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003

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 さぁ、始めよう。初心な振りして、可憐な振りして、高貴な振りして…、汚れてなんかいない振りして……。
攻略対象達を最短で篭絡しよう。焦らし競争心を煽り、執着させて落そう。悪役令嬢の婚約者の心を奪たのなら、悪役令嬢に悪い噂を流し、悪役令嬢を陥れて楽しもう。

 皆、最初はヒロインを楽しませてくれた。
けれど繰り返し繰り返す内に、スラムの男達と攻略対象達が類似品に見えて来る。攻略対象は入れ物が奇麗なだけのケダモノ・・・・にしか思えなく成ってしまう。(汚いより、綺麗な方がまだマシなんだけどね)
繰り返し繰り返す内に、高位貴族である悪役令嬢達と平民との違いが見えて来た。(まぁ、平民の方が陥れた時、色々な表情を見せてくれるのだけれども)でもやっぱり、一度で良いから、悪役令嬢達の屈辱に満ちた顔が見てみたい。(澄ました顔で死んでもらっても、面白味が無いのよね、私は悪役令嬢達の普段見せない、見せられない顔が見たいのよ)ヒロインの欲求不満が積もり行く。

 そんなヒロインの傍らでも、ヒロインの父親の執事である年嵩の小綺麗な男は優しそうな笑みを湛えていた。けれども、そんな人物が、最初の繰り返しの記憶の中に存在していたであろうか?
今も、ヒロインの父親・・の執事である年嵩の小綺麗な男は、見守る様な優しい眼差しをヒロインに向けている。

 耳障りの良い甘言。自覚無き強欲さが、内から滲み出る清純さに映る。恋に溺れた愚かな攻略対象達を篭絡する場面ですら、ヒロインの父親・・の執事である年嵩の小綺麗な男はヒロインに手を貸し態度を変える事は無かった。


 最近流行りの繰り返し繰り返す設定を模した物語。ループしている様でしていない物語。断罪される悪役令嬢当て馬は、相も変わらず浮気され、理不尽に断罪される物語。
繰り返しをこなす内に醜悪に成って行っていてもエンディングでヒロインが幸せに成って終わって来た物語。

 数えきれない程に冤罪で悪役令嬢が断罪され、ヒロインが幸せに成ると言う設定で終わるエンディング。
今回は何故か、王子との結婚式後には今迄とは打って変わり、初夜の為の準備が慌ただしく行われていた。
「ループが起きない?何で?今までだったら…何時も……」
驚くヒロインに、ヒロインの父親の執事であるの年嵩の小綺麗な男が「如何致しましたか?御嬢様?」と優しく微笑み掛ける。これは、オカシナ話だ。

 ここでやっとヒロインは[何故にこの男が・・・・この場に存在するのだろうか?]と言う疑問に辿り着く。が、ヒロインの声は出なかった。ヒロインが声を上げる事は出来なかった。
年嵩の小綺麗な男は幽霊かの如く、支度に奔走するメイド達に気付かれる事無く、存在する事を知られる事も無く「あ、そうそう、如何します?初夜が初夜でない何て一大事ですよ?御嬢様の御相手は王子様なんですから、バレたらとぉ~んでもない事に成ってしまいますね?」と笑っていた。

 確かに、これは確実に困った事に成る。事前の確認は王子が断固拒否した為、スルー出来たが王子様との本番ではそう言う訳にもいかない。

 最近の繰り返しでは、箱入りが過ぎて夜伽教育を受ける事すら拒絶している潔癖症の王子様を悪役令嬢から寝取ってはいなかったのだ。
何と言うか、王子様は自己顕示欲が強く、人生で挫折を知らず。忖度されている事も気付かない人種で、何でも最初から上手にできると思い込み過ぎている所為で、ビックリする程に下手糞で、ソレから逃げていた感もある。

 それにしても、ヒロインは今回、本気で困り果てる。何時も結婚式後の最初の夜伽の前にループしていたので誤魔化す準備が出来ていない。これから準備する事も難しいだろう。メイド達の監視の目が多過ぎる。
年嵩の小綺麗な男に目を向けると「そう言う御手伝いは出来ませんよ?神聖な儀式ですしね」と笑って答えるだけだった。

