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芦田さんの話

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「あら、桂さんのお孫さん?」

 見知らぬ顔だ。と言う事はこの近所ではないなと察する

「こんにちは、桂勇紀と言います。○○大学の一年で、桂の婆ちゃんの孫です」

 時々週末だけ、晴れの予想の時に遊びに聞いていると話すと

「まぁ、礼儀正しいのね。私は芦田よ」

 とニコニコ顔。品の良い人だなぁと思った。

「あと売れてませんけど小説家でもあるんです」
「小説!凄いじゃない」

 目を丸くして驚く。確かにそうそう会う職業の人間では無いのだろう。

「でも食べていけるの、それ?」
「いえ、まだボチボチって感じで…ここに来る人から聞いた話をご了承を得てから脚色して話を書いてるんです」
「あら、私のも書かれちゃうのかしら」
「もし了承が得られたら、ですよ。勝手には書きません」

 そうねぇ、と少し考えている素振りを見せてから

「うちの娘ね、貴方と同じ年齢で今働いているのだけど…相談に乗ってくれるのならネタにしてもいいわよ」
「勿論、俺で良かったら」

 となりで婆ちゃんは眠いのか、うとうとしている。そっと脱いだ上着を肩にかけ
 座り直す

「お婆ちゃん想いの良い子ね、貴方」
「良い子ではないですよ」

 ちょっと思い込みの激しい人だな、と印象が少し変わる。俺は決して良い子ではない。
 自分が経験していない事を聞くのが好きなだけなんだけどな、と彼女の話を聞く。

「うちの娘ね、一人暮らししてて就職したばっかりで大変だろうから服とか小物とか、あと食事作って持って行ってるんだけど、あとパンの詰め合わせとかね」
「優しいんですね」
「で、云うのよ。好みに合わないし、食事はいらないって」
「それは、また何で?」
「服は私がいいと思って安いのを選んでるし、食事だって帰りが遅いから料理する手間省いてあげようって思って持って行ってるのに」
「親心ってやつですね」
「そうよ、心配してやってるのにこっちは」
「んー、娘さん普段はどういう服着ているんですか?」
「シンプルで飾り気無いわよ、男物着てたりするしスカートとか穿かないのよ」
「一人暮らし、ですよね」

 そうよ、と頷く芦田さんに

「防犯的な意味があるかもしれませんね」
「防犯?」
「女性らしい服干していると盗難や押し入り、もしくはセールスに合いやすいと聞いたことがあります。うちの大学でも下着盗まれた被害者が居ます」
「まぁ、怖いっ」
「それに好みって重要ですよ?自分が選んだ服と芦田さんが持って行った服合わせられないコーディネートになる可能性だってありますし」
「んーでも安いし部屋着にすればいいと思って」
「それでも、ですよ。俺は着れたらなんでもいいって思うけど女性なら好みはかなりこだわりあるかもしれないし、どうせなら一緒に服選びに行ってみたらどうかなって思いますよ」
「…そうね」
「あと、差し出がましいようですが。娘さん就職したてなら1Kか1DK位の部屋じゃありません?」
「そうよ、良く分かったわね」
「家賃高いですから、それに芦田さんの娘さんなら経済観念しっかりしてそうだし…なら多分冷蔵庫独身用の小さなヤツかな…それだったら」

 友達のところでみた冷蔵庫の大きさを思い出し、土の上に大きさを書いてみる。

「この位しか冷凍庫無いんですよ、小さなヤツって…冷凍出来なくて、でもきっと食べれなくて勿体なくて申し訳ないって思ってるかも、ですよ」
「そんな…」
「きっと気持ちは嬉しいんだと思うんです、俺の母親も同じこと婆ちゃんにしてたから。でも冷蔵庫の大きさ知らなくて…互いに行き違いがあったんじゃないかなぁって」

 あくまでも俺の想像だと伝えて

「一度娘さんとお話ししてみたらどうでしょう?」

 と、勧めてみた。

「貴方カウンセラーみたいね」
「心理学科ですから、専攻」
「成程ねぇ、うん…判った。一度話してみるわ」
「あ、俺だったら日持ちする缶詰とか米とか嬉しいので、そちらも提案してみてくださいね」
「あははは、面白い子ね」

 うん、すっきりとした顔だ。
 芦田さんはすくりと立ち上がりスカートのしわを伸ばすと

「ありがとうね、流石桂さんのお孫さんね」
「自慢の孫です」

 珍しく婆ちゃんが口を開く

「じゃ、行くわ…ありがとう」

 そして来た時と同じ様に、かつかつと規則正しい足音を立てて帰っていく後姿

「婆ちゃん、ああ言うの照れるよ」
「何を言うかね、自分の孫自慢に思わない婆ちゃんは居ないよ」

「そっか」と笑いながら

「明日は何か曇りそうだね」
「帰るかい?」
「いや、泊まっていくよ」

 そんな事を話しながら、雲の中沈みゆく夕日を見ていた。
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