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〜紫鏡と王太子の言い分〜
怪42
しおりを挟む仕切りの壁が陰になって、アメリア達は近寄ってくるクラウスに気付いていなかった。
クラウスは「ふんっ」と顎を引いて尊大な態度で声を発しようとした。
「おい、アメリア……」
「そんな恐ろしい! 『紫鏡』という言葉を二十歳までに忘れないと死ぬだなんて!」
クラウスの言葉を遮って、アメリアの悲鳴が響いた。
(し、死ぬ……?)
突然の物騒な響きに、クラウスは呆気にとられた。
「本当ですの? 花子さん」
「ええ。これはそういう魔術なの。鏡が紫に染まったら誰でも驚いてなかなか忘れられないでしょう?」
(魔術……だと?)
クラウスは思わず耳をそばだてた。
「た、確かに……では、『紫鏡』という呪文で、より多くの者を殺めるために、鏡を紫に染めて人の口に『紫鏡』という言葉を記憶に刻もうと企んでいるのですね?」
(な、なんの話なんだ!?)
クラウスは混乱した。鏡が紫に染まるだの、二十歳までに忘れないと死ぬだの、令嬢の茶会で出るような話題とは思えない。
「時間をかけてじわじわと人間の気力を奪い、忘れるまで苦しめるだなんて……許せませんわ!」
アメリアが憤る。
クラウスは頭を抱えたくなった。
(アメリアは何を言っているんだ? ちょっと目を離した隙に何に首を突っ込んでいるんだ!?)
「おい、アメリア……」
「そうか! わかりましたわ! この魔術でもって、この国の若者の数を減らし、我が国の力を衰えさせるつもりなのね! なんて恐ろしい魔術なの!?」
アメリアもハンナも、真っ青な顔で身体を震わせている。
そのただ事ではない雰囲気に、クラウスはごくっと息を飲んだ。
クラウスの知るアメリアという令嬢は、常に冷静沈着で、怯えを見せるなど絶対にしない強い少女だった。
その彼女が、『紫鏡』という言葉に、あんなにも顔を青くして震え、怯えている。
クラウスは冷たい汗が背を滴るのを感じた。
(紫……鏡……二十歳までに忘れないと……死ぬ……?)
「花子さん。二十歳まで『紫鏡』という言葉を覚えていたら、いったいどうなるんですの?」
「……それを知る者はいないわ」
小さな少女が沈鬱な表情で首を横に振った。
(知る者はいない……? つまり、覚えていた者は、皆……)
クラウスは、ふらりっと足をもつれさせて、後ずさった。
(覚えていた者は死ぬ……『紫鏡』……)
クラウスは額を抑えた。どくどくと鳴る拍動が響いて、頭がぐらぐらする。
ふらつきそうになる足で、クラウスはよろよろと食堂を横切り、出入り口から出て行った。
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