35 / 74
君恋4
4-6
しおりを挟む
そこへ、どこか不服そうな表情を浮かべた小笠原が口を開いた。
「でもさー、一緒に撮りたいって言ってきたらどうするんスか?」
この質問には眉を顰めた。
「どうするも何も、俺達はアイドルじゃないんだ。そこはちゃんと断れよ。お前の場合は特にな。一人でも許すと切りが無くなるから、後々面倒なことになって困るのはお前だぞ」
「褒めてくれてありがとう♪」
俺に抱きつこうとする小笠原の腕をペシッと叩き落とす。
「褒めたわけじゃねーよ。とにかくルールは絶対だ」
「はいはーい」
コイツの気の抜けた返事はいつものことだ。
(ま、今のところ順調だな。売り上げもいつもの三倍は増えてるし)
注文のデザートをお盆に乗せて、軽い足取りで厨房を出た。
昼を過ぎた今でも順番待ちをしている客で賑わっている。
「キャ!」
人とぶつかってバランスを崩した高校生くらいの女の子が、俺に倒れ掛かって来た。
「――っと、大丈夫ですか?」
お盆を片手で支え、空いている方の腕で彼女の腰を咄嗟に支えた。
「お怪我は?」
「え……⁉」
俺を見るなり目を丸くした女子高生がパクパクと金魚のように口を開閉させている。
「あ、あの……ごめ、なさいっ。大丈夫です!」
「そうですか。混雑しているので、気を付けて下さいね」
慌てて俺から身を離し、赤面しながらコクコクと頷く女の子。
その様子に俺は安堵しながら微笑みかけ、「失礼します」と目的のテーブルへ再度足を向けた。
(ちょっと混み過ぎだよな。後半は少し落ち着いてくれるといいけど……ディナータイムは無理だろうな)
デザートを運ぶ間もテーブルに置く時も、ずっとシャッター音に追いかけられている。
悪い気はしないが、やっぱり少し鬱陶しい。
(休憩は外に出るかな……)
少しでもいいから静かな場所で新鮮な空気を吸いたい。
(……ダメだ。やっぱり重い……)
足が軽く感じたのは一時的なものだったらしい。
(でも今日は心配されてねぇし、大丈夫だ。昨日は疲れてただけなんだよな。うんうん)
自分に言い聞かせるように小さく頷きながら、俺はランチタイムが終わるまでカフェフロアを歩き回った。
そして、夏フェア三日目を迎えた。
「ちょっと待て。どうなってんだコレは……!」
出勤早々口元がヒクヒクと引き攣った。
何故なら、店の前に二十人近い女の子たちが群がっていたからだ。
(え。本当に何事だ? もしかしてマジでアイドルとか来ちゃったり……?)
まるで出待ちのような光景に呆気に取られて立ち竦む。
「あ。店長さん! おはようございまぁす!」
「あの人がそうなの⁉ すっごい美形なんだけどっ!」
一人の声に一斉に反応して俺を振り返る。
そして数珠繋ぎのように声が上がって行く。
「元モデルとか?」
「え、そうなの⁉ でも分かるーっ」
「私は元ホストって話を聞いたけど」
「どっちもありそうだよねー!」
いやいやどっちもありません。と否定する隙さえ与えられずに俺は女の子たちに囲まれてしまった。
「店長さんお名前はー?」
「英さんって言うんだよ。下の名前は確かぁ……」
「優一さん!」
「そうそう‼ 名前通り優しそーっ」
「彼女いないって本当ですかぁ?」
「それ本当らしいよ! 前にカフェで聞いたって子がいてさぁ」
まるで俺をお題にしたクイズ大会の様だ。
全く本人が喋る機会がないのだが。
(っつか、何で俺の名前知られてんだよ。それよりどうしてこんなに湧いて来た?)
なんとか浮かべた笑顔も笑顔と言っていいものなのか分からないほどに引き攣っている気がする。
「えっと、ウチの店に来てくれたのかな? 開店は三十分後だからもう少し待っていてもらえると嬉しいのだけど……。それから入ってくる車も多いから危なくない所でね」
努めて優しく諭してみたが、効果は如何なものか……。
「あのぉ……」
目の前にいる女の子がカバンから何かを取り出して、遠慮がちに俺を見上げた。
「一緒に、写真だけ撮らせて下さい!」
「……はい?」
「お店の中に入っちゃうと、一緒に撮るの禁止って聞いたので、今ならいいかなーって」
(そう来たか!)
