土地神

朔名美優

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土地神

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 タカシは毎年夏休みに入ると、父親の実家に帰省する。
 父親の実家はごく一般的な「田舎」にあり、田んぼと畑に囲まれた静かな場所だ。良く言えば長閑だか、悪く言えば何もなくつまらない場所。普段生活している都会と違って、新しい建物が建つこともなく、人も物も変化しない。まるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。

 タカシはそんな父の実家が嫌いではなかったし、都会には無い豊かな自然が好きだった。今年もお盆期間の少し前から2週間程滞在する予定だ。
 この地方はほとんどが農家で、散村のように、各家が田畑の間に点在している。祖母の家も周りは田んぼだけ。隣の家まで歩いて5分以上かかるだろう。そんな田畑と民家だけの田舎だ、小さな頃から毎年来ているタカシは、実家の周りのほとんどを探検し尽くしていた。ただ一カ所を除いて。
 
「林にだけは近づいたらいかんで」3人で夕飯を食べている時、祖母が言った。

「まぁ、ばあちゃん、タカシも、もう4年生やし、そんなに言わんでも大丈夫やろ。なぁ、タカシ」父はすでにビールを何杯か飲み、ほろ酔いだ。

「うん。分かってる」野菜が多い献立に少しガッカリしつつ、タカシは答えた。

「でも、何で行ったら駄目なの?」

「あそこには偉い神様が住んでるんよ。この土地を守って下さっとるな。だからお邪魔したらいかん」

「守ってくれてるんなら、良い神様だよね?」

 祖母は黙ったままだ。代わりに父が答えた。

「そりゃあ、そうだよ。まぁ、兎に角、1人で遠くまで行くなよ。またお隣のアキラくんと一緒に遊んでもらえばどうだ?」と父がはぐらかす様に言った。祖母は、まだ黙ったままだ。

 隣の家のアキラくんは、タカシの一歳年上で、この田舎に住んでいる数少ない同年代の子供だ。年が近いこともあり、タカシも毎年遊んでもらっている。

「そんで、ナオコさんの具合はどうね?」枝豆をつまむ父に、祖母が素っ気なく尋ねた。

「あぁ、大丈夫だよ。夏風邪が長引いてるみたいで、迷惑かけられないからって。今年は遠慮しとくってさ」

 タカシの母は少し前から体調を崩していて、こちらには一緒に来なかった。

「本当に大丈夫かね?去年も咳が酷いからって、来んかったやろ。健康診断とか行っとるんか?」

「ばあちゃんを心配しとるんだよ。変な病気うつしたら悪いと思って」

 確かに、母は何かにつけ父の実家に来るのを避けているようだ。子供のタカシから見て、嫁姑の仲は悪いようには見えない。何かに他に原因があるのだろうか。
 
「ご馳走様でした。ばあちゃん、テレビ見ていい?」タカシは食器を台所に片付けながら、祖母に聞いた。

「ええけど、先に風呂に入りな」

「はーい」

 タカシは着替えを取りに部屋に向かった。暗い廊下から玄関が見る。土間に電気はついていないが、玄関の外につるされた裸電気が灯っているので、薄っすらと様子が分かる。
 玄関の壁の上には簡素な神棚が据え付けてあり、空の皿と半分ほど中身の入ったコップが置いてある。コップに入っている液体が何なのかは知らないが、タカシは水か酒だと思っている。そして神棚の中央には赤い文字が書かれた御札が祀られている。御札は薄黄色に変色し、ボロボロだ。

「・・・今年は異常な猛暑で・・・この後も暑さが続き、雨は少ない予報となっています。・・・各地で深刻な水不足が懸念・・・」

 居間からテレビのニュース番組の音が聞こえてくる。それから父と祖母の話し声も。

「高井さんとこの田んぼ、大丈夫かね?しばらく雨降らんみたいやけど」

「駄目や。けど、どうにもならん。

 祖母が言ったその言葉を聞いた時、タカシは背筋に鳥肌が立つのを感じた。得体の知れない不安に襲われタカシが居間に戻ろうとした時、玄関に何かの気配を感じた。目をやると玄関の外に黒い影が見えた。何故か、タカシは本能的にそれが人ではないと悟った。タカシは恐怖から一歩も動くことが出来ず、玄関から目を逸らすことが出来なくなった。よく見ると、は人の形をしているように見えたが、全体がヒョロリと細長く、ゆらゆら揺れていた。

