翻訳傭兵の旅物語

おたま

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ヴェネクトへ

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アリシアとの生活が始まって早2週間。生まれてきて一番苦労をした2週間だった。

まず、アリシアはこの世界の事を何も知らない。俺たちが普段使う言語『フィア語』。大陸文字の書き方。一般常識。彼女はそれを言えなかったし、書く事が出来なかった。
だが親の存在を知っていて、死んだとも言っていたので記憶喪失というわけではなさそうだ。

特に大変だったのはアリシアに主体性がなかったことだ。
少し位自分の意志が無いならば気にはしないが。例えば『食べていいよ。』と言うまで彼女はよだれをたらしても食事に手をつけようとしないのだ。

どうすれば治るのかをウンウン考えたのだが、アリシアは無知だ。本当の無知なのだ。ならば知識を手に入れる必要がある。

俺がここまでする義務があるかはわからないが、彼女を放ってはおけないので帰るまでの二週間を殆どアルバス観光に費やした。
アルバスの三方にそびえ立つ『三角の塔』。アルバスの真ん中に位置する大広場『ラズナルの広場』。統一紀1000年間における様々な芸術品が展示されている『ヒャクシキ教会』。アルバスと北方の大陸とをつなぐ大橋『エルゲ大橋』。等々。様々なところに赴き、刺激を与えてきたのだ、アリシアは行くところ行くところ目を輝かせ、風景を楽しみ、匂いを楽しみ、雑音を楽しんでいた。

正直俺も楽しかった。こうして誰かと長い時間仕事以外で一緒にいたことはない。自分にとっても新しい経験で新鮮であった。

一つ不満点があるとすれば途中からアベーラさんが合流してきた事とか……めちゃくちゃ奢らされた。

こうして多少のアクシデントはあったが目的は達成できた。様々なところに赴いて、アリシアの教育に対する意欲が格段に上がったような気がする。
きっと、最もこの世界を理解して楽しむためには言葉を、文字を知らなくてはいけないと思ったのだろう。

そして最近アリシアが「私!絵!描きたいです!」と絵画に興味を持ってくれたのだ。
とてもうれしい。

言語は最も生きていくには大事なコミュケーションツールなので何かに興味を持ってくれたのは正直安堵の気持ちが芽生える。

大陸に住んでいる大抵の住民は文字を書ける。
アポーマーからの解放戦争。『氾濫戦争』後から実施されている教育活動によるものだ。

最初の反乱者『ザルーツ』の同胞の一人、アポーマーの上級貴族だったが政争相手の謀により奴隷身分に落とされ、実験によってオークという種族に変えられてしまった、最初のオークにして哲学者『オクニア・ブルガール』が提唱した議会制民主主義の発足のための教育活動だ。

この試みは千年以上たった今でも実現はできていない。今も各国の最終目標として民主主義の実現をスローガンに掲げている。
なぜ千年たった今も実現できていないかというと、それは単純で『オクリア・ブルガール』の論文の資料が少ないからだ。

この千年間数多の哲学者が民主主義の論文を書き上げてきたが、どれも欠陥があるとして採用されてはいないらしい。

難儀なものだ。


謎の言語を使い、文字を知らず、常識もなにもない。このアリシアに対する疑問は尽きない。というか増すばかりだ。
アリシア自身に聞いても『わかりません!知りません!』の一点張りだ。
頭痛はしてくるがこの状態で孤児院に入れなくてよかったとも思う。

アリシアにあった際、とっさの判断で『奴隷的』と見受けられそうだと判断し匿ったが、本当に『奴隷』みたいな……。

いや、この思考は危険だ。何に巻き込まれるか分かったもんじゃない。
アリシアの素性がどうとかは関係ない。自分はこの子が自立するまでの面倒を見るだけなのだから。


さて、この思考をサッパリと切り替え、今日をやることを確認しよう。
今日はアルバスでの最終日だ。アリシアも連れて行く。ここまで来たら俺のアシスタントとして精一杯働いてもらおう。

今日やることは1か月間にわたる長い長い船旅の暇つぶし品を買いに行くこととアリシアの『スキル』を鑑定士に鑑定していただくことだ。

『スキル』は大陸のすべての人に備わっているといわれいる技能だ。
一般的には『氾濫戦争』時に奴隷の反乱を見、手を差し伸べてくれた『天使』と『魔人』の祝福だといわれている。第一紀607年にアポーマに追われ、三方に分かれた反乱軍はその退却中の夢の中で天使が出現。今いる反乱軍に『スキル』を与えたのだ。その後、それを見た魔人が「公平であれ」と今スキルを授かっていない種族にスキルを与え、運が無くてこの先苦難が待っている人に対してに2つ目のスキルを与えた。と言われている。

『スキル』の内容は十人十色で、「足が速い」や「耕すのが早い」など、役に立つか分からないスキルや「話が面白い」「頭がよくなる」など有用なスキルもある。
歴史的な英雄では「剛力」や「暴風」など、戦闘特化のスキルもある。

俺のスキルは『時戻し』と『翻訳』だ。
一つ目の『時戻し』は物体限定で時を戻すことができる。割れたツボや、折れた剣などを以前の状態に戻せるという能力だ。食べたものを戻すこともできるが、胃の中から戻すのでまた空腹になるのだ。
どんなに古いものでも戻すことができてはいるが、消滅したところは戻すことはできない。
戻す時間が長いと長いほど時間がかかる。

『翻訳』は異国の言葉を理解してコミュニケーションすることができる能力だ。言葉もわかるし、文字も理解ができる。
この言葉で書きたいと思いながら言語を書けば、その件の言語に自動的に翻訳されるという優れものだ。

という役に立つ二つのスキルを俺は持っている。
この二つのスキルのおかげで今まで生き残れってこれたので天使、魔人には感謝しかない。感謝だけだが。


と、言うことで朝のうちに画材と絵画の指南書をいくつか購入し、鑑定士のもとにやってきたのだ。
ここの鑑定士さんは協商同盟所属の店で鑑定を行っており、同盟に所属しているのなら無料で行ってくれるありがたいところだ。
部屋に案内され、アリシアと二人で待つ。

アリシアは様々な家具を指さし、片言ではあるが「これはタンスですか?」とか「これはイスです!」と王国の言葉であるフィア語をしゃべっている。
これが教育をする先生や親の気持ちなのだろうか。温かい気持ちだ。

「いや~待たせて申し訳ありません。これから始めさせていただきます。よろしくお願いいたします。」

向かいのドアからおじいさんがやってきた。
アリシアと一緒に「よろしくお願いします。」と挨拶をする。
「鑑定をするのは……。そこのお嬢さんでいいのですかな?」

「ええ、この子です。よろしくお願いします。」

「ほお。…この年まで鑑定を行っていないのですか。中々珍しいですね。」

「まあ、色々あって。詮索はなしでお願いいしますよ。」

「あぁ。いやいや、思ったことが口に出ちゃいましてな。申し訳ない。協商同盟さんとは仲良くやりたいですから。何も聞きませんよ。……じゃあ早速。」

そう鑑定士さんは言うと専用の備品で仕事を始める。真ん中に置いてある紙の上に宝石を置き、備品に魔力を込めることでスキルの内容が浮き出るというものらしい。なぜ浮き上がるかとか、そういうのは企業秘密だそう。

弱い光に照らされる部屋の中でじっと待っていると、光が弱くなり、たちまち光が消える。

「終わりました。」

汗が浮き出て、疲れた様子の鑑定士さんが言う。そのまま宝石を取り除き、紙を裏返すとスキルの名前が書いてあった。

「アリシアさんのスキル名は…。『具現化』ですね。」

「……。で、どういう能力なんですか?」

「いや、我々が分かるのは名前だけですね。これ以上の情報は分かりません。」

「……そうなのですか。」


と、いうわけでアリシアの鑑定は終わった。『具現化』という名前は分かったが、肝心のスキルの中身が分からないとは思ってなかった。

なんというか釈然としないままだが、アルバスから『帝国』のそばにある都市『ヴェネクト』への旅路が始まったのだ。

とりあえず、アリシアと一緒に絵でも描いてみよう。


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