War-Wolf

朔名美優

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War-Wolf

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 夜明け前、戦線は静まり返っていた。
 焦げた装甲車が砂に沈み、無線はもうノイズしか拾わない。
 風に混じって、硝煙と腐臭が漂う。
 その中を、一人の男が歩いていた。

 名を知る者はもういない。
 仲間は全滅、指揮官も逃げた。
 それでも男は歩く。
 
 不死身の男。戦神。ゾンビ。化け物。死神。悪魔。
 戦場ではいくつもの通り名で呼ばれ、恐れられていた。
「いくら銃弾を浴びても死なない」
「四肢がもがれても、一晩経てば元に戻る」
 彼の後には、そんな噂だけが残された。

 長い戦いの中で、なぜ戦っているのか、男も忘れてしまった。
 ただ、月の光を見るたびに、現れる。
 骨が軋む音がする。
 理性の奥に、何かが吠える。
 銃より速く、刃より鋭く――それが、彼の中の“獣”だった。

 砂嵐の中で、生き残りの少女兵を見つけた。
 まだ幼い。十歳ぐらいだろうか?
 膝を抱え、通信端末を胸に握っている。
 
 恐怖を湛えた眼で、男を見つめる少女。
 怪我をしているのだろうか、その服は血に染まっている。
 男はヘルメットを脱ぎ、血に濡れた手で端末を拾い上げる。
 通信は途絶えていた。

 男は少女を抱きかかえ、歩き出す。
「戦争は終わったの?」
 少女の掠れた声が弱く響く。

 その時、微かな獣の匂いが鼻をかすめた。
「まさか、お前も⋯」
 少女は柔らかな笑みで男を見つめた。

 次の瞬間、少女は内側から膨れ、爆発した。

 辺りは一瞬で、血煙と砂埃にまみれた。
 その先から白衣の男が近づいて来る。
「戦場の死神⋯、噂は本当だったか⋯」
「忌々しいライカンスロープが!」

 少女の爆発で両腕を失った男は、動くことが出来ず、膝をつく。破れた腹膜からは内臓が溢れる。
 そして、半分吹き飛ばされた頭部で、白衣の男を睨みつける。

「安心しろ。その少女は研究所で造られたクローンだ」
「しかし同族意識があるとは⋯」

 男は地面に視線を落とす。少女の足首から先だけが一つ転がっていた。
 ふと空を見上げると、雲の合間から月が姿を現し始めていた。

 次の瞬間、男は狼の頭で、白衣の男の首を噛み千切っていた。
 そして、首を吐き捨て、男は一人歩き出す。

 転がるヘルメットを拾い上げ、そのマイクに告げる。
「こちらW。任務完了。……生存者なし」
 もちろん返答はない。
 ヘルメットを投げ捨て、男はまた歩き出す。

 廃墟と化したビルの屋上へ登る。
 月が青白い光で男を照らす。
 いまや完全に人狼の姿となった男は、悲壮な遠吠えを一つ啼く。

 冷たい風が吹き抜ける。
 しばらくして、遠くで狼が一声、鳴いた。
 その声は無線のノイズに溶け、静かな戦場を覆った。

 月明かりの下、男はまた歩き出す。
 死なぬ兵士として。
 戦争の、最後の影として。

 ようやく月が沈み、空に赤みが指し始めた。

          【了】
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