王子と姫の恋愛攻防

香月しを

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姫・六



「何者なのかはさっぱりわからんが、めぐタンのレイヤーをやっていて、俺に写真を撮って欲しいと言い寄ってくるしつこい相手だ。そんな事よりも、姫野、なんで泣きそうな顔してるんだ?」

 戸惑っているような顔の王子が、俺を覗き込んでくる。この俺が、こんな事くらいで泣くわけがない。
「泣きそうな顔なんてしてねえし!」
「いやいや、ほら、現に、涙が滲んでるじゃないか」
 目の端を王子の指が拭ってくる。きゅん、と胸が鳴った。俺は乙女か。すれ違いBLの主人公か。すれ違いじれじれBLは読みたいのであって、当事者になりたいわけじゃない。しかも、相手がこの朴念仁だなんて。じれじれしたまま最終回を迎えそうじゃないか。
「過保護か」
「姫野にだけな」
「じゃあ聞くけどな、さっきの奴と俺が別方向から同時に呼んだら、どっちを取る?」
「姫野に決まってるな」
 即答だった。
「名前で呼ばせるくらい仲がいいのに?」
「あれは、あっちが勝手に名前で呼んできてるだけで……」
「だったら、勝手に名前で呼ぶなって言えばいいじゃねえか。めぐタンに似てるから、甘くしてんじゃねーの?」
「めぐタンに? ひとつも似てないだろ。似せようとはしてるけど。それに、俺は、気に入ってもいない相手を甘やかす程、心が広くないぞ」
 俺には、甘えろと自分から言っていた。気に入られているとは思う。あの横入という転入生がどんなに頼んでも写真を撮ってやらないというのに、俺の事は、隙あらば連写している。そのほとんどを見せてくれた事はないが、王子が楽しそうなので、捨て置いている。
 だから、王子が横入に興味がないのは一目瞭然。だったらやはり、敵はめぐタンのみなのだ。
「ふうん。じゃあ俺のおっぱいと、めぐタンのおっぱいだったら、どっちを触る?」
「は!?」
 珍しく王子が動揺した。しばらく俺の顔を見て固まっていたと思ったら、急に顔を赤くして、ごくりと唾を飲み込んだ。
「おい、どっちを取るんだよ。とっとと言え」
「や……ええ~、おっぱ……ぬぐッ……」
「王子?」
「そんな可愛い口で、そんな破廉恥な事を言うんじゃありません!!」
 大きな手の平で、口を塞がれる。風紀委員をしているだけあって、力強い、ごつごつした手だ。王子の甘いマスクからは、想像もできない。この手の、この指が、今朝は俺の胸を揉みまくっていたのだ。
「破廉恥な事をしたのは、お前の方じゃん。寝ぼけてたから覚えてないかもしれないけどさ、今朝、お前、俺の乳首とかすげぇ弄ってきたし」
「え!!」
「首に吸い付きながら、尻も撫でてきたぜ。本当に、手の早い奴だ」
「し……尻……ッ、くッ……なんと勿体な……あ」
 勿体ない。そう言おうとしたように聞こえた。俺の尻を撫でていた事を憶えていないのが、勿体ない。そういう事だ。言ってしまった王子は、青い顔をして口を押えている。
 もしかして、王子は、そういう意味で俺を好いていてくれているのだろうか。俺の片思いではない? もしかして、めぐタンの事は、とうに追い抜いていた? 王子がよく口にする、『可愛い』という言葉は、俺をからかっているのではなく、本当に可愛いと思っているのか?

