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第一話「白い手」

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 稔は図書室に佇む竹原の姿を思い返した。
 後藤の話を聞く限り、竹原は偶然取り憑かれたのではなく、一人の少女の妄執に捕まってしまったように思える。
 大透も同じことを考えたのか、後藤を見送った後で稔に耳打ちをした。

「本の持ち主が竹原に惚れてて、竹原のいる学校に本が寄贈され、本に触った竹原が死んだ。偶然じゃないよな?」

 どこまでが偶然でどこまでが偶然じゃないのか、八年も前のことで当事者が死んでいるのでは今更知りようがない。

 だが、新たに判明した事実からは、渡辺早弥子の独りよがりな妄念が全てを引き起こしたとしか思えない。

(もしそうなら、竹原は何も悪くないのに)

 理不尽さに、稔はやるせない想いがした。

「でも、竹原が好きで道連れにしたかったんなら、目的は果たしたんだろうに。なんで樫塚まで」

 大透が首を捻った。

「殺すことは出来ても、死んでも自分のものにはならなかったんだろ」

 稔は竹原の姿を思い浮かべながら言った。

 竹原は優しげな風貌の大人しそうな少年だが、稔をまっすぐに見据える目には意志の強さが込められていた。新たに取り憑かれた文司を助けるために、何度もヒントを示してくれた。

「でも、竹原はずっと図書室にいるんだろ?捕まっていて成仏出来ねぇんじゃねえの?」
「出来ないんじゃなくて、しないのかもな」

 誰かが赤い本に触らないように。自分と同じ犠牲者が出ないように、竹原は図書室で見張っていたのではないか。
 里舘に聞いた話でも、赤い本を目にした生徒の前に少年の霊が現れると言っていた。稔にはそんな気がした。
 大透もなるほどと言うように頷いた。

「それで今まで竹原以外に犠牲者が出なかったのかー」

 腕を組んでうーんと唸る。

「樫塚は運が悪かったのかなー」
「……それだけじゃねぇかも」

 稔は小さい声で呟いた。

 竹原と文司は雰囲気が似ている。成績優秀で物静かで、二人とも英語が読めて読書家で、二人とも活発な親友がいる。
 渡辺早弥子は文司のことを竹原と同一視しているのかもしれない。
 今度こそ完全に自分のものにすると、妄執を燃え上がらせているのかもしれない。

 それにあの時、図書室には稔もいた。竹原の姿を見ることの出来る稔が。
 竹原は、稔に気を取られてしまい、その隙に文司が赤い本に誘導された可能性もある。
 運が悪かったと言えばその通りだが、そもそもくだらない意地の張り合いで図書室になど行くべきではなかった。
 あの日、図書室に行った全員に責任があると、稔は肩を落とした。

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