俺は一瞬眩暈を覚えた。
「でもさー、一緒に撮りたいって言ってきたらどうするんスか?」
この質問には眉を顰めた。
「どうするも何も、俺達はアイドルじゃないんだ。そこはちゃんと断れよ。お前の場合は特にな。一人でも許すと切りが無くなるから、後々面倒なことになって困るのはお前だぞ」
「褒めてくれてありがとう♪」
俺に抱きつこうとする小笠原の腕をペシッと叩き落とす。
「褒めたわけじゃねーよ。とにかくルールは絶対だ」
「はいはーい」
コイツの気の抜けた返事はいつものことだ。
(ま、今のところ順調だな。売り上げもいつもの三倍は増えてるし)
注文のデザートをお盆に乗せて、軽い足取りで厨房を出た。
昼を過ぎた今でも順番待ちをしている客で賑わっている。
「キャ!」
人とぶつかってバランスを崩した高校生くらいの女の子が、俺に倒れ掛かって来た。
「――っと、大丈夫ですか?」
お盆を片手で支え、空いている方の腕で彼女の腰を咄嗟に支えた。
「お怪我は?」
「え……⁉」
俺を見るなり目を丸くした女子高生がパクパクと金魚のように口を開閉させている。
「あ、あの……ごめ、なさいっ。大丈夫です!」
「そうですか。混雑しているので、気を付けて下さいね」
慌てて俺から身を離し、赤面しながらコクコクと頷く女の子。
その様子に俺は安堵しながら微笑みかけ、「失礼します」と目的のテーブルへ再度足を向けた。
(ちょっと混み過ぎだよな。後半は少し落ち着いてくれるといいけど……ディナータイムは無理だろうな)
デザートを運ぶ間もテーブルに置く時も、ずっとシャッター音に追いかけられている。
悪い気はしないが、やっぱり少し鬱陶しい。
(休憩は外に出るかな……)
少しでもいいから静かな場所で新鮮な空気を吸いたい。
(……ダメだ。やっぱり重い……)
足が軽く感じたのは一時的なものだったらしい。
(でも今日は心配されてねぇし、大丈夫だ。昨日は疲れてただけなんだよな。うんうん)
自分に言い聞かせるように小さく頷きながら、俺はランチタイムが終わるまでカフェフロアを歩き回った。
そして、夏フェア三日目を迎えた。
「ちょっと待て。どうなってんだコレは……!」
出勤早々口元がヒクヒクと引き攣った。
何故なら、店の前に二十人近い女の子たちが群がっていたからだ。
(え。本当に何事だ? もしかしてマジでアイドルとか来ちゃったり……?)
まるで出待ちのような光景に呆気に取られて立ち竦む。
「あ。店長さん! おはようございまぁす!」
「あの人がそうなの⁉ すっごい美形なんだけどっ!」
一人の声に一斉に反応して俺を振り返る。
そして数珠繋ぎのように声が上がって行く。
「元モデルとか?」
「え、そうなの⁉ でも分かるーっ」
「私は元ホストって話を聞いたけど」
「どっちもありそうだよねー!」
いやいやどっちもありません。と否定する隙さえ与えられずに俺は女の子たちに囲まれてしまった。
「店長さんお名前はー?」
「英さんって言うんだよ。下の名前は確かぁ……」
「優一さん!」
「そうそう‼ 名前通り優しそーっ」
「彼女いないって本当ですかぁ?」
「それ本当らしいよ! 前にカフェで聞いたって子がいてさぁ」
まるで俺をお題にしたクイズ大会の様だ。
全く本人が喋る機会がないのだが。
(っつか、何で俺の名前知られてんだよ。それよりどうしてこんなに湧いて来た?)
なんとか浮かべた笑顔も笑顔と言っていいものなのか分からないほどに引き攣っている気がする。
「えっと、ウチの店に来てくれたのかな? 開店は三十分後だからもう少し待っていてもらえると嬉しいのだけど……。それから入ってくる車も多いから危なくない所でね」
努めて優しく諭してみたが、効果は如何なものか……。
「あのぉ……」
目の前にいる女の子がカバンから何かを取り出して、遠慮がちに俺を見上げた。
「一緒に、写真だけ撮らせて下さい!」
「……はい?」
「お店の中に入っちゃうと、一緒に撮るの禁止って聞いたので、今ならいいかなーって」
(そう来たか!)
俺は一瞬眩暈を覚えた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる