89 / 107
八十八、
しおりを挟む黒い闇に隠されていた周囲の景色があざやかに目に飛び込んできた。洞窟の中を進んでいたはずのに、広隆と秘色は森の中に立っていた。
顔を上げると青い空が見えた。
足元には割れた黒い闇のカケラがガラス片のように散らばっている。
「……洞窟にいたはずなのに」
広隆の手をぎゅっと握って立つ秘色が呆然と呟いた。
その手を強く握り返して、広隆は微笑んだ。
「光も闇も岩の塊も、お前が吹き飛ばしちまったのかもしれないぜ」
どこまでも続く森と抜けるような青空を見ていると、本当にそんな気分になった。
だが、秘色は少し恥ずかしそうに口を尖らせた。
「あたしにはそんな力なんかないわよ。吹き飛ばしたのは広隆でしょ」
「そうだな。俺達二人が吹き飛ばしたんだ。すごいな俺達」
広隆はそう言って声を立てて笑った。秘色はそんな広隆を黙って眺めていたが、一つ大きく息を吐くと、肩の力が抜けたように笑みを浮かべた。
握っていた手を離し刀を鞘にしまうと、広隆はとりあえずこの場から離れようと足を上げた。
だがその時、地面のそこら中に散らばった黒いカケラ達が、いっせいに虫がうごめくように動き出した。
驚いて足を止めた広隆の周囲を、黒いカケラが這うように動き無数のカケラが一点に集まり黒い塊をつくった。それは見る間に黒い大蛇の形となり、空に向かって鎌首をもたげた。
広隆に向かって大きな口を開けた大蛇は、血の色のような真っ赤な舌を見せつけるように伸ばした。
広隆は慌てて刀を抜こうとした。だが、大蛇はその隙を許さなかった。空気を裂くような音で一声発すると同時に、大蛇は広隆に襲いかかった。眼前に迫る赤い舌が見えた。広隆は思わず目をつぶった。
大蛇の牙が広隆にとどく寸前、大蛇の目に何かが投げつけられた。
青い光がほとばしった。
大蛇は大きく身をのけぞらせ、天に向かって苦悶の声をあげた。
目を開けた広隆は大蛇の頭が地に落ちるのを見た。大蛇の片目には焼け焦げたようなあとがあった。
広隆の足元に、青い鈴が転がっていた。
広隆は秘色を見た。秘色は何かを投げた格好のまま呆然としていた。
死んだのか気絶したのか、大蛇はピクリとも動かない。広隆は鈴を拾い、秘色に駆け寄った。
「ときわのための鈴を使ってしまった………」
秘色は呆然とつぶやいた。
「あたしは本当に巫女失格だわ」
秘色の目にみるみる涙が溢れた。
「でも、仕方がないじゃないっ」
秘色はそう泣き叫んで広隆の胸に顔を埋めた。
「広隆が死ぬのは嫌なの!ときわが死ぬのと同じくらい嫌なのっ」
広隆は何も言わず秘色の肩を抱いた。秘色は広隆の腕の中でわあわあ泣きわめいた。
しばらくの間二人はそうしていた。
やがて、秘色の嗚咽が小さくなってきた頃、広隆は秘色の肩をつかんで上を向かせた。涙に濡れた顔で広隆を見上げる秘色に、広隆は言った。
「ありがとう」
秘色は一瞬目を見開いた。それから、再び流れてきた涙で顔をぐしゃぐしゃにした。
広隆はもう一度秘色を抱き締めた。
秘色が泣き止むのを待って、広隆は言った。
「さあ、行こう。ときわを探さないと」
秘色は広隆の胸から顔を上げ、こくりとうなずいて涙をぬぐった。
「行こう」
広隆は秘色の手を引いて歩き出そうとした。
だが、広隆の後に続こうとした秘色が小さく悲鳴をあげて倒れた。広隆の腕にがくんと衝撃がかかった。
「秘色っ?」
広隆は倒れそうになる体をなんとか立て直し、しゃがみこんで踏んばった。秘色の体が何かにすごい力で引っ張られている。
秘色が目で訴える通り足元に目をやると、彼女の足首に何か赤いものが巻きついているのが見えた。
はっと視線を走らせると、先ほどまで地にふしていた大蛇がわずかに首をもたげて黄色い片目をらんらんと光らせていた。大蛇は長い舌を秘色の足首にからめ、自らの口内にその体を引き込もうとしていた。
その力に逆らいながら、広隆はさっさとこの場を離れなかったことを後悔した。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)
カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ……
誰もいない野原のステージの上で……
アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ———
全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。
※高学年〜大人向き
少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い……
「昔話をしてあげるわ――」
フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?
☆…☆…☆
※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ
和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。
夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。
空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。
三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。
手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。
気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。
現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。
やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは――
大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる