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手の届かないところ
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ナラビト族が滞在している場所は小さな丘をあがったところにあった。
この丘周辺は、トルガの町でも、貴族や大きな商会を持つ商人など有力者が住まう地域だ。
その中にひとつだけ他の建物とは毛色が違うおおきな屋敷がある。
周りの家々はレンガを使って建てられているのにたいして、ナラビト族の屋敷はレンガを使用せずに木材だけで出来ている。屋根の形状もトルガでよく見かける平べったいものではなく、雪の降る地域にみるような下に向かって傾斜がついているものだ。屋根にはレンガを使用しない代わりに、何枚もの波うった形の石のタイル少しだけ重なるように敷き詰められている。
屋敷の中は石の塀に囲まれて様子を伺うことはできない。
俺達はナラビト族、族長サイに会うために屋敷の門の前に立っている若い男のところへと向かう。
門を守るように、静かに佇む男は、門番にしては線の細い体つきで強そうには見えない。
だが見た目で判断してはだめだ。
なんといっても、これから訪ねる場所は、いにしえの技術を継承している、滅びの血の末裔だ。
東方印の詳細は判明してないが、ドラゴンや古城の黒騎士をも支配下におけるほどの能力だ。常に警戒をしなくてはいけない。
エレーナには事前にナラビト族の特長を聞いている。
まず、ナラビト族だからといって、全員がいにしえの技術を扱えるわけではないらしい。
先祖がえりのように、一部の人だけが能力を生まれながらに有しているという。
そして、いにしえの技術を継承した者は、必ず灰色の髪と灰色の瞳をもって生まれるという。
世界を見渡しても、灰色の瞳に灰色の髪で生まれてくるのはナラビト族しかいない。
つまり、この特徴をもつものはナラビト族の可能性が非常に高い。
それらを踏まえて、門番の男を見れば、灰色の瞳に灰色の髪。特徴は一致している。
恐らく彼も東方印の使い手ということだろう。
俺達が門に近付くと、門番のおとこはこちらを一瞥して坦々と抑揚のない声で喋る。
「ここはナラビト族の屋敷。いったいなにようか?」
「サイ殿に会いに来たわ!通してちょうだい」
エレーナはクッキーを掠め取られた怒りがまだ収まらないのか、強気の姿勢で、勢いだけで押しとおろうとする。
そんなエレーナの態度など気にせず、冷静に男はエレーナを見る。
「むっ、エレーナ殿だったか。以前お会いした時は世話になった。」
「あなたは確かマイスさんだっかしら?」
門番の男は首を縦にふって肯定する。
「お嬢ちゃん、知り合いなのか?」
エレーナはどうやらナラビト族と面識があるみたいだ。グレイが驚いてエレーナに聞いている。
「以前、ナラビト族の人に追求者ギルドの人がどのような技術を使って仕事をしているのか教えてくれと依頼がきたから、私が担当したのよ。その時に東方印のことを聞いたのよ」
エレーナがナラビト族や東方印に詳しかった理由はそういうことだったのか。
あまり表に出てこない滅びの血の末裔のことをよく知ってるから不思議に思ってたのだ。
しかしなんでナラビト族は追求者ギルドにそのような依頼をしたんだろ。
「そんなことよりマイスさん、サイ殿に会いたいのだけど、通してくれる?」
「エレーナ殿の頼みだから聞いてやりたいが・・・・」
マイスさんは困ったなと、うーんと唸る。
門を通せないのはそれなりの理由があるらしい。
「なにかあったの?」
マイスさんはキョロキョロと辺りを見まわす。
誰もいないことを確認すると声を潜めて話す。
「実は・・・・族長のことで少し厄介なことになっていて」
「やっかいなこと?」
どうやらナラビト族の中で問題が起きているみたいだ。
このタイミングだと、古城の黒騎士関連かもしれない。
そうだとしたら新しい情報が手にいれるチャンスだ。
グレイも一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
「族長が、昔南方を旅したときに聞いた音楽のメロディーが喉まででかかってるのに思い出せなくてモヤモヤしていてな」
「「「・・・・・・・・」」」
「そのせいで、ものすごく機嫌がわるいのだ。いま屋敷の中でトルガの町中から集めた演奏家達に、知っている南方の音楽を演奏してもらっているのだが、誰も知らないみたいで難航しているらしい。どうしたものか」
「・・・・えっと、それは大変ですね?」
エレーナは返す言葉をおもいつかなく、曖昧に返事をする。
表情を見るに冗談を言っているわけではないらしい。
ナラビト族のあまりに寒い悩みに体が震える。
マイスさんは困っている。そして俺達も困り果てている。
なにこの状況?
「大変なんてもんじゃない。族長の癇癪で一族総出の大問題だ」
「どうでもよくないか、そんなの?」
俺は思わず、ぽろっと本音を溢したらマイスさんに睨まれてしまった。
「・・・・たしかに族長以外にはどうでもいい問題だ。だが、この問題が解決しない限り他ことに手がまわらなくなり我らの仕事に支障がでる。だから困っている。それに、族長の気持ちも少しはわかるだろ?」
すごい気持ちはわかるよ?気になるよ?
すぐそこまででかかっているのに、思い出せない。手の届かないところが痒くなったようなもどかしさ。
けど、一族総出で取りかかるような問題じゃないだろ。
バカ一族ですか?いにしえからバカを継承している一族ですかい?そりゃ滅びの血なんてよばれますわ。
予想外の展開で無駄な足止めをくらい、寒い目でマイスさんを見ていると、エレーナがグレイと俺に仕方がないのよと言った。
「ナラビト族は族長が絶対の権限を握っている。下のものは命令されたら逆らえないの。マイスさんや他の人がどうでもいいと言ったところで族長が納得しなければどうしようもないの」
「その通りだ。族長はたまに変な癇癪を起こすが、偉大な人なんだ。ナラビト族で族長を尊敬していない者はいない」
マイスさんは胸を張ってハッキリと言い切る。
真っ直ぐな瞳で、迷いないその姿からは自分達の一族を纏めあげる人に対する尊敬が感じ取れる。
ナラビト族全員が、マイスさんみたく自分達の代表にここまで心酔しているなら、ただの巌窟野郎ではないのかもな。
それを差し引いてもこの問題は、どうかと思うが。
「だから族長が満足するまで、部外者は立ち入ることは出来ん。今日の所はお引き取り願おう」
何度か粘ってみたが、頑なに拒否するマイスさんに追い返された俺達は、屋敷の裏手へと周り作戦会議をする。
「やっぱり、族長の問題が解決するまでまつしかないんじゃないか?」
「しかしそれでは遅すぎる」
グレイは不服そうに反論する。
折角ナラビト族が目の前にいるのに、この好機を逃すわけにはいかない。
こんなことで何年も待ち続けたのが水の泡となるのは避けたいと正論を言うが、ナラビト族の族長に対する忠誠は高いとみえる。
そう簡単に通してはくれないだろう。
「グレイさんの言う通り、ここは無理にでも進んでいくべきだわ。ナラビト族はそもそもここに定住しているわけではないよよ。彼らはトビーラ山のすみかの他に、各地にこの屋敷みたいな拠点をいくつももっているの。そこを定期的に巡回しているみたい。だから今のうちに出来ることはしておきたいところね」
・・・・そういうことなら俺も異論はない。けどなぜ彼らはそんなことしてるんだ?マイスさんが言っていた仕事となにか関係があるのか?」
マイスさんは族長の癇癪で仕事に支障がでて困っていると言っていた。
本来どの国にも属さないナラビト族が、族長自ら他国の領地にきてまで、やらなければならない仕事とはなんだ?
