マヨヒガ

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
5 / 107

四、

しおりを挟む




 広也は今年の春に中学生になった。広也の住む地域では有名な私立中学。難関と呼ばれる狭き門を突破した喜びよりは、受験勉強の疲ればかりが残る体に溜め息をつきたくなった。

 しかし、本当に大変なのはそれからだった。

 授業の速度が、小学生の時とは比べ物にならない程速く、しかも内容も一気に難しくなって広也を大いに戸惑わせた。

 小学校でも塾でも、優秀の内に数えられていた自分が、どんどん周りから取り残されていく。

 今まで味わったことのないその感覚に、広也は焦り、戸惑い、すさまじい——受験勉強中にも感じなかった程の——重圧に襲われたのだった。

 広也は必死で勉強した。休み時間も、寝る間も惜しんで——その過酷な生活とプレッシャーが広也を押しつぶすのに、さほど時間はかからなかった。

 五月の半ば頃からか、授業に出ると必ず気分が悪くなるようになった。ひどい時には吐き気やめまいまでした。神経性のものだ。と、医者は言った。ストレスだの自律神経だのという単語が飛び交う医者の話を、広也はほとんど聞いていなかった。じっと指先をみつめながら、なんだかうつろな気持ちになった。

 遠野に来い。と言ったのは広隆だ。

 光子からの電話で広也の状態を聞いた広隆は、夏休みになったら遠野にやってくるべきだと断言した。

「ずっとこもってばかりいたから、体が腐っちまったんだ。遠野のきれいな空気で腹の中洗い流せば治る」

 かくて、広也は三年ぶりに遠野の土を踏むことになった。

(でも、ここに来たからといって、なんになるんだろう。兄さんと母さんに言われてついてきたけれど、ほんの五日間ここにいたぐらいで、元気になるはずがない。兄さんの僕のこのぐじぐじした神経を、森林浴でどうにかできると思ったんだろうか)

 三年ぶりに会った兄の顔を思い浮かべた。日に焼けて健康そうな、銀縁眼鏡をかけているせいでちょっととぼけた感じにみえるが、二十歳を過ぎてますます引き締まった男らしい顔。

(五日間じゃ、ああはなれない)

 広也は大きく両手を広げて、畳の上に倒れ込んだ。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

とある旅行の話

森永謹製
絵本
ハリネズミのウーフーと、モグラのルベンが、海を見るために旅行に行くお話。

童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)

カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ…… 誰もいない野原のステージの上で…… アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ——— 全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。 ※高学年〜大人向き

処理中です...