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決闘章一 王の娘

第八話・謁見

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  変わっていく景色。過ぎ去る時間。状況が落ち着いた所で城のメイドさんや、偉い人に会って案内を受ける。
  石造りの廊下、敷かれた絨毯の上を歩きながら、謁見の間へ向かう。
  静かな空間に、響く足音。それも、長く続くことはなかった。私は、眼前にそびえるように立つモノを見上げた。
  金の装飾が派手な、赤い扉。それはそびえる壁のように大きく、開けるのにも一苦労しそうだ。
  実際、屈強な男性が四人がかりで、重い音を響かせながら開けてくれている。
  因みに、彼らはしっかり心身を鍛えているのだろう。さっきの男達みたいに、嫌みったらしい笑みは向けてこなかった。
  ふと頭によぎる、甘い刺激。またお尻を押さえてしまった所で、扉が開ききった。
  広い部屋の奥に見えるのは、二つの玉座。その隣同士に座るのは、王様と妃様の二人である。
  遠くから視線を受け、身が引き締まる。嫌な思い出も頭の隅へ吹き飛び、姿勢を正した。
  案内の女性が一礼し、私を紹介してくれる。

「おお、来たか!我が親友、その最愛の娘よ!遠慮はいらんぞ、近う寄るがいい!」

  固い絨毯を踏み締め、歩み寄っていく。
  貴族達とは違い、正面から相対しても肩が重くならない。椅子から立ち、両手を広げる王様の姿に、自然と笑みがこぼれた。

「今日という日は、お招き預かって光栄です」

  村を出るとき、一生懸命覚えた礼儀作法。が、さっきの件を思い返すに……所々、穴があるかもしれない。いや、あるに決まっている。

「うむ、うむ。構わんぞ! 余はほどほどに砕けてるほうが好きだ!ピリピリした空気は、貴族の前か、戦場だけでよいからな!」

  大きな声で、大きな高笑い。それでも、不快感は感じられなかった。寧ろ、頼もしくて安心するような感覚が込み上げてくる。
  いや、流石に夜中に耳元で話されたらどうかは分からないけれど。

「ありがとうございます。改めて、お会いできて光栄です。あの……父の手紙には、なんと書いていたのですか?」

  決闘の前日に目にした、父から王に宛てられた手紙。
  私が勝つことを見越して、既に王様へ私が城に行くことを伝えていたのだ。けど、城に行ってから何をするか。
  そこまでは、教えられていない。
  前のめりになっていく体。はやる気持ちを押さえきれなかった。

「まあ待て。もう少し世間話させてくれてもいいではないか! 若い者はせっかちよのう」

  椅子に座り直し、楽しそうな視線を投げかけられる。歳を感じさせない、若々しい顔つきも相まって子供っぽく感じてしまった。

「王も十分若いと思いますが……」

「何を言うか。余も、もう五十に差しかかる。若い頃から、戦争に決闘に修行。そんなのばかりに明け暮れてきたからのう。友が結婚した時は、それはそれは焦ったものよ。抜け駆けされた! となぁ」

  天井を向いて、またも高笑い。父に比べて、随分と落ち着きのない……。いや、落ち着いている父が珍しいのかな?
  なんて、ちょっと勘ぐってしまう。

「父から武勇伝は聞いてます。数万の魔族の大群をたった二人で討ち滅ぼす、一騎当千。そして、山を砕き、地を割る魔法。その強さ、私の憧れです」

「おお、そうかそうか。そう言うお前も、早速決闘しとるようじゃなぁ。服を血だらけにして、戦いを求めるとは。やはり血は争えんということか」

「あ、いや、そのぉ……」

  胸の染みに触れられると、そっと目を逸らしてしまう。笑いながら、何やら頷く王に真実を言えなかった。
  いや、誰であっても教えることはできない。絶対に。
  ケルルと私、二人だけの秘密だ。
  と、歯切れの悪い反応をすると王も口を尖らせる。

「ふむぅ……。まあ、でも修道服か。せっかく可愛らしい見た目というのに、セフィーの教えをガッチガチに守る必要はないだろう? 無論、決闘三ヶ条は当然のように守るが……血の十則。あれは、いかに余といえど引く所がある」

  明るかった声が、たちまち沈んだ。ほがらかな表情も一転。苦いものへと変化する。
  胸を締められるような空気。それはまるで、さっきの貴族達のようで……。

「……いえ、私は強くなりたいんです。そのためなら、血の十則だって守りきります」

  頭痛が始まる。けれど、二度も醜態を晒すわけにはいかない。
  眉を潜め、王の重圧と正面から向かい合った。

「ふむ。血の十則を守りきっている者は、確かに強い。強いが、アレは……」

  目を閉じ、静まり返る空間。酷く息苦しい時間が続くが、一つの手拍子で切り替わのだった。
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