 そして、がゆっくりと動き、玄関の戸を開けようとした瞬間、ティリリリリリリっと電話の電子音が鳴り響いた。息をすることを忘れていたタカシが、喘ぐように呼吸を再開し、居間に飛び込んで、父に叫んだ。

「玄関に何かいる!」

「えっ、なんだって?」

 父が、居間から飛び出し玄関を見る。

「何もいないぞ」

「えっ!?」

 恐る恐るタカシも玄関を覗き見ると、確かに、先ほど見えていた影はいなかった。そう言えば、電話の音もしていない。

「タカシの勘違いだろ。ほら、時々、玄関の電球にデカい蛾が寄ってくるから。その影だろ」

「うーん。そうだったのかな?」

「そうだよ。いいから早く風呂入ってこい」

「父さんも一緒に入ろうよ。お願い」

「何だ。オバケが怖くなったか?まぁいいよ。久しぶりだし、たまには。男同士水入らずでな。便所行って、寝間着取ってくるから、テレビ見て待っててくれ」

 タカシは、居間に戻ったが、祖母がいないと分かり、また不安になった。正直、少しでも一人で居るのが怖かった。
 テレビでは相変わらず今年の異常な猛暑と、各地の被害について報じている。確かに今年は異常に暑い。祖母の家は寝室にはエアコンがついているが、居間にはない。居間にある冷房装置といえば、年代物の扇風機だけだ。それは今、ぬるい風を部屋中へ行き渡らせようと、虚しく首を振り続けていた。この蒸し暑い部屋の中で、タカシは自分がまだ鳥肌を立てていることに気づいた。そして、この汗が冷や汗であることも。
 
 ようやく戻ってきた父にタカシはすかさず尋ねた。

「そう言えば、ばあちゃんは?」

「あぁ、納屋で何か作業しとる。ほれ、風呂行くぞ」

 タカシは、祖母がこんな夜に何の作業をしているのか少し気になった。納屋は母屋から少し離れて建っていて、物置兼作業場となっている。今のタカシに、勝手口から外に出て、納屋まで行く勇気は無かった。

 父が一緒に風呂に入ってくれることで少し安心したタカシだったが、先ほどの恐怖は中々収まらなかった。父はさっさと服を脱ぎ、風呂場へ入り、すでに身体を洗い始めている。タカシも急いで服を脱ぎ、風呂場へ入ろう引き戸に手をかけた時、ふと脱衣場の足元を見ると、壁の隅に白い塊が置いてあるのに気づいた。

 タカシはそれが何であるか知っていた。「盛り塩」だ。タカシの家の玄関にも、小さなお皿の上に、ピラミッド型に綺麗に形作られた塩が置かれている。以前素朴な疑問として父にそれが何なのか尋ねたことがあった。父は詳しく説明せず、タカシに分かり易いように「御守り」とだけ言った。特に疑問に思うこともなかったので、タカシはそれ以上詳しくは聞かなかった。

 ただ、祖母の家にあるその「盛り塩」には何か違和感があった。それは綺麗なピラミッド型でなく、形が崩れ、下の方は茶色く変色していた。タカシは顔を近づけて、それをさらに観察してみた。よく見ると、それは塩より粒子が細かくサラサラとしていた。そして、その色は「白」というより「黄色」に近かった。
 タカシは裸のまま屈み込み、それの正体を見極めようと、さらに顔を近づけた。そして、やはりそれが塩で無いと分かった瞬間、タカシは背後に何ものかの存在を感じた。何かがじっとこちらを見ている、そう感じたが、先ほどの玄関での出来事を思い出し、恐怖で振り返ることが出来なかった。

「どうした?入らないのか?」

 風呂場の父から急に話しかけられ、タカシは飛び上がった。そして、思い切って後ろを振り返ったが、そこには何もいなかった。

「何でもない。すぐいく」

 風呂で体を洗っている最中も、タカシの全身には粟立つような鳥肌が立っていた。身体を折り畳むようにして座り、父と二人で湯船に浸かる。タカシが先ほどの脱衣場でのことを父に改めて話すか思案していると、半分ほど開けられた風呂場の窓から何やら奇妙な音が聞こえてきた。