エレーナは以前ナラビト族の依頼を受けているから詳しいことを知っているかも知れないと思ったが、
「私も詳しいことは分からない。各地をまわるのはその仕事に関係してるみたいだけど、仕事の内容について教えてくれなかったわ。ただ推測できることは一つある」
「なんだ?」
「ナラビト族はなにかを探しているみたい。私が受けた依頼も追跡捜査の術や魔法、魔法を使っての痕跡解読の方法など、大部片寄った智識ばかりを聞かれたからね」
まるで他国の間者みたいなことしてるな。
滅びの血が影で遂行しようとしている任務。
うーむ、なかなかに、ロマン溢れる設定だな。
すごく気になる。
追跡や痕跡に主眼をおいていたということは、誰かを追っているか?それとも、モンスター?
東方印でモンスターを操れるのは確からしいし、強力なモンスターは使役できれば相当な戦力になる。
もし、そういうことならナラビト族はどこかで戦争でも仕掛けるつもりなのかもしれん。
「やっぱり直接ナラビト族に話を聞かないとなにもわからないな」
「しかし、どうやって・・・・」
「バッカヤロウ!!!!!!!違うっていってんだろーが!!!」
突然、俺達の会話を打ち消すほどの大きな怒鳴り声が塀のむこう側から響き渡った。
男の太いダミ声だ。
俺は声のした方に意識を向ける。
塀があるから、屋敷の中はみれないけど、声を聞くことができた。
「俺が聞いたのはそんな陽気な曲ではないと言っているだろ!! もっとゆったりしている曲だ!そんな早いテンポの曲ではない」
「しかし、私共も、南国の曲で遅いテンポの曲は知っている限り演奏しました。残っているのは明るく早いテンポのだけなのです」
「ぐぬぬぬぅ、うるさい!次の曲だ、もっとゆったりした曲を演奏してくれ!」
どうやらマルスさんが言っていた、例の演奏会をしているらしい。
複数の楽器をつかっているみたいで、合図がでて曲が始まると、南国地方らしい陽気な音楽が、様々な音色をつかって演奏される。
奏者の技術も高く、聞くぶんには特に問題はない。
だが、聞き手の男には技術云々は関係ないようだ。
違う!!と大きな怒鳴り声で割って入り、演奏を中断させる。
「もっとゆったりとした曲だと何度いったらわかる!!」
「しかし、それだともう暗いイメージの曲しかありません!」
「それは駄目だ。おれが聞いたのは陽気ではないが朗らかな曲だった。まるで子守唄よように落ち着き眠気を誘う綺麗な曲だ。クソ、なぜ俺は思い出せないんだ!南方のエル・ロンドを旅した時に他紙かに聞いたハズなのに・・・・・・・・」
暫く、耳をすましていたエレーナは、怒鳴っている人の声を聞いて、この声は間違いなく、ナラビト族の族長サイ殿だと断言した。
会話の内容からも、恐らく間違いはないだろう。
すぐそこに目的のひとがいるとなれば見たいと思うのが人間だ。
俺はグレイの後ろに立って、両手をグレイの肩にのせる。
「グレイ、ちょっと肩借りるぞ」
返事を聞く前にジャンブして飛びあがり、グレイの両肩に立って塀のむこう側を覗く。
「ちょっと、あんたなにしてんのよ!一人だけズルいわよ」
「うるさい声を出すなバレるだろ。グレイは大丈夫か?」
「ああ、平気だ。中の様子はどうなっている?」
塀のむこう側には綺麗に手入れされている庭が広がっている。
木は花などの植物が植えられていて、地面には小石が敷き詰められ小道を作っている。
庭の真ん中には池があり、そこに小さな赤い橋が掛かっている。
趣のある庭だ。
その奥に屋敷があるが、見たかったものは屋敷と庭の間にある広場にいた。広場には全面に白い石を敷き詰められていて、そこに楽団が並んでいる。
