アメリア&花子〜婚約破棄された公爵令嬢は都市伝説をハントする〜

荒瀬ヤヒロ

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〜紫鏡と王太子の言い分〜

怪57

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 暗闇の中に、奇妙な装束を着た男性が佇んでいた。
 花子と同じく、まっすぐな黒髪と黒い目だ。彼が『紫鏡』だと、アメリアは直観した。

「なによ、アンタ? 誰なの?」

 メルティが尋ねると、男性はにやりと意地悪げに笑った。

「そなたの命を救った恩人だ。感謝してほしいのう」

 男性が顎に手を当てる。たっぷりと取られた袖がふわりと揺れた。

「あなたが、『紫鏡』様ですか?」

 アメリアはちらりと背後の鏡に目をやった。男性は鏡と反対側に立ってアメリア達を見下ろしている。

「ああ、そうだ。おぬし、『花子さん』にいいように使われているみたいだの?」

 くつくつと笑われて、アメリアは顔をしかめた。

「花子さんはお友達ですわ。そんな言い方はおやめくださいませ」
「これはこれは。『花子さん』ときたら、孤独な女の子を味方に引き込むのが上手いのう。わしはもうちょっとこっちの世界で楽しみたいのだが」

『紫鏡』は何かを企むように目を細めた。

「おぬし、この世界から逃げたかったのだろう? 『花子さん』はおぬしを連れて帰ってくれると約束したか」

 アメリアは警戒して口を噤んだ。『紫鏡』が何を企んでアメリアをここに連れてきたのかわからない。彼の言う通りにメルティの命を救ったのならば悪い相手ではないのかもしれないが、彼らは理不尽に人の命を奪うこともある怪異だ。油断してはいけない。

「逃げたい、というのがおぬしの願いならば、その願いわしが叶えてやっても良いぞ?」

『紫鏡』の瞳がきらりと光った。妖艶な表情には、どこか中性的で蠱惑的な色香が含まれていた。
 メルティがアメリアの腕をぎゅっと握った。彼女も、『紫鏡』の異様な雰囲気に気づいたようだ。

「……お断りします。信用が出来ませんもの」
「『花子さん』ならば、信用できると?」

 アメリアは迷わず頷いた。

「ええ。わたくしは花子さんを信じます」
「やれやれ。利用されているだけだというのに」

『紫鏡』は肩をすくめて言った。

「では、気が変わったらわしを呼ぶといい。鏡の世界に連れて行ってやろう」
「結構ですわ!」

 アメリアはばっと振り向いて『紫鏡』に背を向け、鏡に映った『紫鏡』に向けて叫んだ。

「『形を、見たり』!」

 ぱきぃぃぃんっと、何かが割れる音が響いた。

 アメリアとメルティの前に立っていた『紫鏡』の姿がピシピシとひび割れていく。

「おや。何故バレた?」

 男性の姿の『紫鏡』が呟く。アメリアは何も映っていない鏡の方を向いて言った。

「惑わされそうになりましたが、『紫鏡』様の本体は鏡のはずです! 『赤いチャンチャンコ』様の本体はチャンチャンコでしたから」

 男性の体が粉々になって崩れ落ちると、『紫鏡』の本体である鏡から紫色の光が放たれた。思わず目をつぶると、からかうような声が聞こえた。

「おぬしらは、これから大変な真実を見ることになるぞ。わしも見物させてもらうとしよう」

 光が収まって目を開けると、大きな鏡が消え、そこに手のひらサイズの小さな鏡が浮かんでいた。鏡面は紫色に曇っていて何も映らない。
 アメリアがそれを手に取ると、ぐらっと視界が揺らいだ。


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