帰還

朔名美優

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帰還

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 戦死通知が届いたのは、冬のはじまりだった。
 イヴは封を切る指を震わせながら、印字された活字を追った。
〈彼は祖国のために命を捧げました〉
 その一文を見た瞬間、涙は出なかった。ただ、心の奥で何かがひっそりと音を立てて崩れた。

 マークの棺は閉じられたままだった。
 遺体は損傷が激しく、誰も彼の顔を確かめることはできなかった。
 葬儀の日、雪はしずかに降りつづけ、白い花々が墓標の上に積もっていった。
 イヴはその白を見つめながら、ふとあの日のことを思い出していた。
 彼が出発する朝、別の男に「もう終わりにする」と告げた、自分の声。
 それが最後になると、どこかでわかっていたのに。

 夜の静寂を破ったのは、三度のノックの音だった。
 最初は風の音だと思った。だが、扉を叩く音は確かにそこにあった。
 覗き窓の向こうに、泥と雪にまみれた軍服の男が立っていた。
 ⋯マーク。
 イヴは息を呑んだ。
 蒼白な顔、割れた唇。だが、その眼差しは確かに彼のものだった。

 言葉もなく、彼は家の中に入ってきた。
 暖炉の火がわずかに揺れ、彼の影を壁に映す。
 イヴは震える手でスープを差し出したが、マークは首を横に振る。
「寒いよ、イヴ」
 掠れた声が、静寂に沈むように響いた。
 その声を聞いた瞬間、イヴは胸の奥に何か重たいものを感じた。懐かしさと、恐怖が同じ形で重なっていた。

 深夜、イヴは寝室の扉を少しだけ開けた。
 暖炉の前に、マークがまだ座っていた。
 火に照らされたその横顔は、まるで蝋のように白い。
 唇がわずかに動いた。
「君、泣いてたね。あの日」
 イヴの心臓が跳ねた。
「僕が出発する朝、⋯電話をしてた。あの男と」
 ゆっくりと、彼の顔がこちらを向く。
 瞳の奥に、黒い煤のようなものが蠢いていた。
「僕を殺したのは、敵じゃない」
「⋯君だ」

 イヴは後ずさりながら首を振った。
「違うの、私⋯」
 
 灯りが消えた。
 闇の中、冷たい手が喉を掴む。
 火の気配が近づき、息が焼けるように熱くなる。
「一緒にいよう」
 
 マークの声が耳の奥で凍りつき、イヴは叫び声の代わりに息を吸い込んだ。
 炎のような痛みが、全身を包んだ。

 翌朝、ノックに応じないイヴを不審に思った隣人が、警察に通報した。家の煙突からは黒い煙が薄く登り続けていた。
 駆け付けた若い警官が鍵を壊し中へ入ったが、家に荒れた様子は無かった。
 ただ、暖炉の中にふたつの黒い影が寄り添うように焼き付いていた。
 その灰の中から、ひとつの軍籍プレートが見つかった。
 ――“Mark A. Ellwood”。

 雪は、静かに降りつづけていた。
 まるで、すべてを覆い隠すように。

         【了】
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