楽団の向いには椅子に座って腕を組んでいるオヤジがいた。
オヤジは厳つい顔をしていて、額から左目にかけて、剣で切られたような大きな傷痕が上から下にまっすぐのびている。頭が剥げているせいで、灰色の髪が生えてないから遠くからみてもナラビト族かわからないが、一人だけ偉そうにふんぞり返ってるところをみるに、あれが族長サイでまちがいない。
「どうなってるのか早く教えなさいよ」
エレーナはおれが一人だけ高いところに登っているのに嫉妬しているのか、文句を垂れている。
安心しろ、あとでちゃんと高い高いしてあげるからな。
取り敢えずエレーナのことは放っておく。
「よいしょっと」
俺は塀によじ登って大きく体を伸ばす。
高いところ登って体を伸ばすと気持ちがいいのはなぜだろうか。
エレーナとグレイを見下ろせば、二人とも目をまんまるくして口をあんぐりあけている。なんて間抜けな面だ。
「お、おい・・・・」
「ちょ、あんたなにやってんのよ!見つかったらどう」
「曲者だぁ!!!!塀の上にだれかいるぞぉ!!」
エレーナが心配するそばから早速みつかってしまった。
エレーナは青い顔してふるえている。
ふん、小心者め。
いくらも時間がたたない内に、灰色の髪をした何人ものナラビト族がわらわらと集まってくる。
「貴様なにものだぁ!」
一番最初に俺を見つけた男が問うてくる。
ふむ、俺がなにものなのか・・・・答えてやろうじゃないか。
俺が目にも止まらぬ動作で素早く手を懐に入れると、攻撃かと思ったナラビト族はビクッと反応する。
「オーディション番号、十八番!グレイ音楽団所属の大演奏家ルークでーす。ハールを担当しております。それでは早速く一曲いきまーーーーーす。曲名は「ロマーヌの夢物語」」
俺は懐からアイアンカエデで作られたハールをとりだす。
突如現れた俺の行動にナラビト族は敵なのかよく分からないと戸惑いの表情を浮かべどうすればいいのか動けないでいる。しかし、隊長格らしき人物が疑わしきは罰せよと命令すると、ナラビト族は迷いを捨て攻撃を開始しようする。
だが、その命令は取り消された。
族長サイは、俺が曲名を口にしたとたん椅子を勢いよく倒して立ちあがり、攻撃をやめるように指示をしたのだった。
俺はハールに口をそえて、演奏前に深呼吸をする。
さぁ、グレイ音楽団の華々しいデビューを飾ってやるぜ。
いざ、参る!!!
この丘周辺は、トルガの町でも、貴族や大きな商会を持つ商人など有力者が住まう地域だ。
その中にひとつだけ他の建物とは毛色が違うおおきな屋敷がある。
周りの家々はレンガを使って建てられているのにたいして、ナラビト族の屋敷はレンガを使用せずに木材だけで出来ている。屋根の形状もトルガでよく見かける平べったいものではなく、雪の降る地域にみるような下に向かって傾斜がついているものだ。屋根にはレンガを使用しない代わりに、何枚もの波うった形の石のタイル少しだけ重なるように敷き詰められている。
屋敷の中は石の塀に囲まれて様子を伺うことはできない。
俺達はナラビト族、族長サイに会うために屋敷の門の前に立っている若い男のところへと向かう。
門を守るように、静かに佇む男は、門番にしては線の細い体つきで強そうには見えない。
だが見た目で判断してはだめだ。
なんといっても、これから訪ねる場所は、いにしえの技術を継承している、滅びの血の末裔だ。
東方印の詳細は判明してないが、ドラゴンや古城の黒騎士をも支配下におけるほどの能力だ。常に警戒をしなくてはいけない。
エレーナには事前にナラビト族の特長を聞いている。
まず、ナラビト族だからといって、全員がいにしえの技術を扱えるわけではないらしい。
