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 この御話は、TLモノの話に存在しがちな略奪設定(時代物・現代物を含む)をファンタジック当て馬死亡確定バージョンにした物語。最近流行りの繰り返し繰り返す設定を模した物語。ループしている様で、していない螺旋を落ちて行く物語。断罪される悪役令嬢当て馬は、相も変わらず浮気され、理不尽に断罪される物語。繰り返しをこなす内にヒロインの心が醜悪に歪んで行っていてもエンディングでヒロインが幸せに成って終わる筈だった物語。

 そしてヒロインは、螺旋を落ちながら進んでいる事にも気付かず。断罪の場で優越感を直隠ひたかくし、攻略した攻略対象を従え、悪役令嬢を断罪する楽しみを謳歌する。

 御高いプライドを捨てる事無く、姿勢正しく絞首台に昇った悪役令嬢は[間違った事はしていない]と、求められた謝罪をする事だけはせず、身内に[自らの不甲斐無さ]のみを謝り、吊るし下げられた。
天邪鬼であったが為に素直に成れなかった悪役令嬢は誤解されたまま断頭台に昇り、断頭台の上でも婚約者と浮気相手の不道徳をなじり、首を切り落とされた。
火刑に処された悪役令嬢も気高き姿勢でヒロインに[謝罪する事は無い]と断言し、そのまま焼き殺され、磔刑たっけいにする事に成った悪役令嬢を鞭で打っても槍で突いても、最期までもはりつけられた悪役令嬢がヒロインに対して謝罪を口にする事は無かった。

(残念…もっと恥辱に塗れた惨めな顔を見せてくれても良かったのに……)
(貴族の令嬢ってのは、這い蹲って許しを請うとかできないのかしら?)
繰り返しの中に存在していたヒロインの心の声は誰にも聞き咎められない。

(もっと、面白味の有る表情見せてくれないかしら?)
だからヒロインは、悪役令嬢達に見せ付ける様に攻略対象の腕に縋り付き「罪を認めて謝ってさえくれれば、訴えを取り下げたのに…」と目尻に涙を滲ませて見せ、これ見よがしに攻略対象の腕の中に納まり、悪役令嬢の様子を窺う。案外それで、良い表情を見せてくれる悪役令嬢が居たりするのだ。勿論、それを見て、こっそりとほくそ笑んでいた。

 攻略対象達はそんなヒロインの、何処にあるのか分からない[慈悲深さ]とやらに感動しているけれど、その状態で悪役令嬢が謝罪しても、刑が執行されない何て事が有り得る筈も無い現実。
観客を集めて行われる処刑は、主催者が[見せしめ]のつもりでやっていても、娯楽の少ない世界に置いて、恰好の娯楽イベント。途中で中止しようものなら、基本的に暴動が起きる。民衆が沸き立つ様な余程の事が無い限り、中止は不可能である。平民出身のヒロインは[それ]を理解していながら、自分の慈悲深さを演出する為に涙を流して見せたのだ。
(でも何か、物足りない…、もっと…苦しめたかったな……)

 繰り返しの中でヒロインは時に、憤りに蝕まれ天を仰ぎ涙する悪役令嬢を嘲笑うかの如く、寝取っている現場を悪役令嬢に見せ付け、悪役令嬢にだけ聞こえる様に小声で挑発し、品性をかなぐり捨てて激怒する悪役令嬢が繰り出す平手打ちを故意に受けて吹き飛んだかの様に地面へへたり込み泣いて見せ、悪役令嬢の婚約者に悪役令嬢を切り殺させてみた。
時に、自己顕示欲を上手に刺激され甘いだけの言葉に骨抜きに成った攻略対象を上手に操り、[悪役令嬢が自分ヒロインを毒殺しようとしている]と信じ込ませ、ヒロインは自分で自分の口にする予定のモノに毒を入れ、最終、攻略対象が自らの婚約者である無実の悪役令嬢に服毒を強要させる様に仕向け、服毒死させるブームに嵌り、暫くは多種多様な毒薬を試して楽しんだ。
(ん~…これはこれで面白かったけど…、御披露目する処刑イベントの方が周囲と分かち合えた感があって楽しかったかも?)
悪役令嬢を毒で死なせず、後遺症に苦しむ姿を楽しんでから処刑する事も楽しんだが、ヒロインの欲求は、それだけで満たせない。

 それもこれも、繰り返しの始まるのが貴族に引き取られる前の過酷な幼少期である事と、学園に入るなり簡単に攻略できてしまう攻略対象達の所為。何かしらにフラストレーションが溜まってしまったらしい。

 そもそも…、上位貴族や高位貴族に無礼を働いて賠償金請求されたり家が取り潰しに成る危険を考え…下級貴族なら尚更…、平民を養女として引き取って学校に通わせるならば…必要最低限の貴族教育を施さない訳が無いのに…、高位貴族である攻略対象達が持つ元平民の下級貴族ヒロインのイメージは、ヒロインが必死に学んだ事を嘲笑うかの様な…貴族の常識を知らなくても仕方が無い…と言うモノ……。無自覚にヒロインを馬鹿にしている攻略対象にも、ヒロインは腹を立てていた。

(無知で馬鹿な子ほどカワイイって馬鹿にするにも程があるでしょ?婚約者の前でそう言う演技ができない悪役令嬢も馬鹿ばっかだけど!ホント、馬鹿にしてる)
繰り返し繰り返す内に彼等、攻略対象はヒロインの駒であり、それ以上でも以下でも無く成って行く。
(オマエ等も、一緒に不幸に成れば良いのに…)

 ヒロインは記憶を引き継いだ2度目以降の繰り返しから、貴族の常識を学ぶのは引き取り先がある程度納得する程度の程々にして、自然体を装い。元平民だから貴族のモラルは知らないと言う振りをして、攻略対象やそれ以外の使える男達との距離を詰め、服の裾を引き、見計らって袖を引っ張り、雰囲気を見て腕に触れ、慣れ親しんだら肩や体に触れて対象を最短で攻略して行く事にした。

 箱入りで品行方正を求められる若い男程、無邪気を演じた女に焦らされれば興味を引かれ、背徳感を感じさせる[二人だけの秘密]で射止めやすく、快楽にとても素直で、性欲に着火した炎は消え辛く歯止めが利かなく成って執着を強めて行く。
(顔だけは良いけど駄犬が過ぎるでしょ?悪役令嬢は攻略対象の何処が好きなんだろう?)
ヒロインは一瞬、悪役令嬢を気の毒に思ったけど、生まれてからずっと領地から吸い上げる平民から奪った税金で良い暮らしをしてきたであろう悪役令嬢達に慈悲を与える気には成れなかった。

 それからも[貴族としての気品を感じない]とヒロインを小馬鹿にし笑った者達の品の無さを嘲笑い。攻略した高位貴族の権限で、ヒロインは自分より高位の貴族を陥れて楽しんだ。
繰り返しを重ねる毎に、遣り口が巧妙化し、遣っている事も酷く醜悪に成って行く。幾多無数の冤罪が発生したが、攻略対象が気付かずに断罪してくれるのでヒロインは喜んで受け入れた。

 但し、そんな繰り返しの物語は、王子との結婚式後にエンディングを迎え、過酷な幼少期へと巻き戻されてしまう。
「何で、私がこんな目に遭わなきゃいけないのさ!」
ヒロインの声は誰にも届かないし、理解しても貰えない。
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