戦場

朔名美優

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戦場

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 気が付くと、そこは戦場だった。

 ただ様子がおかしい。
 そこはサッカー場ほどの広さの無機質な部屋で、窓がなかった。空は吹き抜けているが、何故か靄がかかったように薄暗い。

 周りにいる仲間たちを見ると、年齢・性別・国籍まで様々。
 私と同様に、急にこの場所に連れて来られたようだ。皆、自分の身に何が起きたかを理解しようと必死だ。

「くそ、一体ここはどこだ?」部屋の中央付近にいた大柄な男が叫んだ。屈強そうだか、見るからに柄が悪い。
「誰か知ってる奴はいねぇのか?」

 誰も答えない。代わりに別の男性が言った。

「私も早く帰らないと行けないんですよ。重要な会議があるんで。まったく。責任者はどこです?」神経質そうなその男は、大きな目でギョロギョロと周りを睨み回している。

 彼らに関わりたくないのか、みな俯き黙っている。

 その時、近くにいた小さな男の子が泣き出した。

「ちっ、うるせぇガキだな」先ほどの柄の悪い大男が吐き捨てるように言った。

 私は男の子に近寄り、優しく頭を撫でた。そして、落ち着くの待って、ゆっくりと尋ねた。

「大丈夫だよ。ママかパパは、一緒じゃないかい?」

「⋯いない」そう言うと、また不安が込み上げてきたのか、男の子は泣き出した。

 そう言えば、自分の妻と子供の姿も見えない。早く探さなければ。
 
「大丈夫ですか?」若い女性がこちらに声をかけながら近づいてきた。

「この子のパパとママがいないみたいで⋯」

「そうですか⋯。じゃあ、お姉ちゃんと一緒に探そうか」

 若い女性は屈み込み、男の子に目線を合わせ、優しく話しかけている。「聡明そうで、綺麗な子だな。娘よりは年上かな?」と考えつつ、自分も家族が心配になってきた。

 「ありがとう。助かります。私も妻と娘と、はぐれてしまって。そう言えば、あなたのご家族は?大丈夫ですか?」

「えっと⋯、私は⋯、家族はいないので⋯」笑顔だった彼女の顔が、一瞬曇った。

「すみません。失礼なことを」

「いえ、大丈夫ですよ」若い女性はまた笑顔に戻った。
「生まれてすぐ両親は失踪してしまい。兄弟もいたんですが⋯、皆離ればなれになってしまって。今も生きているのか、分かりません」

「そうだったんですね。それはお気の毒に⋯」
 それ以上、何と言葉をかけていいか分からなかった。

「⋯ここは一体どこなんでしょうか?何か知ってますか?」沈黙に耐えきれず、私は尋ねた。

「まったく分かりません。私も気付いたらここにいました。何か気味の悪い場所ですね。それに何だか息苦しいような」
 
 私たちは、黙って歩き出した。この広い空間を当てもなく探し回るのは、無謀だと思ったが、そうすることしか出来なかった。そう言えば、男の子の両親がどんな格好をしているのか聞いていなかった。

「僕のパパとママは、どんな格好してた?何歳ぐらいかな?」

 私は努めて優しく語りかけたが、男の子は、それが聞こえないかのように呆然と一点を見つめていた。
 そこには外国の若者が横たわっていた。両親だろうか、同国籍と見られる男女が心配そうにそれを見つめていた。

 近づいてみると、その若者は怪我をしていて、かなりの重傷だと分かった。手足は不自然な方向へ曲がり、酷く腫れ上がっている。呼吸も荒く、かなり苦しそうだ。

「酷い⋯」若い女性はすぐに目を逸らした。
 そして、その光景を見せまいとするように、男の子の小さな顔を自分の胸に抱き寄せた。

 よく見ると、周りには怪我をしたり、体調が悪そうなものが多くいることが分かった。介抱されているものもいれば、もう助からないと判断されたのか、放置されているものもいる。
 そして、その中に、目を見開き、上を見つめたまま動かない女性がいた。その目は白く濁っている。死んでいることは明らかだった。

「耐えられなかったんだろう。この状況に。⋯自殺したんだよ」

 背後から低く嗄れた声が聞こえた。そこには全身古傷だらけの男がいた。私よりもかなり年上で、歴戦の戦士といった風貌だ。

「そんな。何で⋯」

「あんたもじきに分かるさ。ここは戦場だ」

 すると、突然、空が明るくなった。
 そして、そこには何やら黒い影が蠢いていた。

「始まったな」古傷だらけの男が呟いた。

「兄ちゃんたち、こっちへ来な。怪我して動きが遅くなった奴は狙われ易い。近くにいると、巻き添えを食うぞ!」

「一体何が始まったんです?」私は走りながら尋ねた。

「言ったろ。ここは戦場だ」

 すると、空から青や赤など、様々な色の鮮やかな光線が幾重にも降り注いできた。
 一瞬で、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「早く逃げろ!絶対に立ち止まるな!」

 私たちは無我夢中で逃げた。
 途中、傍目に見ると、緑色の光線に捕まり、空へと引き揚げられていく男がいた。そして、その男は、そのまま白い円形の浮遊物に吸い込まれていった。

「きゃー!!」

 悲鳴を聞き、振り返ると一緒にいた若い女性と男の子が、黄色の光線に囲まれていた。
 よく見ると、光線の間には薄い膜のようなものが張られている。これに絡め取られ、捉えられてしまうようだ。

 次の瞬間、私はその膜に突進していた。

 膜を突き破り、若い女性と男の子を助ける。
 
 だが、その際、黄色の光線に足が触れてしまった。激痛が走る。

 すぐさま別の青色の光線が襲いかかってくる。

「危ない!逃げて!」若い女性が叫ぶ。

 足の感覚がない。もう逃げられない。

「妻と娘に⋯、愛していると⋯、伝えて下さい」私は若い女性にそう言い残し、自ら青色の光線へと向かっていった。

 
 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


「おっ、すごい!一匹捕まえたじゃないか!」

「うーん。何か向こうから入ってきたような」

 少年は、破れたポイと、一匹だけ金魚の入った白いカップを屋台のオヤジに返した。代わりに、その金魚を透明の袋に入れてもらい、受け取る。

「ちゃんと大事に育てるんだぞ」と少年の父親が言った。

「うん」少年は袋を顔の前に掲げ、嬉しそうに金魚を見つめる。
 
 一瞬、少年と金魚の目が合った。
 そして、少年は、金魚に語りかけるように、無邪気に言った。

「ザリガニの水槽しか無いけど、いいよね」

 私は新たなへと向かっていた。

      【了】
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