先祖がえりのように、一部の人だけが能力を生まれながらに有しているという。
そして、いにしえの技術を継承した者は、必ず灰色の髪と灰色の瞳をもって生まれるという。
世界を見渡しても、灰色の瞳に灰色の髪で生まれてくるのはナラビト族しかいない。
つまり、この特徴をもつものはナラビト族の可能性が非常に高い。
それらを踏まえて、門番の男を見れば、灰色の瞳に灰色の髪。特徴は一致している。
恐らく彼も東方印の使い手ということだろう。
俺達が門に近付くと、門番のおとこはこちらを一瞥して坦々と抑揚のない声で喋る。
「ここはナラビト族の屋敷。いったいなにようか?」
「サイ殿に会いに来たわ!通してちょうだい」
エレーナはクッキーを掠め取られた怒りがまだ収まらないのか、強気の姿勢で、勢いだけで押しとおろうとする。
そんなエレーナの態度など気にせず、冷静に男はエレーナを見る。
「むっ、エレーナ殿だったか。以前お会いした時は世話になった。」
「あなたは確かマイスさんだっかしら?」
門番の男は首を縦にふって肯定する。
「お嬢ちゃん、知り合いなのか?」
エレーナはどうやらナラビト族と面識があるみたいだ。グレイが驚いてエレーナに聞いている。
「以前、ナラビト族の人に追求者ギルドの人がどのような技術を使って仕事をしているのか教えてくれと依頼がきたから、私が担当したのよ。その時に東方印のことを聞いたのよ」
エレーナがナラビト族や東方印に詳しかった理由はそういうことだったのか。
あまり表に出てこない滅びの血の末裔のことをよく知ってるから不思議に思ってたのだ。
しかしなんでナラビト族は追求者ギルドにそのような依頼をしたんだろ。
「そんなことよりマイスさん、サイ殿に会いたいのだけど、通してくれる?」
「エレーナ殿の頼みだから聞いてやりたいが・・・・」
マイスさんは困ったなと、うーんと唸る。
門を通せないのはそれなりの理由があるらしい。
「なにかあったの?」
マイスさんはキョロキョロと辺りを見まわす。
誰もいないことを確認すると声を潜めて話す。
「実は・・・・族長のことで少し厄介なことになっていて」
「やっかいなこと?」
どうやらナラビト族の中で問題が起きているみたいだ。
このタイミングだと、古城の黒騎士関連かもしれない。
そうだとしたら新しい情報が手にいれるチャンスだ。
グレイも一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
「族長が、昔南方を旅したときに聞いた音楽のメロディーが喉まででかかってるのに思い出せなくてモヤモヤしていてな」
「「「・・・・・・・・」」」
「そのせいで、ものすごく機嫌がわるいのだ。いま屋敷の中でトルガの町中から集めた演奏家達に、知っている南方の音楽を演奏してもらっているのだが、誰も知らないみたいで難航しているらしい。どうしたものか」
「・・・・えっと、それは大変ですね?」
エレーナは返す言葉をおもいつかなく、曖昧に返事をする。
表情を見るに冗談を言っているわけではないらしい。
ナラビト族のあまりに寒い悩みに体が震える。
マイスさんは困っている。そして俺達も困り果てている。
なにこの状況?
「大変なんてもんじゃない。族長の癇癪で一族総出の大問題だ」
「どうでもよくないか、そんなの?」
俺は思わず、ぽろっと本音を溢したらマイスさんに睨まれてしまった。
「・・・・たしかに族長以外にはどうでもいい問題だ。だが、この問題が解決しない限り他ことに手がまわらなくなり我らの仕事に支障がでる。だから困っている。それに、族長の気持ちも少しはわかるだろ?」
すごい気持ちはわかるよ?気になるよ?
