山に捨てられた元伯爵令嬢、隣国の王弟殿下に拾われる

しおの

文字の大きさ
19 / 43

19

しおりを挟む
 朝からじーっとノア様を観察していた。今朝は早くからルカ様と共に王宮へ出かけ、仕事をしている。王弟であり王位継承権第一位ということもあり、仕事がたくさんあるようだ。
 好きな人はいるのか、気になる人がいるのか観察したいのだが、王宮の中で会っているのであれば、わたしではわからない。
 たまに王妃様に茶会に呼ばれるのだが必ず彼が付き添っている。途中で呼ばれない限りは一緒にお茶を楽しむのだ。
 お茶会の間は彼は執務室にいるらしく姿を見かけることはない。
 ならばよく知っている人に聞く他ないと思い、こっそりとルカ様を呼び出した。ノア様は今日一人で外出しているのでちょうどいい。



「セリーヌ様からお誘いいただけるとは珍しいですね。何かありました?」
 戸籍上は一応兄に当たるのだけれど、口調は丁寧だ。なんだかくすぐったくて思わず言ってしまった。
「あの、戸籍上は兄になるのでセリーヌでいいですよ。なんだかむず痒いです」
「ああ、それもそうですね。わたしの義妹いもうとになったんだ。それではセリーヌと呼ばせてもらおう。私のこともお義兄様にいさまと呼んでくれ」
 お互い笑い合ってお茶を啜る。なんだか和やかな雰囲気になったところで本題を切り出す。

「聞きたいことがあるんです。ノア様にはお慕いしている方はいるのですか?」
 私が質問したらお義兄様は吹き出した。慌ててハンカチを差し出そうとするも手で制されてしまう。
「どうしてそんなことを?」
「もしお慕いしている方がいるなら、私は邪魔なんじゃないかなあって。ノア様の好意でここに置いてもらっているけど、彼には幸せになってほしいの」
 なんだか考え込んでしまったお義兄様の言葉をじっと待つ。
「ノア様のことを少し話そうか」
 そう言ってお義兄様はお話ししてくれた。
 彼は前国王陛下の次男として生まれ、第二王子として生活していた。年齢を重ねるごとにたくさんの縁談が舞い込んだが、頑なに全て断っていたのだという。元々女性には興味がないのか冷ややかな態度をとっていたそうだ。国内のご令嬢はことごとくあしらわれ、今では誰も彼に近づかないのだという。
 信用できるものしかそばに置かず、側近と呼べる人もお義兄様だけだったという。王位にも興味がなく、王宮でも離宮でもなく離れた王都の屋敷で生活していることもあり、王位継承権争いというものもなかったのだとか。
 もちろん本人にその気はなくても周りが動いてしまうことがあったのだがが、全て潰してしまったのだという。
 それもあり、現国王陛下からは信頼が厚く、かなり融通は効くらしい。そんな彼を心配した国王陛下は結婚について何度か尋ねるも彼は一貫して『自分が結婚したいと思える人とでないと結婚しない』と言い張ったのだという。
 そんな事情もあり、彼の結婚に関しては誰も口を出さないのだそうだ。

「ノア様は中途半端に婚約なんてしないし、人に対しては誠実でありたいと思う人だ。だから、それはノア様の意思の現れだ。もし本当に気になる女性がいるならセリーヌに対しても、相手の女性に対しても不誠実だろう?」
 お義兄様の言葉に頷く。
 そうだ、彼はそんな不誠実なことはしない人。何かあればあちらから婚約の解消を申し出るに違いない。
「気になるならノア様に直接聞いてみるといいよ。きっと面白いものが見られる」
 人の悪そうな笑みを浮かべるお義兄様をみてちょっと腹黒い人だなって思った。



 彼本人のことを他の人から聞いてしまったことに少し罪悪感を抱きながら、部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると彼が部屋の前に立っていた。
 あれ、今日外出していたはずじゃ……
 不思議に思いながら声をかけると不機嫌そうな顔の彼が腕を組んで立っている。
「ちょっと話そうか」
 連れられたのは彼の部屋だった。初めて入る室内は余計なものなど置かれておらず、仕事するための部屋みたいな感じだった。ソファに座るように促される。

「さて、俺の外出中にルカと何を話してたんだ?」
 お義兄様と一緒にいたことももう知ってるのね。耳が早い……
 さてどうしようか。いや、正直に話すしか選択肢はないのだけれど。
「ーーノア様は、お慕いしている人はいるのですか……?」
 じっと彼を見つめて答えを待つ。片手で口元を覆い俯いてしまっている。これはどういう感情なのかわからない。
 変な汗が出てくる。

「いるよ」
 その言葉に私は固まってしまった。ああ、自分の気持ちを伝える前に失恋してしまったようだ。
「目の前に」
 ーーえ?
 いつの間にか隣に座っていた彼は私の手をとると手の甲にキスをする。
 出かかった涙が一瞬にして引っ込んでしまった。
「セリーヌは?」
「……わたしも、好き、です」
 恥ずかしくなって小さな声で答えるわたしに彼はくすくす笑いながらわたしの頭を撫でてくれた。


 その後はお義兄様と話したことを根掘り葉掘り聞かれた。
「そもそもなんとも思っていない女性を助けるために婚約までするか。そこまで出来た人間じゃない」
 すごく嫌そうな顔をして話してくれた彼が面白くて、普段の仕返しにとくすくす笑った。
「こんなところで言う予定じゃなかったのに。ルカに文句言ってくる」
 そう言って彼は怒ったような表情でお義兄様を探しにいった。
 次の日お義兄様はニヤニヤしていて、彼は不機嫌そうな顔をしていて。何があったかはわからないけど、仲がいいなって遠巻きに見ていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

婚約者候補になったけれども

ざっく
恋愛
王太子 シャルル・ルールに、四人の婚約者候補が準備された。美女才媛の中の一人に選ばれたマリア。てか、この中に私、必要?さっさと王太子に婚約者を選んでもらい、解放されたい。もう少しだけそばにいたいと思う気持ちを無視して、マリアは別の嫁ぎ先を探す。コメディです。

婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ
恋愛
セシルには大嫌いな婚約者がいる。そして婚約者フレデリックもまたセシルを嫌い、社交界で浮名を流しては婚約破棄を迫っていた。 そんな歪な関係を続けること十年、セシルはとある事情からワンナイトを条件に婚約破棄に応じることにした。 しかし、ことに及んでからフレデリックの様子が何だかおかしい。あの……話が違うんですけど!?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。 相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。 静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。 側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。 前半は一度目の人生です。 ※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】 初恋を終わらせたら、何故か攫われて溺愛されました

紬あおい
恋愛
姉の恋人に片思いをして10年目。 突然の婚約発表で、自分だけが知らなかった事実を突き付けられたサラーシュ。 悲しむ間もなく攫われて、溺愛されるお話。

【4話完結】 君を愛することはないと、こっちから言ってみた

紬あおい
恋愛
皇女にべったりな護衛騎士の夫。 流行りの「君を愛することはない」と先に言ってやった。 ザマアミロ!はあ、スッキリした。 と思っていたら、夫が溺愛されたがってる…何で!?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...