君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋4

4-11

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「やっぱり、まだ居たのか」
「!!?……どう、したんですか……?」
 入って来た相手には更に驚かされた。
 女性には知的に思わせるのだろうスリムな眼鏡を、長い指で軽く押し上げた榊さんが溜息を吐いた。
 俺にしてみたら鬼畜度が倍増するアイテムとしか思えないのだが……。
「雪乃に頼まれてな。絶対優一は無理するだろうから、と」
(あー……)
 やっぱり、手を打たれていたかと、また痛み出す頭を静かに押さえた。
「他の奴はどうした?」
「仕事終わったんで、帰ってもらいましたよ」
 最後まで片山さんが送って行くと言ってくれていたが、それを俺は強引に断った。
 今は一人になりたかったからだ。
「お前は弱い部分が出そうになると、いつも一人になろうとするからな」
「っ! ……そんなこと……」
 心の内を覗かれた思いがして、俺は表情を歪めながら彼から顔を背けた。
「図星だろ?」
「……そんなこと、一々言いに来たんですか?」
 俺のつっけんどんなセリフにも、この人はサラッと返してくる。
「雪乃が心配していたからな」
「なら、あんたがわざわざ来る必要なんてなかったんじゃないですか? この通り、俺は大丈夫なので」
 もちろん、嘘だ。
 体は既に悲鳴を上げている。
 本当は早く帰ってベッドの上で熟睡したい。
「そうは見えんがな。それに俺は――」
 こっちに伸びて来た腕が俺の髪を掠める寸前、
 その手を咄嗟に払い除けていた。
(……ヤバッ)
 榊さんの驚いた顔に、俺は一瞬怯んでしまう。
(どうして、そんな顔するんだよ……っ。いつもなら憎まれ口とか、返してくんだろ……)
「優一……」
「すみません! 本当に大丈夫なので。それに、そろそろ帰るところだったので……。それじゃあ……」
 一度上げかけた腰を再度椅子から上げた時だ――
「……っ……は……」
 視界が急に揺れたと思ったら靄がかかり、脚に力が入らず、俺はそのまま床に吸い込まれる様に崩れ落ちた。
 意識が薄れていたせいか、それとも何かがクッションになったのか、打ちつけたはずの体に痛みは感じなかった。
「優一! …、ゆぅ……!――」
(……俺を……呼んで……る……?)
 薄れた意識は快復してくれず、俺はそのまま完全に気を失った。


 ――……。


(え~~~~っとお?)
 これはどういう状況だろうか。
 俺はベッドから上体を起こして辺りを見回した。
 直ぐ近くに窓、そして対面には扉が一つと嵌め込み式のクローゼットがある。
 他にはベッドの傍にサイドテーブルが一つあるだけで、余計な物は一切置かれていない。
 ホテル?
 ――にしては、殺風景過ぎる。
 病院?
 ――って雰囲気とも違う。
(……ここ何処⁉)
 漸く回り始めた頭で考える。
(昨日は確か……そうだ! 榊さんが店に来て、帰ろうとした辺りから記憶が……)
 徐に、俺は自分の服に視線を落とす。
(え……。誰の服だよコレは⁉)
 仕事が終わって直ぐに着替えたが、こんなラフなTシャツを着た覚えはない。
 気になるのは、もちろん下……――
 恐る恐る布団の中を覗く。
(……良かった。下は俺のだ)
 ホッと安堵したのも束の間、閉ざされていた扉が音を立てたことで体が強張った。
「……起きたのか。調子はどうだ?」
「さ、榊……さん?」
 入って来たのは榊さんだったのだが、眼鏡を掛けていなかったから、一瞬疑ってしまった。
 一応知った顔で安心したが、相手がこの人で心の底から安心していいものかと不安も生じた。
「不思議そうな顔だな。昨日のこと、覚えてないのか?」
「……はい。途中から記憶が飛んでしまっていて……」
 持ってきたトレーをサイドテーブルに置いた榊さんが、俺のいるベッドに腰を下ろした。
「ここは俺の寝室だ。昨日、店でお前が倒れたから運び込んだ」
「え……」
「少し熱もあったから上だけ着替えさせた。お前の服は洗濯機にかけてある。帰る頃には乾いているだろうから安心しろ」
「……」
「他に質問は?」
 問われて、咄嗟にふるふると首を振る。
 今のこの状況を理解するには事足りる説明だった。
(……そっか)
 なんとなくだが、思い出してきた。
 意識が途切れる寸前、傍で名前を呼んだのが誰だったのか。
(必死な声……だったな……。この人でもあんなに慌てるのかって、今思えばスゲェ新鮮な一面だったかも。――なんて言ったら悪いか、さすがに)
 心配と面倒をかけて申し訳ない気持ちが湧いて来たことも確かだ。
 ここはちゃんと謝って、お礼を言うべきだろう。
 そう思って口を開きかけた時だ――。

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