すぐそこまででかかっているのに、思い出せない。手の届かないところが痒くなったようなもどかしさ。
けど、一族総出で取りかかるような問題じゃないだろ。
バカ一族ですか?いにしえからバカを継承している一族ですかい?そりゃ滅びの血なんてよばれますわ。
予想外の展開で無駄な足止めをくらい、寒い目でマイスさんを見ていると、エレーナがグレイと俺に仕方がないのよと言った。
「ナラビト族は族長が絶対の権限を握っている。下のものは命令されたら逆らえないの。マイスさんや他の人がどうでもいいと言ったところで族長が納得しなければどうしようもないの」
「その通りだ。族長はたまに変な癇癪を起こすが、偉大な人なんだ。ナラビト族で族長を尊敬していない者はいない」
マイスさんは胸を張ってハッキリと言い切る。
真っ直ぐな瞳で、迷いないその姿からは自分達の一族を纏めあげる人に対する尊敬が感じ取れる。
ナラビト族全員が、マイスさんみたく自分達の代表にここまで心酔しているなら、ただの巌窟野郎ではないのかもな。
それを差し引いてもこの問題は、どうかと思うが。
「だから族長が満足するまで、部外者は立ち入ることは出来ん。今日の所はお引き取り願おう」
何度か粘ってみたが、頑なに拒否するマイスさんに追い返された俺達は、屋敷の裏手へと周り作戦会議をする。
「やっぱり、族長の問題が解決するまでまつしかないんじゃないか?」
「しかしそれでは遅すぎる」
グレイは不服そうに反論する。
折角ナラビト族が目の前にいるのに、この好機を逃すわけにはいかない。
こんなことで何年も待ち続けたのが水の泡となるのは避けたいと正論を言うが、ナラビト族の族長に対する忠誠は高いとみえる。
そう簡単に通してはくれないだろう。
「グレイさんの言う通り、ここは無理にでも進んでいくべきだわ。ナラビト族はそもそもここに定住しているわけではないよよ。彼らはトビーラ山のすみかの他に、各地にこの屋敷みたいな拠点をいくつももっているの。そこを定期的に巡回しているみたい。だから今のうちに出来ることはしておきたいところね」
・・・・そういうことなら俺も異論はない。けどなぜ彼らはそんなことしてるんだ?マイスさんが言っていた仕事となにか関係があるのか?」
マイスさんは族長の癇癪で仕事に支障がでて困っていると言っていた。
本来どの国にも属さないナラビト族が、族長自ら他国の領地にきてまで、やらなければならない仕事とはなんだ?
エレーナは以前ナラビト族の依頼を受けているから詳しいことを知っているかも知れないと思ったが、
「私も詳しいことは分からない。各地をまわるのはその仕事に関係してるみたいだけど、仕事の内容について教えてくれなかったわ。ただ推測できることは一つある」
「なんだ?」
「ナラビト族はなにかを探しているみたい。私が受けた依頼も追跡捜査の術や魔法、魔法を使っての痕跡解読の方法など、大部片寄った智識ばかりを聞かれたからね」
まるで他国の間者みたいなことしてるな。
滅びの血が影で遂行しようとしている任務。
うーむ、なかなかに、ロマン溢れる設定だな。
すごく気になる。
追跡や痕跡に主眼をおいていたということは、誰かを追っているか?それとも、モンスター?
東方印でモンスターを操れるのは確からしいし、強力なモンスターは使役できれば相当な戦力になる。
もし、そういうことならナラビト族はどこかで戦争でも仕掛けるつもりなのかもしれん。
「やっぱり直接ナラビト族に話を聞かないとなにもわからないな」
「しかし、どうやって・・・・」
「バッカヤロウ!!!!!!!違うっていってんだろーが!!!」
突然、俺達の会話を打ち消すほどの大きな怒鳴り声が塀のむこう側から響き渡った。
男の太いダミ声だ。
俺は声のした方に意識を向ける。
塀があるから、屋敷の中はみれないけど、声を聞くことができた。
「俺が聞いたのはそんな陽気な曲ではないと言っているだろ!! もっとゆったりしている曲だ!そんな早いテンポの曲ではない」
「しかし、私共も、南国の曲で遅いテンポの曲は知っている限り演奏しました。残っているのは明るく早いテンポのだけなのです」
「ぐぬぬぬぅ、うるさい!次の曲だ、もっとゆったりした曲を演奏してくれ!」
どうやらマルスさんが言っていた、例の演奏会をしているらしい。