「俺の尻、触りたい?」
「…………ぐぐ……」
「首とか、吸い付きたい? チューとかも?」
「……うぐッ……ぐ……」
 王子の手を取った。自分の胸に持って行き、触れさせる。ピクリと動いた指が、自由に動きだして俺の乳首をふにゃりと押してきた。驚いて王子の手から自分の手を離してしまうと、今度は、強めに俺の胸を揉んでくる。はぁはぁと荒い息。ぷくりとたちあがってきた胸の蕾をじっと見つめてくる熱い瞳。今までは、こんな目で見てくる相手が目の前にいたら鳥肌をたててすぐに殴っていたが、王子が相手だと嬉しくさえある。
「……んッ……おう……じ……待っ……ここ、外……」
「うッ……部屋ならいいのか?」
「んんッ……ふぁ……ん、俺の事好きならいい」
「簡単に言う」
「簡単じゃねえけど……俺の事、好き?」
「そ、そういうのは、軽々しく口にするものでは……」
「…………あっそ。じゃあ、部屋でも駄目!」
 胸を弄りまくっている王子の手をピシリと叩く。叱られた犬のような顔をした王子が、じっと俺を見詰めてくるが、ふいと顔を反らしてやった。
「……姫野……駄目、か?」
「俺の事好きな奴にしか触らせない」
「それだけ聞くと、お前の事を好きな男なら、誰にでも触らせるように聞こえるけど……」
 振り向きざまに、殴ってやった。いや、殴ろうとした。俺の拳は、いとも簡単に捕まえられた。手加減など一切していない。それだけ、王子が強い男という事だ。
「そう思うなら、お前はクソだ」
 酷くかすれた低い声が出た。そういえば、昔は、こんな声ばかり出していたような気がする。いつも腹の中にあったのは怒り。腹が立って、腹が立って、自分に向けられる男からの欲情は、全て踏み潰してやりたかった。
 王子に捕られた手を捨てた。折れても構わない。変な方向に曲がりそうになる腕を無視して、回し蹴りを繰り出した。王子は慌てたように俺の手を離す。折れると思っていた俺の腕は、無事だった。蹴りは簡単に避けられた。次の攻撃をと思った瞬間に、後ろから抱きしめられた。
「何考えてるんだ! さっきの……俺がすぐに手を離さなかったら、お前の腕は骨折してたぞ!」
「うるせえ離せ! 折角ひとが勇気だしてんのに、まるでビッチみてぇな事言いやがって! ぜってぇ許せねぇ!」
「いや、だって、俺にばかり好きかどうか聞いて、お前自身は俺の事をどう思ってるか言わないから……」
「は!?」
「えッ?」
「だっ……そんなの……」
 言わなくても伝わるだろうと言いそうになって、慌てて口を噤んだ。たしかに、自分の気持ちも伝えないままに、王子の気持ちばかりを知りたがっていた。勇気など、ひとつも出していない状態だ。自分を棚に上げて、王子に怒りを覚えるとか、卑怯にもほどがある。
 チラ、と後ろから俺を抱き締めている王子を見た。真面目な顔で、俺の顔を覗き込んでいた。理不尽だった自分を自覚し、恥ずかしくなる。じわじわと耳に血が集まってくるのがわかった。王子の目の前に晒している耳は、目に見えて赤くなってきていることだろう。
「…………いや、もう、ほんと、勘弁してくれ……」
「へッ? 何、王子…………ひゃ!」
 じゅぷりと湿った音がして、片方の耳が聞こえにくくなる。王子に耳を食べられたのだ。ぬるりと舌が耳の形をたどり、浅く挿しこまれる。ぐちゅぐちゅと聞こえる水音が、直接鼓膜を刺激して、項から尻にかけて、甘い痺れが走った。
「しずかタン、しずかタン……はぁ、はあ、可愛い、可愛い……」
「だ……めだ、って……王……子……んん、あ、やぁ!」
 腹に回っていた手が、じりじりと上に上がってきていた。既に硬くなっていた乳首にたどりつき、緩く撫でてくる。王子が、自室モードに切り替わってしまっている。まずい。なんとかしないと、学園での王子のキャラの崩壊だ。幸い、授業は始まっている時間で、これに気付いているのは、俺達の後ろでさっきから呆然とこちらを眺めている例の二人だけだ。このまま、投げ飛ばせないだろうかと考えていたら、放送が流れた。

『理事長からのお知らせです。本日、風紀の王子君と、生徒会の姫野君は、授業をお休みして、自分達のお部屋で自習をお願いします。盛り上がっているところ申し訳ありませんが、現在地は一部の教室からは丸見えですので、至急移動願います。理事長からのお知らせでした』

「ぎゃああああああ!!」
「うわ、え、姫野、どうし……」
「正気に戻ったか? よし、帰るぞ!」
「え、どこに」
「とにかく部屋に帰るぞ! 説明はあとだ!」

 あのばばぁ、どこで見てるんだ、という憤り。猫被りキャラが一部の生徒にバレたという焦り。どさくさにまぎれて、王子と手を繋いでしまっているという事実。やばい。顔がにやける。ちらりと隣を歩いている王子を見ると、酷く汗をかき、焦っていた。
「姫野……やばいぞ。お前がエロいせいだ……」
「は?」
 王子は、手を繋いでいない方の手で、自分の股間を指差した。もっこりとしている。だいぶ……大きい。ギンギンに、硬くなった、王子のアレ。一緒のベッドで目覚めた朝、尻肉に擦り付けられたアレ。ごくり。喉が鳴る。思わず手が伸びる。ツン、とつつくと、信じられないぐらい熱くて硬い。俺のは、こんなになった事がない。
「うお! やめ! 出る!」
「うわああ! こんなとこで出すな変態! 部屋まで我慢しろおおおお!」

 王子のキャラは、既に崩壊していた。



(つづく)
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