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婚約編
14 婚約
しおりを挟む庭園を後にした二人は寄り添って会場へと足を進めていた。
「まず、父上に話さなきゃね。」
イサイアスのその一言にプロポーズの余韻に浸っていたレティシアは婚約の約束はしたものの、彼の父や母から許可を得ていないことに気が付いた。そのことに気が付くと途端に不安が広がった。
魔力なしの自分を婚約者として許してもらえるのか。
イサイアスの父も母もレティシアにとても良くしてくれて、少なくとも嫌われてるわけではないことはわかっていたが、それとこれとは話が違うこともレティシアは理解していた。
貴族の婚約は家と家との繋がりを作るということ。レティシアの実家、レイエアズマン家にとって、四大公爵家のアルハイザー家と繋がりを持てることは非常に大きな利益となることだ。しかし、逆に考えるとアルハイザー家にとってレティシアと婚約を結ぶメリットは何もないのだ。むしろ、魔力なしのレティシアと婚約することなどデメリットしかないようにすら思えた。
「シアは不安?」
体を緊張で硬くしたレティシアにイサイアスは声をかける。
「大丈夫だよ。母上は賛成みたいだし、父上もきっと反対しない。」
「アンネマリー様が賛成?」
「そう、お義母様って呼んでって言われただろ?」
レティシアはアンネマリーがお義母様と呼んでと言ったことにそんな意味があったとは気づいていなかった。ただ単に母親から相手にされない自分を可哀そうに思ってのことだと思っていたからだ。レティシアは嬉しくてアンネマリーに貰ったイヤリングをサラリと撫でた。
会場に着くと、イサイアスの父ダリアンは多くの男性に囲まれていた。
イサイアスが呼びかけると彼らに断りを入れ、こちらに真っすぐやってきた。
「やあ、イサイアス。主役は遅れて登場かい?」
「父上、遅れてすみません。母上のところにいました。」
「ああ、アンネのところにいたのならしょうがないね。で?イサイアス、私に何か言いたいことがあるみたいだね。」
「はい、父上にお願いがあります。」
イサイアスはそういうと一歩後ろにいるレティシアの手を引いて隣に立たせ、真っすぐに父親の目を見ていった。
「レティシア嬢との婚約を認めてください。」
会場の真ん中で言うものだから周りにいた大人たちがざわめいた。
「うん、いいよ。」
そして、いともあっさり頷いたダリアンに、娘を紹介しようと連れてきていた者は抗議の声をあげ、イサイアスに想いを寄せていた令嬢は悲鳴を上げる。そしてレティシアは絶句していた。まさかこんな公衆の面前でイサイアスが父親に告げるとは思っていなかったのだ。そして彼の父はまるでちょっとしたお願いを許すような気軽さで頷いたこともレティシアに小さくない衝撃を与えていた。
娘を紹介しようとしていた者の一人、アレックス公爵がダリアンに詰め寄った。
「皇弟殿下! どういうことか。」
「どういうことって、うちの息子が婚約者を決めたようだから許可しただけだよ。」
「そんな、どこの馬の骨かもわからないような娘をあっさりと婚約者にする人がありますか!」
「どこの娘かなんてわかってるよ。レイエアズマン家の長女、レティシア嬢さ。身分も問題ないだろ?」
「レイエアズマン家の長女?」
アレックスはふと考え込んで、それから冷ややかな侮蔑を込めた笑いを浮かべた。
「レイエアズマンの長女といえば、魔力なしの娘ではなかったかな?公爵騙されてはいけませんぞ。」
レティシアは怯えたように肩を震わせ、悔しそうに唇を噛んで足元に視線を落とした。イサイアスが怒ったように反論しようとすると、それを遮るようにダリアンが口を開く。顔は先ほどとは変わらず爽やかな笑顔でありながら、その声には吹雪のような冷たさがあった。
「騙される?アレックス殿は私がそんなことすら知らない無知だと認識していたわけだ。私も舐められたものだね。」
「皇弟殿下? いえ、決してそういう......」
ダリアンの氷のような冷たさに失言に気づいたアレックスは冷や汗を流す。アレックスは完全にダリアンの気迫に負けてしまっていた。ダリアンはそんなアレックスの様子にその圧力を消すと笑顔で彼に問いかけた。
「アレックス殿は我が愛しの妻の社交界での呼び名を知っているかい?」
「ア、アンネマリー様でございますか?」
「うん、アンネマリーは社交界で青薔薇姫の呼び名で呼ばれているんだよ。」
「はあ、それが。」
訳が分からないという様子のアレックスに、ダリアンはにっこりとほほ笑んでレティシアの隣に立つとレティシアのイヤリングに触れた。
「このイヤリングは私がその名になぞらえて彼女に送ったものだ。この子がそれを付けている意味ぐらいもう分かるよね?」
「なっ!」
「そう、アンネマリーもレティシア嬢を認めているということだよ。」
そういうと、ダリアンはその低く通る声で告げた。
「わが息子イサイアスとレティシア嬢の婚約を認めよう。」
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