(ドン、ドン、バチャ)

 肉を叩き切って、投げつけているかのような音。

「父さん、聞こえる、あの音?」タカシは恐る恐る父に尋ねた。

「あぁ、ばあちゃんが何か作業してるんやろ」

「作業って、何の作業?こんな夜にやる必要あるの?」

「そろそろ村のお祭りやから、それやろ」

 父は何かを隠している。この地方の夏祭りは、毎年夏休みの終わり頃だったはずだ。明日、祖母に直接聞いて確かめようと決め、それからタカシはずっと黙っていた。その間、先ほど気味の悪い音が、風呂場の中で反響し続けていた。

 風呂からあがったタカシと父は、居間に戻り、扇風機の前で涼みながら、歯を磨いた。夜になり幾分涼しくなった気もするが相変わらず暑い。寝室へ向かい、今日は早めに寝ることにした。二人のために設えられた寝室は、布団が二つ並べてあるだけで、他には何もない。長旅の疲れと晩酌の酔いから、父はすでに布団に入り寝ている。タカシも布団に入り寝ることにしたが、なかなか寝付けなかった。

 先ほどの玄関と風呂場での出来事が頭から離れない。

(あれは何だったのだろう)

 改めてその事を思い出すと、タカシは目を閉じるのが怖くなった。結局、その日は一睡もできなかった。

 翌朝、明るくなるのを待ってタカシは布団から静かに這い出し、居間へ向かった。父はまだイビキをかいて、寝ている。台所では祖母が朝ごはんを作っていた。タカシは思い切って昨日の夜の事を祖母に尋ねた。

「おはよう。あの、お祖母ちゃん、昨日の夜、外で何してたの?」

「外で?何もしとらんで。ばあちゃんはずっと納屋におったで」

「えっ?そうなんだ。じゃあ、納屋で何してたの?」

「何て、作業の準備や。今日も高井さんとこで畑仕事やからな」

「外で、変な音聞こえなかった?」

「さあな。ばあちゃんは聞かんかったな。どんな音や?」

「何かドンドン叩くみたいな音と、ビチャって音」

「さぁ、知らんなぁ」

「そう。ならいいんだ」

 タカシは、昨夜の父と同じように、祖母が何か隠していると感じた。脱衣場に置かれた砂のようなものについても尋ねようか迷っていると、父が起きてきた。

「おはよう。タカシ、早いな。ちゃんと寝れたか?」

「うん。まあ」タカシは全く寝れていなかったが、父に馬鹿にされるのが嫌で嘘をついた。

「今日はどうするんだ?アキラくんとこ遊びに行くんか?」

「うん、たぶん」

「父さんは、ばあちゃんと一緒に高井さんとこ行ってくる。田んぼとか畑、大変みたいやし。タカシは一人でアキラくん家、行けるよな?」

 アキラの家は隣だから迷うことは無いが、歩いて5分くらいかかるので、少し遠い。特に危険な道も無いので、タカシには問題無い。

「大丈夫だよ」

「あと、昼飯は高井さんとこでご馳走様になる予定だから。遊び終わったら、アキラくん家の電話借りて、高井さん家か父さんの携帯に連絡してくれ。迎えに行くから」

「お昼頃電話すればいいんだね。分かった」

「よし。今日もかなり暑くなるみたいだから、ちゃんと帽子被って、水筒持って行けよ」

 祖母がお盆で朝食を運んでいる。焼き魚に味噌汁、ご飯、糠漬けというシンプルな献立だったが、普段のタカシの家ではまず出て来ない朝食だ。タカシはこの祖母の家の朝食が好きだった。糠漬けだけが少し苦手だったが、それでも普段とは違う綺麗に並べられた朝食のある食卓につくと、タカシは寝不足で落ち込んでいた気分が少し良くなった。

 よく見ると、タカシのご飯にだけ梅干しがのっていた。
「タカシは漬物、苦手だったろ?代わりに梅干し食べな。夏は塩分も取らな、へばってしまうからな」

「うん。ありがとう」

 タカシは、祖母が自分の好みを覚えていてくれたことを嬉しく思った。梅干しを少し噛り、すぐにご飯を掻き込む。正直、食欲は全く無かったが、梅干しのお陰か、朝食は残さず食べることが出来た。

 朝食後、タカシはすぐに出掛ける準備をした。リュックに水筒とタオルを入れ、野球帽を被る。アキラと何をして遊ぶかまだ分からなかったが、取り敢えず虫取り網は持って行くことにした。田舎では虫取りぐらいしかする事がない。タカシはそう思い、玄関で虫取り網を探したが無かった。去年はここに置いてあったが、祖母が片付けてしまったのだろうか。あるとすれば納屋だが、昨晩の出来事のせいか、タカシは納屋行くのが少し怖かった。

 玄関を出て、母屋の裏手に回ると父と祖母の話し声が聞こえてきた。

「早いとこにお参りせんと。冗談や無しに、みんな干乾びてしまう」

「今年は誰がやるんや?」

「まだ決まってない。今日、高井さんとも相談してみるわ」

「⋯なぁ、母さん。タカシが言ってた事、どう思う?」

「⋯たぶん、じゃな」

「⋯何でウチに?」

「ワシにも分からん。だから、兎に角、早くお参りするんじゃ。早う準備して、高井さんとこ行くで」

 タカシは物陰から二人の会話をじっと聞いていた。そして、全身が冷や汗でグッショリと濡れ、歯の根が合わぬほどガタガタと震えている事に気付いた。身体の奥から得体の知れない恐怖が込み上げて来るのを感じ、虫取り網のことは忘れ、祖母の家から飛び出して走った。

(やっぱり父さんとばあちゃんは知ってたんだ)

 タカシは走りながら昨晩のことを思い返した。

(でも、あれが神様?幽霊か悪魔じゃなくて。何でばあちゃんのウチに?何しに来たんだろう?)
 
 必死で走っていると、アキラの家に着いていた。タカシは同世代のアキラが、このについて知っているか聞きたかった。呼び鈴を押して待っていると、中から小柄な老人が出てきた。アキラのお祖父ちゃんだ。

「おはようございます。アキラくん、いますか?」

「⋯あぁ、隣のタカシくんか。おはよう。大きくなったな」

「お久しぶりです。あのアキラくんは?」

 アキラの祖父は、何やら言い淀んでいる。

「⋯あぁ、アキラは⋯、その、旅行に行っててな。今はおらんのよ。ごめんな」

「そうですか。いつ帰ってきますか?」

「⋯あぁ、1週間ぐらいだったかな?ごめんな。詳しく聞いてなくて」

「いえ、大丈夫です。お邪魔しました」

 タカシが帰ろうとした時、アキラの家の玄関、その引き戸の上部に御札が貼られているのに気付いた。タカシは反射的にアキラのお祖父さんに尋ねていた。

「お祖父さん、って何ですか?」

 アキラの祖父の顔色が変わり、一瞬怒りにも似た表情がその顔に表れたように見えた。

「⋯すまんが、忙しいから、もう行かんと。暑いから気を付けてな」と言うと、アキラの祖父は引き戸を勢いよく閉め、家の奥へと引っ込んでしまった。タカシは呆然と立ち尽くし、戸に貼られた御札を見つめた。

(この御札、ばあちゃんの家にあったのと同じだろうか?それにみんな何か様子がおかしいような気がする)

 タカシは混乱する頭を落ち着かせるために、ゆっくりと歩きながら考えていた。空には雲一つなく、日光が針のように肌に突き刺してくる。周りは田んぼや畑だらけ。高い木がないため、日陰がない。タカシはテレビでやっていた異常な猛暑のニュースを思い出した。

(それにしても暑い。この暑さものせい?暑さでみんなおかしくなっちゃったのかな?どこかで休みたい。でも、高井さんのウチに行ったほうが早いかな?)

 陽炎が揺らめく道を、タカシは歩き続けた。辺りでは蝉だけが延々と鳴き続けている。寝不足のせいか、タカシは急な目眩に襲われ、気分が悪くなった。倒れ込むようにして地面に座り、深呼吸して、呼吸を整える。
 リュックに祖母が用意してくれた水筒があったことを思い出し、蓋を開け一気に口に含んだ。タカシはそれを水か麦茶だと思っていた。だが、口に含んだ瞬間、異様な生臭さを感じ、タカシはそれを地面へと吐き出した。それは粘り気のある白く濁った液体だった。次の瞬間、タカシは嘔吐し、地面に倒れ込んだ。

 朦朧とする意識の中、タカシは、自分の頭の近くに何が立っているのを感じた。そして、それは自分の耳に何やら呪文のようなものを囁いている。

 (?)

