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王子・三
「特待生の条件を、変更します」
開口一番、笑顔で言われた。
「はあ」
「貴方は、入学当初から、他の男子生徒達に言い寄られ、迷惑していたと思います」
「そうですね。俺は、ゲイではないので、何の興味もない同性から抱いてくれと言われても、迷惑です」
「多数の男子から言い寄られ、今までよく耐えてくれました。でも、これからは、条件が変わりますので、王子のように振る舞わなくても大丈夫。告白されて嫌だと思ったら、情け容赦なくぶった切っちゃってちょうだい? まあ、今までも告白してきた相手には冷たい態度を取っていたようではあるけれど」
理事長は、キリリとした顔で、物騒な事を言い出した。たしかに、今までは無駄に爽やか笑顔を振りまいていた俺だ。ウザいと思っている生徒達に余計好かれるような態度をとらなくていいのは助かる。だが、そうなると、新しい条件が気になった。
「あの、理事長、新しい条件とは……」
「ああ、簡単な事よ。王子君には、日誌のような感じで、その日にあった事を、私に報告していただきます」
「…………それだけですか?」
「ええ、それだけですよ。ただし、内容は、姫野しずかとのラブラブ日誌でお願いします」
「は?」
姫野とのラブラブ日誌。書けるものなら書きたいが、そもそも俺と姫野はそういう関係ではない。俺の方で勝手に恋に落ちてしまっただけで、向こうにはそんなつもりは欠片もないのだ。
「同室の、しずかちゃんとのラブラブ日誌よ。理解した?」
「いやいやいや、理解できるわけがない!」
「あら、どうして? 好きでしょ? 昨夜、サクっと惚れちゃったでしょ?」
どこまで知られているのだろう。全部屋に隠しカメラや隠しマイクが仕込まれているのではなかろうか。ゾクリとする。とぼけた顔で俺を見上げてくる理事長に、恐怖を抱いた。
「か……仮に、俺が姫野に恋心を抱いていたとしても、彼は俺を好きになったりしませんよ。そういう相手を同室に選んだのですから」
俺の言葉を聞いた理事長は、目を瞬かせた後、何もかもお見通しよとでも言いたげにニヤリと笑った。
「は~ん、好きになった事がバレたらお別れ、みたいなね。いいわねそういうの! 拗れ話大好き!」
「いや、だから……」
「愛を育んでいく過程とか、片思いを拗らせてるのとか、そういうの大好物なの! いいわ、まだラブラブ日誌が無理ということなら、貴方の、片思い日記にしましょう!」
「……しましょうって……」
「二人がくっつくまでは、我が愚息達の、ねつ造小説でも読んで待ってるから! まああの子もそれなりに優秀ですからね、萌えエピソードを交えて話書いてくるんでしょうね。ふふ、楽しみ」
「あの、理事長……」
「まあそういうわけだから! 毎日報告、忘れないでね。あ、しずかちゃんとセックスしながらは報告できないだろうから、そういう日は免除してあげる~」
「する予定ありませんし!!」
楽しそうな理事長を尻目に、廊下へ出た。今日はこのまま授業を受けずに部屋へ戻ろう。生徒会と同じで、特待生として優秀な俺は、授業を免除してもらえる事が少なからずあるのだ。
「あれ? 王子?」
部屋に戻ると、姫野がいた。エアコンをガンガンきかせた部屋で、昨日とは違うTシャツ短パン姿でタオルにくるまっている。
「姫野もサボりか?」
「サボりというか……この顔じゃ、行かない方がいいかなって」
タオルがずれると、殴られた痕のある顔が出てきた。口の端が切れている。あちこち腫れあがり、目の周りなど紫色になっていた。
「どうしたんだそれ!」
「……一郎と喧嘩した」
「会長と? 普段あんなに仲がいいのに?」
「俺達が喧嘩を始めたら、誰にも止められないぞ。喧嘩に疲れて互いが倒れるまで殴り合う」
「馬鹿じゃないのか」
姫野の座っているソファに駆け寄り、隣に腰掛けた。手を伸ばし、顔をそっと撫でる。痛みがあるのか、きゅっと目を瞑った顔が、余計に痛々しい。今朝、マヨネーズがついているからと拭った口の端は、赤黒くなっている。親指でなぞるとまだ傷が新しいからなのか、血が滲んできた。
「痛ッ!」
「悪い」
「なんで傷を触るかな」
「だからごめんって。手当てしようか」
「手当てなんていらねぇよ。こんなの舐めときゃ治る」
「なにそれ、俺がその傷を舐める流れなのか?」
「ば……ッ! 違うし! ばーか! ばっかじゃねえの!!」
真っ赤な顔をして俺から距離をおく。可愛らしい反応ではあるが、相手にその気がないのはわかっている。勘違いしないように自分を律し、少し凹んだ気持ちを和らげるよう、深呼吸を繰り返した。これまで、同性相手によく抱くだの抱かれるだの騒げるなと呆れていたが、自分が同じ立場になると、冷たく振ってきた生徒達への罪悪感が半端ない。
「姫野」
「なんだよ」
「シャワーあびてくる」
「あ。ああ」
「その顔、冷やすか何かしておいた方がいいぞ。明日はもっと腫れる」
「げー。金子達になんて説明するかなー」
困ったように寄せられた眉に笑う。二度三度頭を撫で、俺は腰をあげた。ゆっくりと浴室に向かう後ろから、息を呑む気配がする。振り返ると、俺が撫でた頭を押さえて目を丸くしている姫野と目が合った。
「あ、そうか」
「や、その……」
「また触ってしまったな。悪い」
