白銀のラストリゾート

不労つぴ

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第13話:沈黙

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「おっ、やっと帰ってきたのかマグレ君」

 琥珀は帰ってきたオビトに目線を合わせず言う。相変わらず二人は表情だけの笑い合いを演じていた。

「その子はソラの知り合い?」

 オビトと陽菜の目が合う。オビトは陽菜に対して「あっ、どうも」と軽く頭を下げる。

「えっーとね……この子は僕の――」

 蒼空はオビトに陽菜のことを紹介しようとするが、陽菜は蒼空の言葉を遮って話し始める。

「君は真昏帯人君だよね! 初めまして。 私、ソラくんの幼馴染の七草陽菜っていいます。そーちゃんがいつもお世話になっています」
 と言って、陽菜はオビトにお辞儀を返した。

「いえいえ、こちらこそ。僕もソラくんには助けられてばかりですよ」

 オビトの一人称は基本的に”オレ”だが、目上の人や初対面の相手と喋る際の一人称は”僕”だった。

「ところで、マグレ君たちはこれからどこに行くの?」

「そういうのは部長であるこの私に聞くべきじゃないかい? ナナクサさん」

「あぁ、すみません。忘れていました。今度から気をつけますね」

 琥珀も陽菜も両者とも一步も引かず、顔だけ笑い合っている。

「なんでバチッてるんだよこの二人……さては、ソラ。お前が原因か?」

 オビトは蒼空の近くに来て、こっそり耳打ちをする。

「さぁ……? 僕にも何が何だか」

「まぁ、後でちゃんと教えろよ」

 そう言うと、オビトは琥珀と陽菜の間に割って入った。

「なんで喧嘩してるのか分からないですけど、もうやめましょう」

「喧嘩などしてないさ。ただ楽しくおしゃべりしているだけだよ。ねぇ、ナナクサさん?」

「部長さんの言うとおりですよ、マグレ君。私達、喧嘩はしてません」

 仲裁しても臨戦態勢を崩さない二人の様子を見てオビトは大きくため息をついた。

「一応怪我人がいるんですから、控えてくださいよ……」

「怪我人?」

 陽菜が不思議そうに尋ねる。

「あぁ、ソラがちょっと色々あって右手を怪我しちゃって……」

「それ本当!? 大丈夫、そーちゃん!?」

 陽菜が物凄い勢いで蒼空に駆け寄る。包帯で巻かれた蒼空の右手を見て、陽菜は悲しそうな顔をする。

「酷い……なんでこんなことに」

「おやおや、今の今まで気づかなかったのかい? 幼馴染なのに?」

「部長!」

 オビトは琥珀をたしなめるが、琥珀は知らぬ存ぜぬといった顔だった。
 オビトは「駄目だこりゃ」と小さく呟いた。

「そーちゃん大丈夫?」

 陽菜は心配そうに蒼空に尋ねる。

「あぁうん、大丈夫だよ。僕の不注意でちょっと怪我しただけでちゃんと部長にも手当してもらったし」

「別にソラのせいじゃないだろ……悪いのは全てアイツだ」

「アイツ……?」

 オビトは事情を知らない陽菜に説明を始めた。

「確か、御堂って名前だったかな。そいつがストラップを落として、ソラがそれを拾ったんだけど、御堂はソラの手を蹴り上げて踏んづけしやがったんだ。あっ、これがそのストラップ」

 そう言って、オビトは御堂の持っていたうさぎのストラップを取り出した。

「マグレ君、いつの間に回収してきたんだい? そんなものさっさとゴミ箱にでも捨てればいいじゃないか」

 琥珀はオビトに呆れたような視線を送る。

「誰も拾ってなかったんで、なんか可哀想になっちゃって……持ち主に非はあっても、持ち物に非は無いですよ。出来ることなら持ち主の元に返してあげたいですけど……」

 オビトはうさぎのストラップを手に持ちながら少し悲しそうに笑う。

「マグレ君は甘いねぇ……」

 琥珀は相変わらずオビトの行動が理解できないようだったが、嬉しそうにふふっ、と微笑む。

 蒼空はふと、陽菜の方に顔を向ける。

 陽菜の表情は能面のように静かなものだったが、瞳もいつもの穏やかなものではなく、その奥深くで燃えるような猛烈な怒りが渦巻いているようだった。

 ――彼女がここまで怒っている姿はこれまで見たことがない。

 蒼空が陽菜の変化に驚いていると、陽菜を表情をそのまま変えずに喋りだした。しかし、その声色はとても冷たかった。

「御堂さんは……なんで、そんなことをしたんですか?」

 オビトは蒼空に目配せをする。おそらく、話していいかどうかの確認するためだろう。

 ――相変わらず気づかいのできる男だな。
 蒼空はそう思いながら首を縦に振り、了承の意を伝える。

「…………”呪いの子”だから……ってさ。ソラは呪われてなんかいないのにな」

 オビトから話を聞いた陽菜は、俯いて拳を握りしめ、全身が少し震えていた。
 その場に重苦しい雰囲気が流れ、沈黙が場を支配する。蒼空も自分がどうにかすべきだということは分かっていたが、何を言えばいいのか分からなかった。オビトも陽菜に何と声をかければいいのか戸惑っているようだった。

「まぁまぁ、みんな辛気くさい顔しないでよ。こんな雰囲気だと飲んでるおしるこが不味くなるじゃないか」

 重苦しい沈黙を破ったのは琥珀だった。彼女は3本目のおしるこを勢いよく流し込んでいるところだった。

「これはもう終わったことだ。これから考えるべきは、彼女にどう報復するかってことだよ……そういえば、マグレ君がタカナシ君の腕を蹴り飛ばした女の子相手に魂の演説をする動画あるんだが……ナナクサさんも見るかい?」

「ちょっ、部長!?」

 オビトは件の動画が余程恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。琥珀も陽菜の様子を見て何か思うところでもあったのか、これ以上煽ったりするつもりはないようだった。

「部長」

 ソラは琥珀を呼び止める。

「何から何まですみません」
「はて、何のことやら。私はああいう重苦しいのが大嫌いなだけだよ……さて、マグレ君の友情演説を再生するとしよう!」

 琥珀は嬉しそうにスマホを取り出した。
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