 次の瞬間、その気配は消えていた。気を取り直したタカシは、助けを求めようと、ふらつく足どりで歩きだした。
 まだ気分が悪く、意識も朦朧としている。ふと視線を上げると、小さな林が目に入った。祖母の言っていた林だ。

(あそこなら日陰で休める)

 タカシは迷わず林へと歩き出した。
 林に入ると、そこはやはり涼しかった。いや、タカシには凍えるほど寒く感じた。鳥肌が立ち、冷や汗が背中に流れるのを感じた。無造作に並べられた石畳が参道よろしく奥へと続いている。奥へとゆっくり進むうち、タカシは蝉が全く鳴いていない事に気付いた。

 石畳の一番奥まで進み、タカシは上を見上げた。そこには、左右両側の木を渡して縄が張られている。その縄にはびっしりとお札がぶら下がっている。

(ばあちゃんの家にあったのと同じ?)

 その先は広く開けた場所になっていて、そこには小さなお社がひっそりと建っていた。
 タカシは引き寄せられるように、そのお社に歩いていた。お社は一般的な神社と同じような造りだったが、ずっと簡素で、そして廃墟のようにボロボロだった。賽銭箱はなく、代わりに何かを置くための小さな台が置かれていた。その台だけは、新しく設えられたもののようだった。ただ、その台の上、真ん中の部分だけが茶色く変色していた。

 タカシは朽ちた階段をあがり、その台へと近づいた。先程から周りで全く音がしていない。聞こえるのは自分の荒い呼吸と心臓の音だけだった。その台に近づきよく見ると、それがリンゴぐらいの大きさの赤黒いシミだと分かった。
 その時、ガタガタとお社の方で物音がした。タカシはそちらへ振り向いたが、何もいない。ボロボロになった扉に近づき、様子を窺った。お社の扉には古びた鍵がかけられ、封印するよう沢山の御札が貼られていた。しかし、その御札はどれも破れていた。

 タカシは朽ちた扉に空いた穴から中を覗いた。中は薄暗くほとんど見えないが、穴から差し込む光が所々を照らしていた。よく見ると、奥の方に、細い木の枝の様なものがあることに気付いた。
 その瞬間、それがガサガサと動き、タカシが覗き込む穴の方へ物凄い速さで近づいてくるのが分かった。タカシは急いで穴から顔を離した。が、次の瞬間、その穴から枯れた枝の様な奇妙な腕が飛び出し、タカシの胸に突き刺さった。

 タカシの父は、いつまでも待っても息子から連絡が来ない事を心配していた。時刻はすでに14時を回っている。アキラの家に何度も電話しているが、誰も出ない。タカシの父は、縁側で休憩している祖母と高井に声をかけた。

「母さん、ちょっとタカシ探してくるわ」

「高井さんも、すみませんが、タカシから連絡があったら、私の携帯にお願いします」

 二人は分かったと言うように頷き、空を眺めている。そして、タカシの祖母が低い声で、独り言のように呟いた。

「林の方かも知れんな」

 タカシの父は急いで、林へ走った。そして、急に空が暗くなり、顔に雨粒が当たるのを感じた。すると、すぐに土砂降りの雨が降り出した。

(雲なんて一つも無かったのに。まさか?)

 タカシの父は、ようやく林の手前に着いた。その周辺は干乾びた田んぼだけだったが、その一部に不自然に稲の折れた箇所があることに気付いた。
 タカシの父は、恐る恐るそちらへ足を踏み込んだ。そして、そこにあるものを見て、タカシの父は絶句した。そこには干乾びて全身が骨と皮だけになった小さな人間が横たわっていた。

 その頃、高井の家の縁側では、急に降り出した雨を、タカシの祖母が一人で呆然と眺めていた。そして、静かに涙を流し、震える手で合掌し、に祈りを捧げた。

             [了]
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