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トリック・キャンディ
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ハロウィンの夜、町はまるで夢の中のようだった。
オレンジ色の提灯が並び、仮装した子どもたちが「トリック・オア・トリート!」と叫びながら走り回る。
道には笑い声と鈴の音、カボチャの灯が揺れていた。
その中に、ひときわ異様な影があった。
古びた黒いドレスにベールをかぶった老婆。背中を丸め、手押し車いっぱいにキャンディを積んでいた。
包み紙は金と赤。どれも少し湿っていて、まるで血の匂いがした。
「さあ、キャンディを受け取りなさい。お菓子をもらわなきゃ、夜が終わらないよ」
子どもたちは歓声を上げて手を伸ばした。
老婆は一人ひとりに飴を渡し、口の中で呟いた。
“Dolcem mors(甘き死)”
その夜、私は友人たちと仮装して町を回っていた。
カボチャの仮面を被り、冗談半分に老婆からキャンディを受け取った。
味は驚くほど甘かった。果汁のような香り。けれど、飲み込んだあと、喉の奥に金属の味が残った。
翌朝、町は静まり返っていた。
ニュースでは、ハロウィンの夜に起きた奇妙な事件を報じている。
ピエロの仮装をしていた少年が自殺。喉を自分で切り裂いて笑っていたという。
さらに、魔女の衣装を着た少女が焼け焦げた姿で発見された。
誰もハロウィンの出来事と結びつけようとはしなかった。
三日目、葬儀の帰りにふと鏡を見た。
自分の顔の頬に、薄い亀裂が入っている。
指で触れると、皮膚が硬く、乾いている。まるで蝋できたようだった。
夜、再びあのキャンディを取り出した。
包み紙には、血のような染みが広がっていた。
もう一度、口に入れる。舌が甘さに麻痺し、世界が遠のく。
頭の奥で何かが焼けるように痛む。
気づくと、部屋の中に鈴の音が響いていた。
鏡を見ると、瞳がオレンジ色に光っている。
口元には裂けたような笑み。
額の内側から熱が広がり、皮膚が膨張して裂け、オレンジ色の果肉が覗いた。
私は、ジャック・オー・ランタンの顔になっていた。
遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえる。
窓の外をのぞくと、通りに仮装した人々が歩いていた。
みんな笑っている。
けれど、顔が……どこかおかしい。
ピエロの少年の裂けた口。
魔女の少女の黒焦げた頬。
彼らは皆、同じ笑顔でキャンディを配っていた。
その群れの先頭に、あの老婆がいた。
ベールの下で、彼女の顔はなかった。
ただ、赤く脈打つ肉の奥に、無数の小さなキャンディが蠢いていた。
老婆は私を見上げ、微笑んだ。
「ようこそ、ジャック。⋯さあ、配る番だよ」
私は足元の袋を見た。
中には山ほどのキャンディ。金と赤の包み紙。
どれも、まだ温かかった。
外では鈴の音が響き、ハロウィンの夜が続いていた。
笑い声の下で、甘く鉄のような匂いが漂っている。
この町に、夜明けはもう来ない。
【了】
オレンジ色の提灯が並び、仮装した子どもたちが「トリック・オア・トリート!」と叫びながら走り回る。
道には笑い声と鈴の音、カボチャの灯が揺れていた。
その中に、ひときわ異様な影があった。
古びた黒いドレスにベールをかぶった老婆。背中を丸め、手押し車いっぱいにキャンディを積んでいた。
包み紙は金と赤。どれも少し湿っていて、まるで血の匂いがした。
「さあ、キャンディを受け取りなさい。お菓子をもらわなきゃ、夜が終わらないよ」
子どもたちは歓声を上げて手を伸ばした。
老婆は一人ひとりに飴を渡し、口の中で呟いた。
“Dolcem mors(甘き死)”
その夜、私は友人たちと仮装して町を回っていた。
カボチャの仮面を被り、冗談半分に老婆からキャンディを受け取った。
味は驚くほど甘かった。果汁のような香り。けれど、飲み込んだあと、喉の奥に金属の味が残った。
翌朝、町は静まり返っていた。
ニュースでは、ハロウィンの夜に起きた奇妙な事件を報じている。
ピエロの仮装をしていた少年が自殺。喉を自分で切り裂いて笑っていたという。
さらに、魔女の衣装を着た少女が焼け焦げた姿で発見された。
誰もハロウィンの出来事と結びつけようとはしなかった。
三日目、葬儀の帰りにふと鏡を見た。
自分の顔の頬に、薄い亀裂が入っている。
指で触れると、皮膚が硬く、乾いている。まるで蝋できたようだった。
夜、再びあのキャンディを取り出した。
包み紙には、血のような染みが広がっていた。
もう一度、口に入れる。舌が甘さに麻痺し、世界が遠のく。
頭の奥で何かが焼けるように痛む。
気づくと、部屋の中に鈴の音が響いていた。
鏡を見ると、瞳がオレンジ色に光っている。
口元には裂けたような笑み。
額の内側から熱が広がり、皮膚が膨張して裂け、オレンジ色の果肉が覗いた。
私は、ジャック・オー・ランタンの顔になっていた。
遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえる。
窓の外をのぞくと、通りに仮装した人々が歩いていた。
みんな笑っている。
けれど、顔が……どこかおかしい。
ピエロの少年の裂けた口。
魔女の少女の黒焦げた頬。
彼らは皆、同じ笑顔でキャンディを配っていた。
その群れの先頭に、あの老婆がいた。
ベールの下で、彼女の顔はなかった。
ただ、赤く脈打つ肉の奥に、無数の小さなキャンディが蠢いていた。
老婆は私を見上げ、微笑んだ。
「ようこそ、ジャック。⋯さあ、配る番だよ」
私は足元の袋を見た。
中には山ほどのキャンディ。金と赤の包み紙。
どれも、まだ温かかった。
外では鈴の音が響き、ハロウィンの夜が続いていた。
笑い声の下で、甘く鉄のような匂いが漂っている。
この町に、夜明けはもう来ない。
【了】
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