段階から人手が増えたことに感謝だ。


 フェア前日――。
 八月に入ってから殺人的猛暑日が続き……。
(さすがにヘバる。まだ風があると違うんだが……)
 カフェテラスから遠く広がる空を仰ぐ。
 残念ながら今日は無風に近い。
 夏休みに入っているお蔭でそれなりに客は増えてくれてはいるが、その分忙しく、体調を崩すスタッフが出てきやしないかと危惧する。
(まあみんな大人なんだし、それなりに体調管理はしてくれてるよな)
 高校生である前川も、身体は丈夫そうに見えるから大丈夫だろう。多分。
「店長。荷出し終わりました」
「お。じゃあ次は……――」
 私服に雑貨用のエプロンをつけた前川に声をかけられて、雑貨フロアのレジカウンターへ向かう。
「これ、昨日着荷した物だから、値段つけて同じ部門の棚に荷出しを頼むな。終わったらまた声掛けて。チェックするから」
「分かりました」
 笑顔は少ないが、物覚えが早く仕事も丁寧にこなしてくれていて、つい次から次に仕事をお願いしてしまう。
(もう少しゆっくりやっていいんだけどな。接客には入らなくていいとは言ったが、その分肉体労働ばっかりだもんなぁ)
 指先で顎を擦りながら彼の仕事ぶりを眺める。
 そこへ、
「店長さん♪」
 高めの声と共にポン、と背中を軽く叩かれて振り返る。
「あぁ。いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
 週に一回は来店してくれている女性客が、ニコニコ顔で俺を見上げていた。
「新人さんが入ったの? また男らしい人ねぇ」
「ええ。明日から始まるフェア限定のバイトさんですよ。この時期は人手不足になりがちなので助かってます」
「あら、バイトだなんて。もしかして学生さん?」
「そうなんですよ。まだ不慣れなので何かご迷惑をお掛けしましたらすみません。温かい目で見守ってやって下さい」
「任せて頂戴! 私、こう見えて面倒見イイのよ」
 客に面倒を見させるわけにはいかないが、内にも外にも味方が居てくれるのは嬉しいことだ。
 真面目に働く前川に、表情を綻ばせる。
 そこへ、
「うーん……」
 小さな唸りと共に視線を感じて顔を戻す。
「……何か?」
「何となくだけど、店長さん顔色悪くなぁい?」
「え? ……全然元気ですよ?」
 俺は目を瞬いて首を捻る。
「ならいいけれど、あまり無理しちゃ駄目よ?」
「ええ。気をつけます」
 心配を拭いされないのかぎこちない笑顔を浮かべる女性客に、俺はいつも通りの笑顔を向けた。
(暑さのせいで疲れてるように見えるとか……? 顔でも洗ってくるか)
 客に心配させるなどもっての外だ。
 作業を進める前川を一瞬視界に入れてから、俺は二階のトイレへ向かった。
「うーん……。顔色悪い、か?」
 洗面台に取り付けられている鏡を覗き込む。
 確かに疲れた顔をしていると言われればそう見えなくもないが。
(自分じゃ分からねえもんだな)
 眉間に皺を寄せた俺が俺を睨む。
 確かに、数週間の間にいろんな事があった。
 精神的にきても可笑しくないことが……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

人の噂は蜜の味

たかさき
BL
罰ゲームがきっかけで付き合うフリをする事になったチャラい深見と眼鏡の塔野の話。

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

処理中です...