近くにいると、つい触れてしまう。無意識なのだ。誰かに触れたいと思う事など、今まで無かったというのに、これはもう、末期症状だ。俺からは触らないようにしなければ。常に意識する事を誓う。
不埒な事を考えそうになって火照り出した身体をなんとかしようと、冷たい水のシャワーを浴びた。冷静になって考える。朝、姫野は俺に触られるのはなんとも思わないような事を言っていた。つまり、俺を『受の人』と考えているという事だ。なのに、その逆で、俺の事は攻としか思えないとも言っていた。つまり、どういう事だろう。俺は、姫野のテリトリーに入れてもらえたという事なのだろうか。姉田会長の事は平気だという。俺も、あの人と同じ場所まで行けたという事だろうか。自分にとって、性的に安全な相手が条件というなら、今後、俺は姫野の恋愛対象には絶対になれないという事だ。見守ると決めたのだから、それで良いのだけれど、いざ突きつけられると、割と凹む。
考え事をしながら冷たいシャワーを浴びていたので、気が付くと鏡に映る自分の顔は、唇が紫色になり、真っ白だった。
「うわ! お前、なんだよその顔!」
俺よりも酷い顔をしている姫野が、驚いて駆け寄ってくる。部屋着を着ても、体の冷たさは消えなかった。伸ばされてきた両手が俺の頬を包む。とても温かい。
「気持ちいい」
「なんでこんなに冷え切ってんだ! 熱いシャワーを浴びなおしてこいよ!」
「面倒くさい」
「はぁ!? お前、いい加減にしろよ!」
ぎゅっと抱きついてくる。驚きに固まっている俺の胸に、姫野が頬擦りをしている。
「え……何これ。夢か?」
「夢じゃねえ! あっためてやってんだ!」
「いやいやいや、おかしいだろ。なんでくっついてんの」
「ふあ!」
自分でもおかしな事をしていると、今気付いたのだろう。姫野は変な声を出したまま、固まってしまった。胸の中の体が、一気に熱くなる。ふわふわと小刻みに揺れ出した髪から見える項が、真っ赤に染まっていく。
「ひ…………姫野……?」
「う、う、う、うるせええええ!!」
顎に衝撃が走った。そのまま後ろに倒れ込む俺を跨ぐように立った姫野が、拳を握り締めて涙目になっている。殴られた事に気付いたのは、それからだ。
「いてて……何をする……」
「ば……ばぁか! ばーかばーか! ばああああか!!」
「ええーー」
馬鹿しか罵る言葉がないって、なんて可愛さ。などと悶えている間に、姫野は自室に逃げてしまった。顎を擦りながら起き上がり、姫野の部屋をノックするが、返事はない。ちゃんと顔を冷やすんだぞと声をかけ、自分も自室へ引っ込んだ。
たまにはのんびり昼寝でもしよう。若い身体はいくらだって睡眠をとれるもので、ベッドに入り、夏掛けを腹にのせると、すぐに意識を手放した。
次に目覚めたのは、窓の外で大きな音が鳴り響いた時だ。夏の風物詩。時計を見ると、午後三時。だいぶ眠ってしまっていたようだ。ピカリと光ったと思ったら、どどんと大きな音がする。地響きもあり、結構近い。のそりとベッドから降りて電気をつける。部屋の外で、誰かの呻き声が聞こえた。誰かというか、姫野しかここにはいない。何かあったのかと慌てて部屋を飛び出すと、自分の部屋の扉の前で、ぐるぐる回っている姫野がいた。まだ俺に気付いていない。うーうーと唸りながら、険しい顔をして頭を抱え、同じ所をずっとぐるぐる回っていた。何かの儀式だろうか。不思議に思い、声をかけた。
「おい、姫野」
「ひい!」
「え、お前、どうしたの? 何があった?」
「お、王子……や、いやいやいや、なんでもねえ! 俺の事は放っておいてくれ! これは俺の問題であって、お前には関係ないんだから、お前は自分の部屋へ戻れ!」
「…………お前がそう言うなら、戻るけど。何かあったら言ってくれよ。じゃあな」
夏の夜。カチリカチリと音を立てながら、同じところをぐるぐるとまわる蜘蛛のような虫を見た事がある。部屋の扉を閉めながら、それを思い出していた。姫野は、何をしているのだろう。目には怯えが浮かんでいた。何が原因かわからないので、深く踏み込む事ができない。もしかしたら、俺に対して何か怯えているのかもしれないし。
窓を開けた。湿った空気が、部屋に入り込んでくる。バケツをひっくり返したような大雨が降り、遠くの外灯もうっすらとしか見えなかった。再び、空が光った。今度は近くには落ちなかったようだ。雲の上で、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
どかん
部屋の扉が凄まじい音を立てた。なんだと声を出すと、いきなり乱暴に開けられる。そこには、俯いた姫野が立っていた。
「え、姫野……ルールはどうした。ノックをすると……」
「しただろ」
「は?」
まさか、直前の大きな音がノックだったのだろうか。まさかと思いながら首を捻ると、姫野の腕があがった。
「それ!」
俺の後ろの窓を指差している。
「窓?」
「そいつを閉めろ! 今すぐにだ!」
「え、なん……」
その時、眩しいぐらいの光が部屋に入ってきた。それと同時に、どどどどん、という飛び上がるような音。実際、姫野はその場で飛び上がり、俺の胸に飛び込んできた。
「ぎゃああああ!!」
強い力でしがみついてくる姫野の頭を撫でながら、俺は、この可愛い男が、何に怯えていたのか、ようやく理解していた。
(つづく)
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