王子と姫の恋愛攻防

香月しを

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王子・二



「俺は、どうしたらいいんだろう?」

 姫野のトラウマの話を聞き、先ほどの自分の態度を後悔していた。めぐタンのこととなると、本当に俺は正気を保てなくなるのだ。可愛い可愛いアイドル。素直じゃなくて、ツンツンしているのに、実はこちらに構って欲しがるツンデレ少女。中学で、誰にも相手にされなかった俺を慰めてくれたのは、めぐタンだけだった。めぐタンだけが、画面の向こうから、俺に頑張れって言ってくれていた。この学校に入ったのだって、授業料等全額負担してもらえるという特待生の制度を知ったからだ。浮いた金で、めぐタンのグッズを買ったり、コンサートチケットを買ったりするためだ。

「どうもしなくていいのよ。今言ってたルールさえ守ればいいってしずかも言ってたじゃない」
「いや、だが、俺は、姫野にかなり乱暴なことを……」
「べつに、傷ついちゃいないわよ? あの子、襲われるのには慣れっこなんだから」
「慣れっこって!」
「そりゃ恐怖は覚えるわよ? だって小さい頃、あんな目にあったんだもの。けど、それだけよ。誰かとお風呂に入るのが嫌なの。他人の精液とかが自分につくのが嫌なの。自分からは触れるけど、誰かに触られるのが嫌なのよ。けど、大雑把だから、さっきだって平気でホットパンツなんて穿いてたじゃない。本当に怖がってたら、あんな格好できないものよ?」
「大雑把」
「やられっぱなしで、悲鳴をあげる事が唯一の抵抗だった小学生は、もういないのよ。あの子は、強くなった。それなりに喧嘩に強い男達を、一人で全員半殺しに出来るくらいにね」
「たしかに、こんなに殴られたのは久しぶりだ。自分はもっと強いと思っていたんだが」
「でしょ? まあ反省したなら、あの危なっかしい姫の騎士にでもなってあげればいいんじゃなぁい?」
 会長は、嬉しそうに笑った。そのまま、頬を上気させると、いい話が書けそうだと言いながら、部屋を出て行った。その後ろを、同じような顔をした委員長がついていく。俺と姫野のやりとりを見ていて悶絶していた二人だ。明日は、イントラを検索しなければ。俺の名前を見つけたら、すぐに削除依頼をしよう。

 姫野の部屋の扉を見る。物音ひとつしない部屋だ。あれほど騒がしい人間がいる部屋だというのに、不思議なものだ。
 可哀想な事をしたと思う。会長はああ言ったが、俺は、姫野の心の傷を抉ったのだ。ノックもせずに他人の部屋の扉を開けた姫野も悪い。だが、俺は、もっと悪かった。通路には、無理に脱がせた部屋着が落ちたままになっていた。ファンクラブ限定販売で、一瞬で売り切れた商品だ。べつに俺が着るわけではない。手元に持っていたかっただけだ。ゆっくりとそれに近付き、綺麗にたたんで胸に抱く。あれほど欲しい品物だったのに、今は、胸の痛みしか感じられなかった。

