44 / 107
四十三、
しおりを挟むしばらく行くと、急に斜面がなだらかになった。密集していた木々も途切れ、人の背丈程もある大岩が三つ、ごろんと転がるちょっとした草原に出た。
「少し休みましょうか」
額の汗をぬぐいながら秘色が言い、ときわは心の中で賛成と叫んだ。
ところが、彼らが草原に足を踏み入れた途端、目の前の大岩が突如として変形をはじめた。
三つあった岩は見る間に三人の乙女に変わり、あっけに取られるときわ達の前からさーっと逃げ去った。
「なんだ、今の」
「驚いたわ」
茫然とした口調でかきわが呟き、秘色も相槌を打った。
「でも、今の娘達もあんた達と同じよね。岩から人間になったんだから」
ときわとかきわは同時に難しい顔をした。この世界では自分たちは岩なのだと聞いてはいたが、実際に岩が人に変わる現場を見て素直に僕らと同じだ。とは思えない。二人は微妙な表情で顔を見合わせた。
「とりあえず座りましょうよ」
秘色は草の上に腰を下ろした。ときわも秘色の横に座り、かきわは少し離れたところに腰を下ろした。ときわは持っていた刀を下ろしてほっとした。ずっと持ち歩いているせいで腕がだるい。最初のうちは、時々秘色が代わって持っていてくれたのだが、なんだかそれは男としてあまりに情けないような気がして、今ではときわのほうで断っている。隣に同じく刀を持ちながら平気な顔をしているかきわがいればなおさらだ。
「そろそろどこか野宿できる場所をみつけなくちゃね。なにせ昨夜は寝ていないからね」
秘色が空を見上げながら言った。そう言われればそうだ。しかし、歩きまわっているせいか、疲れてはいるがあまり眠気は感じなかった。
「そういや、昨日から何も食ってねえのに、全然腹がすかねえな」
かきわが不思議そうに呟いた。
(そういえば)
飲まず食わずで歩き通しだというのに、全くひもじい感じがしない。
「なんでだろ」
「あら、そんなの当たり前じゃない」
さも当然というように秘色が言った。
「あんた達は岩なんだから、お腹なんてすく訳がないでしょう」
「そうは言うけどな。俺達からしてみれば、前の世界にいた時とこの世界とで、体にはなんの変化もないんだ。それなのに前は人間で今は岩だなんてよ。そう簡単に受け入れられねえぜ」
かきわの言葉にときわも深く頷いた。
「それはそうだろうけど」
秘色はぽりぽり頭をかいた。
「まあ、僕らは岩だからってのはいいとして、秘色はなんで平気なの」
「そりゃ、あたしは巫女だもの」
秘色はいつもの台詞を言う。
「理由になってないと思うけど……」
「まあ、食わなくていいならそれにこしたことねえや」
かきわがあっけらかんと言い放った。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ
和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。
夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。
空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。
三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。
手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。
気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。
現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。
やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは――
大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。
童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)
カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ……
誰もいない野原のステージの上で……
アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ———
全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。
※高学年〜大人向き
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる