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 華やかな貴族が住まう高級住宅街や、様々な商業施設が立ち並ぶエリアが帝都の光とするならば、当然闇の部分も存在している。それがスラムだ。

 スラム街には薄汚れた壊れかけの家が密集し、道にはゴミや家を持たない浮浪者がうろついている。巡回をする衛兵や警察組織もこのエリアにはあまり近づこうとはしないせいで、事情があって身を隠そうとする日陰者には絶好の隠れ場所であり、同時に裏の稼業が活動しやすい犯罪の温床にもなっている。

 しかし、逆を返せば怪しい人間を見つけるにはもってこいというわけだ。

 僕はギガンテス君の背中に乗り、スラム街のとある一角にやってきている。ここは、いわゆる闇市のような場所で、この地に住む者達が買い物をする所だ。ボロボロの店には痩せた野菜や何の肉か分からないようなものが吊るされて、鼻につく匂いをはなっている。

 僕達が用事のある店はここではないので立ち止まらずにさっさとスルーして、目的の場所まで急いで向かう。


 もちろん僕が目指しているのは駄菓子屋である。理由は簡単だ。この帝都にいる頭の狂ったキャンディー猛者を一網打尽にして捕まえることだ。

 不幸な行き違いから、僕は、僕の熱烈的なファンの女の子に、持っているだけで命を狙われるヤバイキャンディーをあげてしまった。弱気者を守るハードボイルドな探偵としてあるまじき行為だったが、やってしまった事はしょうがない。すぐに少女の安全を確保するためにマインドを切り替えて行動する。

 色んな方法を考えたが、コグレ警部補から容疑者となりうる人間が数百人規模でいるかもしれないと聞いて、どう考えても正攻法では防ぎようがないと悟った。

 少女にあげたキャンディーを回収すればいいか? と一瞬思ったが、僕は大勢の目がある場所で渡してしまった為、回収したところで噂が広まってその女の子を狙う輩が現れないとも限らない。

ならば、僕が出来る事は片っ端からから容疑者となりうる人物を捕まえて、僕のファンに手出しをしたらどうなるか分からせてやる必要がある。大勢に圧力をかければ安易に手をだそうとする奴はいなくなるだろう。

 もちろん、このような強硬手段は僕の趣味ではないし、そんな事しようとしたら逆に分からされてしまうのが僕って奴だ。そもそも最弱の称号を得る僕程度では子供一人すら拳で叩きのめす事はできない。

 しかし、今日の僕は一味違うぞっ!!! いま僕の尻の下には我が探偵事務所の最終兵器である眠れる獅子ギガンテス君がいるのだ!!

 彼は普段ぐうたら事務所で寝ているだけだが、元々は魔大陸で暴虐を振るっていたギガント族の狂戦士だ。そんじょそこらのゴロツキを分からしてやるのは朝飯まえさ。

 多少腕に自信がある冒険者が数人集まろうとも、本気のギガンテス君には手も足もでなく取り押さえられることになるだろう。


 ふふふ、と僕は笑みがこぼれるのを我慢できない。力、頭脳、いま全てを手に入れている僕は確実にハードボイルドな名探偵してる。普段なら弱者として怯えて、どんなに大金を積まれても危険なスラム街には絶対に近づかないが、今日は堂々と胸を張って行動できる!!!

 危なくなったらすぐにギガンテス君にバトンタッチすればいいだけだからなっ!!!!

ハッハッハと久々のイージーモードに僕が高笑いするのを必死に我慢していると、駄菓子屋と看板のついた家が見えた。


「ギガンテス君っ、あそこで止まってくれ!」

「はいよ」

高速で動かしていた足を止めてギガンテス君は急停止する。ぼくは飛ばされないようにしがみついた。


無事に目的地についたのを確認すると、僕はギガンテス君の背中から飛び降りてボロボロの店を見上げる。シャッターが閉まっていて営業しているようには見えなかった。

「あれ、おかしいな今日はやすみなのかな?」

「休みというより、閉店してるようにしか見えないけど。ていうかなんで駄菓子屋?」

ギガンテス君は理解していない様子でツルツルとした自分の頭を撫でて考えている。

ここに来た理由なんてとても簡単だ。僕は前の世界にいる時、よく目にしたのだが、街の不良というものは、だいたい溜まり場に集まる生物なのだ。それは深夜のコンビニだったり、ゲーセン、カラオケ、友達の家と地域や人によって違うが、必ず奴らは群れる生き物なのだ。

 ならば、キャンディーの為なら何でもいとわないヤンチャな不良ボーイが集まる場所なんて一つしかあり得ない! つまりスラム街の駄菓子屋さっ!

 と、想像して来たのだけれど、近くには不良どころか人っ子一人いないし、店すら営業してなかった。

「マーロ、本当にここに怪しい奴がいるの?」

「んーその筈なんだけど・・・」


僕は店のシャッターをガンガンとノックする。


「すみませーん、誰かいませんか?」

けれど、返事はかえってこなくて、気まずい空気が流れる。

ジト目でギガンテス君が僕を見下ろす。

そのプレッシャーに僕は嫌な汗をかいてしまう。せっかくここ最近ギガンテス君がやる気をだして働いているのに、ハードボイルドな探偵の華麗なる推理を全く見せれていない。このままでは彼がまたニートに戻ってしまいそうだ。


「そ、そうだ裏口に回ってみよう!! 誰かいるかもしれないよ!?」


僕が慌てて提案するが、ギガンテス君はハアーと息を吐いてダルそうにする。


「警察署でも言ったけど、俺はここ最近働き過ぎて疲れているんだ。マーロも知っているだろ? ギガント族は動きすぎると・・」

「あああ、もう分かったよ!!! 君が働きたくないのはわかってるけど、せめて最後に裏口を確認してからだ!」


そう言うと僕は急ぎ足で店の裏手に移動した。早くしないとギガンテス君が飽きて事務所に戻ってしまいそうな雰囲気だった。そうなれば僕の無双状態は秒で終了して一瞬でイージーモードからベリーハードモードに移行する。待ち受けるは死だ。急がねばならない。

店の裏にいくと、ドアが一つあるだけで他には特に何も無かった。僕は扉をまたノックしようとしたが、僅かに扉が開いていて、鍵もドアノブに着けっぱなしなのを発見した。

「あれ? やけに無用心だな。誰か慌てて家に帰ってきたのかな??」

とりあえず声をかけてみるが返事はない。

僕は失礼だと知りつつも、ゆっくりとドアを開けて中の様子を伺う。

明かりがなくて見えずらかったが、どうやら店の正面と繋がっているみたいで、小汚いが普通の駄菓子屋といった感じだった。

他に部屋があるわけでもなく、お菓子が並べられている棚があるだけで人の気配はない。

鍵もついているし普通誰かいるだろと疑問に思った僕は、店内に入り周囲を伺う。すると一か所だけ棚が不自然な位置にあるを見つけた。

駄菓子の入った他の棚は壁沿いに綺麗に並んでいるのに、その棚だけ強引に引っ張ったような形跡がある。興味本位で近づいていくと、なんと棚があったであろう場所に地下へと続く隠し階段があった。

「むう、どうやら最近の僕は探偵スキルがアップしているらしい。隠し部屋を見つける特技を得たのかもしれない」

こんな短いスパンで2度も発見するなんて・・・・まあ、この隠し通路は一切隠されて無かったけど。


「見てよギガンテス君!ここから下にいけるみたいだ」

教えてあげると、ギガンテス君はノソノソとやってきて地下へと続く階段を覗くと

「ふーん、良かったね。じゃ珍しいものも見れたし帰ろうか」


踵をかえして帰ろうとしたので、僕はがっちり彼の腕を掴んだ。


「馬鹿いえ、ここで帰ったら探偵の名折れだぞ!?」

「はあ、こんなあからまさに怪しいの罠だって。なんで隠し通路が隠れてないんだよ。鍵もつけたままだし」


罠を疑うのはもっともだが、その為にギガンテス君がいるんだ。僕一人でいったら確実に生きて戻ってこれない。その自信が僕にはあるっ。罠をものともしない彼の力あって初めて僕はここに入ることができるのだ。

それに・・・・



「誰かが慌てて帰ってきて、忘れただけかもしれないだろ?」


「そんな間抜け、小さな子供くらいだと思うんだけど」


「たいした理由もなく人を殺す奴もいるんだ。世の中には色んな人がいるさ。ほら早くいくよ」

 
僕は嫌がるギガンテス君の背中を押して階段を下っていく。先頭を歩いていたら襲われるかもしれないので、もちろん僕は彼の背中に隠れて歩く。どんな事態にも対応できるように行動出来る僕は、まさにハードボイルドな探偵としての鏡だと思う。


階段を下りると、その先は想像以上に広くて長い通路が続いていた。マジックアイテムが通路を照らしている。普段の僕なら恐ろしくて気絶してしまうかもしれないが、頼れる相棒の背中が目の前にあるおかげでふんふんと鼻歌を歌えるほどの余裕があった。

そうだよ、これだよ、これ。本来はこんな風に活躍してくれると踏んで僕はギガンテス君をスカウトしたんだ。僕に足りないものを彼が補い、彼に足りないものを僕が補う。まさに理想の関係ではないか!


しばらくギガンテス君に隠れて一本道の通路を歩くと、大きな部屋にでた。

そこは異様な空間だった。部屋の真ん中には儀式を行うような怪しい祭壇があり、祭壇の周りにはテーブルが置かれていて、その上に資料やらマジックアイテムが乱雑に散らばっている。まるで何かの研究室のようだった。

「いったいここで何が行われているんだ?」

僕はちょっと怖くなって不安を口に出してしまう。
どう考えても駄菓子屋の地下に存在していいものではなかった。もしかすると駄菓子の神を信仰する新手の宗教でも存在するのか?

怖いながらも、ハードボイルドな探偵として気合いをいれてテーブルの上を確認すると、僕はとんでもない物を見つけてしまったっ!!!!!

「なんでこれがここに!?」

それは写真だった。小さな写真立てに納まっている女の子の顔をみて僕は驚愕する。そこには僕のファンであるミアちゃんが、全力で可愛いポーズを決めている自撮り写真があったのだ!!

 僕は完全に頭がパニックになった。
まだ彼女と別れてから数時間しかたっていない。だというのに、ここに彼女の写真があるということは、既に彼女は頭の狂ったキャンディー猛者に殺されている!?


嘘だろ!? いくらなでも行動が早すぎる。

僕は慌ててこの地下をくまなく捜索することにする。もしかしたらミアちゃんは攫われただけで、まだどこかで監禁されている可能性が残っている。アイドルのように可愛い彼女のことだ、それは大いにあり得るはずだ。


僕は急がなければとギガンテス君に声をかけた。


「おい‼ 事件だ!! はやくミアちゃんを救出しないと・・・ってなにしてるの君?」


ギガンテス君は、何故か祭壇の真ん中で堂々と横になって寝ようとしていた・・・

「はっ!? おい起きろって、寝ている場合じゃないんだ!!」

だけど、ギガンテス君は聞く耳を持たないでダルそうに欠伸をする。

「だから何度も言ったじゃないか。眠くてもう活動限界だって。マーロも知ってるだろ? ギガント族は体のスペックが高い分、体力の消費も激しいんだ。限界を迎えると強制的に眠っちゃうん・・だ・・よ」

そう喋りながらギガンテス君は安らかにスヤァと眠りはじめてしまった・・・・・
















えええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?


そういえばそんな設定あった気がするぅぅぅぅぅ!!!!!


ヤバイ、ヤバすぎるよコレぇぇ!??


僕はすっかりギガンテス君の特性を忘れていた!!!!!!!

もう普段から毎日ダラダラすごしてるから、コイツ働く気ねぇなと思って、だんだんイラつきが溜まっていたせいで、僕の意識がギガンテス=あまり働けない→からギガンテス=働きたくないニートにすり替わっていた!

最近のやる気のない言動は、単純に働かないための言い訳だとおもっていたっ!!!!!
いや、多分ていうか絶対働きたくないのは間違いなくギガンテス君の本心だったはずだ。根っからのめんどくさがり屋だし。むしろその嘘偽りない言葉のせいで僕は勘違いを起こして、完全に彼の設定を忘却していた・・・・


どどおおおおおしよおお!???


完全に詰んでいるぞ、今すぐにでもミアちゃんを探しに行かなくてはいけないのに、僕一人ではもし誰かに見つかったら終わりだ。行方不明者を探す僕が行方不明になる。


なら助けを呼ぶか? いいや、事態は一刻を争う。
ミアちゃんがまだ捕まっていないなら大丈夫だが、もしここで監禁されていたら何をされるかわからない。すぐにでも向かわないと。


でも最弱の僕が言ったところでどうなる?・・・・・ただの無駄死になるだけだ。


僕は無力な自分にイラついて近くにあった祭壇を思い切り殴った。

「だからこの世界が嫌いなんだっ!! どうしてこんな僕をつれてきたっ!!?」

誰もいない空間に向かって、何処にぶつければいいか分からない怒りを言葉にするが当然答えは返ってこなかった。


もうここで手をこまねいて諦めるしかないのか、と跪きそうになったとき、僕の耳に懐かしい父の言葉が聞えてきた。


『どんな時もハードボイルドな探偵であれ』 ・・・・・・と。


僕は跪いて地面に膝が着きそうになったのをグッと堪えて耐え忍んだ。


そうだ、僕はどんな時も決して膝をつかず、諦めないで、前だけを見続けなければいけない。たとえ待ちうけるのが悲惨な悲しい結末だろうと進まなければいけないんだっ!!


何故なら・・・・・・僕はハードボイルドで最高にカッコいい探偵だからだ。




僕は覚悟を決めて走りだした。


「待っていろミアちゃん、このハードボイルドな探偵が命に代えても君を守って見せるからっ!!!」
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