 ヒロインは本当に久し振りに本気で神に願う。
年嵩の小綺麗な男は「性根から清純な乙女ではないアナタを神が助けてくれる訳が無いでしょ?」と噴き出すように笑い出し「手段を私任せにして構わず、どんな形に成っても良いのなら、神聖な儀式を受けなくて良い様にはできますよ?」と言った。

 どうしようもなくてヒロインは、そんな明らかに親切そうな振り・・をしているだけの・・・年嵩の小綺麗な男に差し伸べられた手を取る。コレは密かにヒロインの母親が選んだのと同じ類の悪手である。
ヒロインが掴んだ手を見て年嵩の小綺麗な男は当然の事だと言わんばかりに何度も頷き「君の中に眠る梅の花の種を芽吹かせ、花を咲かせてあげましょう」と言って、ヒロインの腕や首筋、胸・背中等に真っ赤な花を咲かせ「綺麗に咲きましたね、御似合いですよ」と言って姿を消した。

 結果、赤い花を見たメイドが悲鳴を上げ、城の兵士が花嫁の支度部屋に乱入。口止めが不可能な程に目撃者を残し、ヒロインは特別な修道院へと身柄を移され、ヒロインの周囲を囲っていた攻略対象達も全員が軟禁される事と成った。

 そんな事があった後の月夜の晩。ヒロインは年嵩の小綺麗な男と再会する。
治療と言う名の実験でボロボロに成った体を引きずり、鉄格子から吹き抜けに成った薄暗い塔の中央、下の階を見下ろすと、地面にポツンと真っ黒な人影。見上げてみれば、向かいの廃棄前の検体が集められた檻の中に手を突っ込み作業する翼を生やした年嵩で小綺麗な男の姿。彼はまるで木の実や草の実でも摘み取っているみたいな御様子で人の手を取り人の魂を引き摺り出して摘み取り、腕に掛けた籐の籠に集めていた。

 そんな男の楽し気な様子に何となく腹が立ち、ヒロインが怒り任せに悪態を突き、酷く罵倒すると年嵩の小綺麗な男は変わらぬ笑顔で振り返り「酷い言い掛かりですね」と言い、少し考えて「そうだ、何時か花の実が実ったら、対価を貰いに来ますね」とだけ言って、ヒロインの言い分は聞かずに、また勝手に何処かへ消えてしまった。

 その後の何十年も経過した後、検体生活終盤。ヒロインの身体に椿の実の様な腫瘍ができて、やっと迎えが来た。
昔と全くと言って良い程に変わらぬ姿。当時、年嵩に見えた小綺麗な男の姿は、今のヒロインよりもずっと若い。こんな見目の良い男に殺されるなら、最終的に本望だ。と思って男に手を伸ばしたら、他の者の手は取るのにヒロインの手だけは払いのけられた。

 ヒロインが驚いていると小綺麗な男は「申し訳ない、これは身持ちの硬い御令嬢達からの願いなんですよ」と昔と変わらぬ笑顔で「地獄に落ちて下級の悪魔にでも食われて消えちゃってください」と言って、ヒロインを床に現れた大きな口に蹴り落としてしまった。
暫くすると、人の感情のよどみを集めた様な生暖かい空気と塔に吹き込んだ風が、悲鳴の様な声を上げ、木枯らしを吹かせ、ヒロインに会いに来た男と付添いの役人達を出迎えて歓迎する。


 最初から誰も居なかったかの様な、ヒロインが不在と成った檻の前、最後までヒロインを信じた愚かな男は、脱獄と言う冤罪を掛けられたヒロインに[裏切られ続けていた]と、事実間違っていないが少しだけ勘違いした。

 こうしてヒロインを信じ続けた愚かな男は、誰かがヒロインを何時の間にか独り占めしていたと勘違いし、剣を携え、脱獄したヒロインの消息を求め、自分以外の攻略対象の元へと向かう。
これで、時を経て他の者と幸せに成った他の攻略対象達への復讐も成るだろう。

 最終的に[攻略対象に断罪させる質の悪いヒロインは…]長く苦痛を与えられた後に冤罪を掛けられ、ヒロインの手を取って悪役令嬢達を冤罪で断罪した攻略対象達も、やっと冤罪や重い罪で断罪され終わった。

 エンディングが終わった後の終わりの終わり「さて、次は、誰の願いを叶えてあげようかな?」小綺麗な男は、一人静かにほくそ笑んでいた。

・・・END・・・
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