「姫野」
 ノックをした。返事は無かった。もう一度呼ぶ。足音が近付いてきた。
「なんだよ」
「さっきはすまなかった。これ」
 白い部屋着を差し出した。姫野は眉間に皺を寄せて、それを睨み付け、そして俺を見た。
「いらねぇ」
「いや、いらないって……」
「てめぇにやるよ」
「は? 俺に? なんで?」
「だって、欲しかったんだろ? 欲しかった奴が持ってた方がいいじゃん。俺はべつにそんなもん欲しくねぇし」
「あんなに怒ったのに?」
「いや、いきなり着てるもんを脱げとか言われて、無理矢理脱がされたからだろ」
「それに、金子達に貰ったものなのに、俺に渡したりしたら……」
「あッ! そうか。それちょっと貸せ。着替える」
「え?」
 姫野は俺の手から部屋着を引っ手繰り、それを床に落すと、自分の着ていたTシャツを脱いだ。そのまま、短パンもおろし、先ほどのようにパンツ一丁になった。
「いや~、言ってもらえて助かったわ」
「は? え? おい?」
 そして、めぐタンの限定部屋着を持ち上げ、再び身に着けた。どうしても警戒してしまうなどと言ってはいなかったか。目の前にそれほど親しくない俺がいるのに、簡単に肌を晒して大丈夫なのだろうか。こちらの方が気にしてしまう。
めぐタンが着ていた時は、ふわっとした素材が、めぐタンの可愛さを強調していたのだが、姫野は違った。なんというか、姫野にそういう感情を持ち合わせていない俺でも、エロく感じる。似合ってはいるのだ。ただ、見てはいけないものを見ているような気持ちになる。困惑していると、スマートフォンを手渡された。
「ほい、撮ってくれ」
「え?」
「何枚か、撮影してくれっての。金子と筆本にこの姿を見てもらんだからよ」
 そう言いながら、いつもの笑顔を作り、気を付けをする。まさか、その状態の自分を撮れと言っているのだろうか。ドルオタの血が騒いだ。
「…………ポーズは?」
「は? ポーズ? 必要ねぇだろ。あいつらに、ちゃんとこれを着たってのを報告するだけなんだから」
「ふざけるな!! この俺に写真撮影を頼んでおいて、そんな適当な感じに済ますつもりか!?」
「ええ? な、なんだよ」
 めぐタン限定ではあるが、俺は、その世界ではちょっと知られたカメラ小僧なのだ。写真撮影とブログへの掲載が許されているライブなどで、スマートフォンを使って、最高の写真を撮り、ブログにあげる。閲覧数も評価もなかなかで、プロからのスカウトさえ来ていた。しかし、めぐタンしか撮る気になれない俺が、カメラマンのプロになったとして、大成するとは思えないので、断り続けている。
「ベッドに寝転がれ」
「はあ?」
「いいから! 金子と筆本を喜ばせてやりたいんだろ? 俺の言う通りにしろ」
「なん……」
「綺麗に撮ってやるから!」
 ものすごい上から目線だ。しかし、何故か俺は興奮していて、どうしても自分の好きなように姫野の写真を撮ってみたくなっていたのだ。姫野は、こちらの厚意には流されやすい人物とみた。俺に悪意がない事を知っているので、渋々ながら、自室に俺を招き、言われた通りにベッドに仰向けに寝転がった。
「これでいいのかよ?」
「よし、そのままで……うん? なんだこのスマホ、写真アプリを別に入れてないのか? 基本のままなのか?」
「……俺、写真とかあんま撮らねえし」
「使えないな。じゃあ俺ので撮る。あとからそっちに送ればいいな」
 ポケットから自分のスマホをだした。姫野からは特に文句は出なかった。大雑把という事なので、もういちいち反応するのが、面倒になったのかもれない。俺は、ベッドに近付き、真上から姫野の全身がおさまるように一枚撮った。
「ちょ、なんだよ! いきなり撮るな! 顔を作ってなかっただろ!」
「あいつらだって、いつもの人形みたいな顔したお前なんか求めちゃいないよ。普通にしてたって可愛いんだから、変な顔を作るな」
「へ、へ、変な顔!? 俺が!?」
 話しながらも、カシャカシャと撮影していく。姫野は、やめろと言いながら、腕で顔を覆った。身を捩った拍子にセーターが捲れ、臍の辺りが見えてしまう。白い肌だ。きめ細やかな、すべすべしてそうな肌だ。ごくりと自分の喉が鳴る音に、飛び上がるほど驚いた。いかんいかん、俺は何を考えているのだ。俺にはめぐタンだけだ。百歩譲って、可愛い女の子が好きなのだ。決して、ヤンキーあがりの大雑把な男に欲情などしてはならない。臍を見すぎて手が止まってしまっていた。シャッター音がしなくなったのを不審に思った姫野が、顔から腕を退かして俺を見た。いいぞ、その不安気な顔。再び、カシャカシャと撮影を始める。慌てて俺から顔を反らし、小さく丸まりながらうつ伏せになってしまった。小さな尻が、俺の方に向いている。背中の肌が丸見えだ。姫野は、もう少し警戒した方がいい。風呂だけでなく、日常も。俺が悪い奴だったら、姫はそのまま手籠めにされてしまうんですよ、と言ってやりたい。
「姫野、顔出してくれないと、金子達に送る写真が……」
「も、もうやだって! 変な顔とか言うし!」
「変じゃないよ、可愛いよ」
「可愛いとかもっと嫌だろうが!」
「美しいって言われると喜ぶくせに」
「美しいのは事実だからいいんだよ!」
 起き上がり、ベッドの上で胡坐をかいた姫野をすかさず撮影する。もう写真は十分撮れていたが、もう少し違うポーズのものも撮ってみたかった。ベッドから離れ、声をかける。
「抱っこして、みたいにこっちに両手を突き出す格好してくれないか?」
「バッカじゃねえの!? 誰がするか! 阿呆!」
「…………金子も筆本も、喜ぶと思うけどなあ」
「…………」
 あの二人の事は、本当に気に入っているのだろう。拗ねたような顔をして、両手を出してくる。その顔もとても可愛らしかったが、他の顔も見てみたかった。
「そういえば、なんで本性を隠してるんだ? 本来の姫野を出せば、誰にも襲われたりしないんじゃないのか? この学園の中には、お前に不埒なまねをする輩はいないかもしれないが、用心するに越したことはないだろう?」
 話している間も、写真を撮り続ける。
「あー……それは、おとなしくしてる方が何かとお得だからだ。不機嫌そうに命令されるよりは、笑顔でお願いされる方が、誰だって気分がいいだろ? 一郎が俺様キャラを作ってるんだ、俺は、お姫様キャラでいこうかなと思っただけだ」
「なるほど。けど、金子と筆本には、秘密は教えてやらないのか? 近しい間柄なんだろ?」
「金子と筆本は、俺を無条件で甘やかしてくれるからな。俺の心の両親なんだ。だから、可愛くないところを見せて嫌われたくない」
 心の両親ときた。突っ込むところは色々あるが、二人に嫌われる事を恐れているのは、演技では無さそうだ。あの二人の溺愛っぷりなら、どんな姫野でも受け入れてくれそうだが、無責任な発言は控えた。
「大好きなんだな」
「ああ。俺もあの二人には、無条件に甘えたい」
 姫野が、ふわりと笑った。なんて可愛らしい笑顔なのだろう。俺は夢中で写真を撮った。

