夢とわたしと、彼女

無気力

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ここはかつて教会だったのだろう、赤と青と橙とで構成された、幾何学なガラスの破片が辺りに散らばっている。
そのガラスの傷口に陽光が差し込み、ピカピカと煌びやかに踊っている様は、まるでこの場に不釣り合いだ。
何故かって、そこらにかつて人だったモノが存在しているからである。
頭をふっ飛ばされている男の躯。
前のめりに突っ伏して、両手を挙げている女の躯。
子を精一杯守ろうと、胎児のような恰好をしている躯。
みんな死んでいる...
弾丸や金属片の突き刺さった彼らの生み出した深紅の絨毯が、水たまりの様に広がっている。
わたしは、血と硝煙の噎せ返るような臭いを嗅ぎながら、深紅の絨毯を突き進む。
「これは...」
ふと視界に新たな景色が広がる。
天井や柱の残骸で塞がれていたためこれまで見えていなかったが、その先にはぽつりと小さな小屋が建っていた。
大人二人程が入れそうな小屋の扉には、十字架のエンブレムが刻まれている。
そこは神に許しを請うための空間。
コンコンコン
「誰か居ますか...」
わたしはそう呟くと、可愛らしい手形のついたドアノブに手をかける。
そこに座っていたのは、ブロンドの女の子。目を微かに開き、全体重を椅子に預け、だらりと両手をぶら下げていた。よく見ると左の掌には大事そうにロザリオが握られている。
泥と血とでコーティングされた、ワンピースの女の子の躯。
お腹の辺りの損傷が酷く、大量の血が腹部から溢れ、彼女のお腹、お尻から足先に架け血が滴った跡がある。
そんな彼女の青白い顔には不思議と傷や汚れが一つもなく、そこだけが異質で、人形のように美しくもあり、不気味でもあった。
わたしは女の子の躯に近づき、考える。
[彼女は最後、神に何を願ったのか]
[彼女は最後、神に何を打ち明けたのか]
[それとも何も願わず、打ち明けることはなかったのか]
[懺悔はしなかったのか]

そしてわたしは彼女の最期を勝手に決めつけた。
きっと彼女は、何も望まず、何も打ち明けることもなく、ただただ己の運命を呪ったのだと...
わたしが女の子の躯にお別れの花を手向け、踵を返そうとしたとき、彼女の身体が横に傾き首をかしげる風になった。
同時に乾いた金属の音色がかすかに響く。反動で、女の子の掌からロザリオがすり抜けたのだ。
首を傾げた女の子に、わたし、死んだの?と声をかけられた気がして、わたしはその通りだと応えてあげる。
「君は死んでいるよ」
わたしは聞こえる筈のない彼女の声を、頭の中で流した。
「そっか、死んじゃったんだ...」
頭の中の彼女は、虚ろな瞳で、視線を下げたままそう言い残すと、そのまま動かなくなってしまった。
女の子の足元に転がったロザリオに視線を落とす。
深紅の水たまりに捕えられた十字架は、そこから抜け出すことは許されない。
彼女が作った血の楔は、何もしてくれなかった神を覆い尽くす。

その血は決して神を離さないだろう... 



そこでわたしの意識は目覚める。
学校の教室。机に突っ伏して寝ていたわたし。
「おはよう」
冷たくしっとりとした、心地の良い声が耳に反響する。視界に広がるのは、あの女の子の後ろ姿。
前の席で本を読んでいるブロンドヘアの少女が、こちらを見向きもせずに問うてくる。
「いい夢見れた」
「どうだろう」
「どんな夢を見たの」
彼女は読んでいた本を閉じると、身体をこちら側に向け、首を傾げてそう尋ねてきた。
わたしはその首を傾げる仕草に、あの女の子の生死の問いかけを重ねる...
朧げに記憶している教会の惨劇を、ありのままに説明するのは何だか疲れそうなので、わたしは噓を吐く。
「女の子が雨の日に散歩をしているの、真っ赤な傘を持ってね。
 じっとりと湿った街並みを目的なく歩いていると、一匹の猫に出会う。
 女の子と猫はしばらく静止して互いを見つめ合う。女の子は公園から猫を見つめていて、猫は道路から女の子を見つめていた。
 すると、一台の車が猛スピードで突っ込んできて、猫を轢いて行ったの。
 女の子は、はっと息を吞み、轢かれてしまった猫のもとに駆け寄るんだけれど、やっぱり猫は死んでしまっていて、女の子は考えるの。
 もしあの時見つめ合わなかったら、この猫は死ななかったんじゃないかって。
 今日、外出していなかったら、この猫は死ななかったんじゃないかって。
 そうやって女の子は考え続けるの」
「雨降ってきたね...」
彼女は窓辺を見据えながらそう呟く。わたしの話なんてどうでもいいという風な感じで。
わたしもその視線の先をたどる。
「ほんとうだ」
「猫が死んでいるかも」
「そうだね」
「ついでに真っ赤な傘を掲げた女の子もね」
もう一度、夢を見返してみる。
先ほど見た夢を、瞬時に再上映させる。
何でなのか、再生させられた断片的な映像は、先ほど見ただろうものとは異なる。
なんだかごちゃごちゃしていて、鮮明に流れない。
浮かんだものはというと、純白のドレスを纏う人形のような女の子。
教会に独り佇むその女の子の手には、ロザリオの代わりに真っ白な傘が握られている。
彼女がその傘を広げると、弾丸の雨が降り注ぎ全てを破壊し尽くす。しかし、その雨は彼女の真っ白な傘を貫くことはなかった。
雨が止むと、彼女を覆うその傘は真っ赤に染まっていた。
女の子は砕かれた十字架をしばらく眺めると、真っ赤な傘をくるくると回転させながらダンスを踊り始める。


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