複数の楽器をつかっているみたいで、合図がでて曲が始まると、南国地方らしい陽気な音楽が、様々な音色をつかって演奏される。
奏者の技術も高く、聞くぶんには特に問題はない。
だが、聞き手の男には技術云々は関係ないようだ。
違う!!と大きな怒鳴り声で割って入り、演奏を中断させる。
「もっとゆったりとした曲だと何度いったらわかる!!」
「しかし、それだともう暗いイメージの曲しかありません!」
「それは駄目だ。おれが聞いたのは陽気ではないが朗らかな曲だった。まるで子守唄よように落ち着き眠気を誘う綺麗な曲だ。クソ、なぜ俺は思い出せないんだ!南方のエル・ロンドを旅した時に他紙かに聞いたハズなのに・・・・・・・・」
暫く、耳をすましていたエレーナは、怒鳴っている人の声を聞いて、この声は間違いなく、ナラビト族の族長サイ殿だと断言した。
会話の内容からも、恐らく間違いはないだろう。
すぐそこに目的のひとがいるとなれば見たいと思うのが人間だ。
俺はグレイの後ろに立って、両手をグレイの肩にのせる。
「グレイ、ちょっと肩借りるぞ」
返事を聞く前にジャンブして飛びあがり、グレイの両肩に立って塀のむこう側を覗く。
「ちょっと、あんたなにしてんのよ!一人だけズルいわよ」
「うるさい声を出すなバレるだろ。グレイは大丈夫か?」
「ああ、平気だ。中の様子はどうなっている?」
塀のむこう側には綺麗に手入れされている庭が広がっている。
木は花などの植物が植えられていて、地面には小石が敷き詰められ小道を作っている。
庭の真ん中には池があり、そこに小さな赤い橋が掛かっている。
趣のある庭だ。
その奥に屋敷があるが、見たかったものは屋敷と庭の間にある広場にいた。広場には全面に白い石を敷き詰められていて、そこに楽団が並んでいる。
楽団の向いには椅子に座って腕を組んでいるオヤジがいた。
オヤジは厳つい顔をしていて、額から左目にかけて、剣で切られたような大きな傷痕が上から下にまっすぐのびている。頭が剥げているせいで、灰色の髪が生えてないから遠くからみてもナラビト族かわからないが、一人だけ偉そうにふんぞり返ってるところをみるに、あれが族長サイでまちがいない。
「どうなってるのか早く教えなさいよ」
エレーナはおれが一人だけ高いところに登っているのに嫉妬しているのか、文句を垂れている。
安心しろ、あとでちゃんと高い高いしてあげるからな。
取り敢えずエレーナのことは放っておく。
「よいしょっと」
俺は塀によじ登って大きく体を伸ばす。
高いところ登って体を伸ばすと気持ちがいいのはなぜだろうか。
エレーナとグレイを見下ろせば、二人とも目をまんまるくして口をあんぐりあけている。なんて間抜けな面だ。
「お、おい・・・・」
「ちょ、あんたなにやってんのよ!見つかったらどう」
「曲者だぁ!!!!塀の上にだれかいるぞぉ!!」
エレーナが心配するそばから早速みつかってしまった。
エレーナは青い顔してふるえている。
ふん、小心者め。
いくらも時間がたたない内に、灰色の髪をした何人ものナラビト族がわらわらと集まってくる。
「貴様なにものだぁ!」
一番最初に俺を見つけた男が問うてくる。
ふむ、俺がなにものなのか・・・・答えてやろうじゃないか。
俺が目にも止まらぬ動作で素早く手を懐に入れると、攻撃かと思ったナラビト族はビクッと反応する。
「オーディション番号、十八番!グレイ音楽団所属の大演奏家ルークでーす。ハールを担当しております。それでは早速く一曲いきまーーーーーす。曲名は「ロマーヌの夢物語」」
俺は懐からアイアンカエデで作られたハールをとりだす。
突如現れた俺の行動にナラビト族は敵なのかよく分からないと戸惑いの表情を浮かべどうすればいいのか動けないでいる。しかし、隊長格らしき人物が疑わしきは罰せよと命令すると、ナラビト族は迷いを捨て攻撃を開始しようする。
だが、その命令は取り消された。
族長サイは、俺が曲名を口にしたとたん椅子を勢いよく倒して立ちあがり、攻撃をやめるように指示をしたのだった。
俺はハールに口をそえて、演奏前に深呼吸をする。
さぁ、グレイ音楽団の華々しいデビューを飾ってやるぜ。
いざ、参る!!!
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