 ラインで友達登録をして、姫野に撮った写真の中から厳選して五枚ほどを送信した。どれも傑作だ。姫野の美しさと可愛さとエロさを存分に取り入れた、最高の出来だ。姫野は、早速その五枚全てを生徒会のグループラインに送信していた。今日はもう寝る、という素っ気無いメッセージとともにだ。
「じゃあ、俺も寝るから」
「おう、ありがとな。あッ、待て待て、肝心な事を忘れた」
「なんだ?」
 白い物体が、ぱさぱさと床に落ちて行く。そこには、再び、パンツ一丁になった姫野。のんびりと足元の衣装を取り、俺に差し出してくる。脱いだままの状態のそれは、裏表が逆だった。ああ、本当に大雑把だな。そして無防備だ。新たに先程着ていたTシャツを着るでもなく。そのまま首を傾げている。なかなか受け取らない俺を不思議に思っているのだろう。
「早く受け取れ」
「…………本当に要らないのか?」
「要らない。それに、写真を撮ってくれた礼だ」
「わかった」
 衣装を受け取り、部屋を出る。扉の所に落ちていたTシャツと短パンを拾って、手渡すと、姫野がニヤリと笑う。
「精液ついた枕を擦り付けられた時には、とんでもねぇクソ野郎と同室になっちまったと思ったけど、お前、そんなに悪い奴じゃないな」
「……あれは、お前が悪いんだからな」
「わかってるよ。まあ、これからもよろしく」
「……こちらこそ」
 ぱたりと扉を閉めた。その瞬間、体の妙な違和感に襲われた。熱い。息苦しい。姫野の前で、よくも感情を出さずにいられたものだ。

 参った。なんて可愛いんだろう。

 元々、他の生徒よりは気にかけていたのだ。同じ生徒会でも、生徒会長や会計を見ても、俺はあまりこちらからは声をかける事がなかった。姫野だけだ。姫野にだけ、声をかけていた。美しいと思っていたのも、姫野の事だけだ。他にも綺麗と言われている生徒はいる。実際、姫野よりも女性らしく、大人っぽい生徒だっているのだ。だが、美しいと思う相手は、姫野だけだった。それが、特に重大な事だとは気付いていなかったのだ。

 自室へ戻り、ベッドに腰掛けた。手に持っていた衣装に顔を埋める。甘い香りがした。姫野の香りだ。すでに、この白いふわふわは、めぐタンのものではなく、姫野が着て脱いだものという認識に変わっていた。スウハアと呼吸を繰り返す。自分が変態なのは、既に自覚している。いつもと相手が違っているだけだ。
 スマートフォンを開いた。写真フォルダに、新しく姫野という名のフォルダを作った。さっき撮影した写真を全てぶち込む。失敗作も、俺は保存しておく派だ。姫野フォルダ内の写真の枚数は、250枚になった。それを一枚一枚眺めながら、姫野の脱いだ衣装の匂いを嗅ぐ。隣でもう眠っているだろう姫野は、俺がこんな事をしているとは露程も思っていないだろう。大丈夫、襲ったりしない。俺は、見守るタイプの男だ。勿論、ストーカーなどは論外。遠くから、騎士のように姫を守ろう。俺には靡かない相手だ。

「ごめん、めぐタン。でも、君を嫌いになんかならないよ。これからも、ずっと応援するからね!」

 めぐタンの抱き枕は、どこか悲しそうに見えた。


(つづく)
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