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第十一話 今さらの動揺
しおりを挟む『婚約しただと?』
「ええ。まだ仮婚約ですけど、一ヶ月後に正式に婚約式を行うって」
おそらく一ヶ月の間にリート及びクーヴィット家に怪しいところがないか調べるんだろうな、とリートは思っている。
仮とはいえ、ジェラルドと出会って二日で婚約者になれたのだ。リートは自分の手腕になかなか満足していた。
だが、水晶板に映ったアモルテスは何故かぶすっとした面白くなさそうな顔をしていた。
「どうしたんですか?」
アモルテスの機嫌が悪そうなことに気づいて、リートは首を傾げた。
「またドリアーナ姐さんとのデートすっぽかして往復ビンタされたんですか?それとも、ライリンちゃんとイチャついている時にビビラッサ様が乗り込んできて修羅場になったんですか?」
『違う!』
「まさかまた新しい愛人を増やして序列争いが起きてるんじゃあ……」
『違うって言っているだろう!私をなんだと思っているんだ!?』
「ろくでな……生命を司る創天宮の天主です」
『今、ろくでなしって言おうとしたろ!?』
アモルテスがぎゃーぎゃー騒ぐので、リートは耳を塞いだ。
「じゃあなんでそんなに不機嫌なんですか?」
リートが尋ねると、アモルテスはむっと口を尖らせてぼやくように言った。
『お前があっさりと皇太子の婚約者になるからだ』
リートは目を点にした。それから、「何言ってやがるんだこの野郎」と呆れて半目になった。
リートに「皇太子の婚約者になれ」と命令したのはアモルテス自身ではないか。弟子が首尾良くそれを果たしたというのに、いったい何が気に入らないのだ。
「まさか、もっと苦労するのが見たかったとかクズなこと言わないでしょうね?」
『苦労するのが見たかったんじゃなくて……少しは何か感じないのか?』
「何かって?」
『私の反応が気になったり……ほら、「他の男と婚約したりしたら、アモルテス様はどう思うのかしら~?」みたいなの、ないのか?』
リートは困惑して眉をひそめた。
「婚約しろっておっしゃったのはアモルテス様でしょうが」
『いや、それはそうなんだが、まさか本当にするとは……』
アモルテスがぶちぶち言うのを聞いて、リートはむかっと腹を立てた。なんだそれは。リートでは婚約者になれる訳がないと最初から馬鹿にしていたのか。
「お生憎さまでしたね。私のような色気のないちんちくりんでも、皇太子殿下は婚約者にしてくださいましたよ」
刺々しく言うと、アモルテスがばつの悪そうな顔をした。
「普段からワガママボディとかマシュマロボディとかダイナマイトバディばっかり侍らせてる野郎には信じられないかもしれませんけどね」
『いや、私だって……』
「まー、そんなことはどうでもいいです」
リートはふっと鼻を鳴らした。
「出来るだけ早めに魂を入れ換えたいと思います。このままでは、あまりにも皇太子殿下が気の毒です」
リートのような別に美人でもないちんちくりんに手を握られたぐらいで両親諸共に号泣するような境遇は酷すぎるだろう。帝国の皇太子で美貌と才能を誇る少年なのだから、本来ならばいくらでも綺麗で教養のある女性を望めたはずなのだ。
本来あったはずの形にもどしてやらなければならない。一刻も早く。
「まったく……その元凶は脳天気にいかがわしい日々を享受しているというのに……」
『お前の私の印象悪すぎないか!?お前が思っているよりは清廉な日々を過ごしているんだぞ!!』
「そんな寝言を……いや、どうでもいいです。それは」
水晶板の中でアモルテスが涙目でいじけだしたが、リートはそれを無視して計画の確認をした。
「私が首尾良く魂を入れ換えたら、ザルジュラック様がこの世界の人々の認識を調整してくださるんですよね?」
モテない魂がいきなり高潔な魂と入れ替わったら、ジェラルドの人が変わってしまったように感じられて周りの人々は怪しむかもしれない。なので、運命を司る神であるザルジュラックにその変化を不思議に思わないように周囲の人々の認識を調整してもらう必要がある。
しかし、ザルジュラックはこうしたことに首を突っ込みたがる愉快犯の側面があると同時に、希代の面倒くさがりでもあるので、「やっぱり協力しない」などと言い出さないように釘を差しておく必要がある。
『大丈夫だ。ザルジュラックはこの件には全面的に協力する』
アモルテスははっきりそう言った。気分屋な悪友が必ず協力すると信じている様子だが、何かよっぽどの弱みでも握ったのかな、とリートは深く考えなかった。
「わかりました。では、明日また」
『リート』
不意に、真剣な声音で呼ばれて、リートは顔を上げた。
紫色の瞳が、射抜くようにリートを見ていた。
『愛しているぞ、リート』
いつもアモルテスが言う悪ふざけだ。なのに、何故かリートは背中がひやりとした。
常なら「はいはい」と流すそれに、今さら動揺する意味がわからなくて、リートは何も言えずにアモルテスの姿が水晶板から消えるのを見ていた。
映像が切れた後も、しばらくの間、水晶板から目を離すことが出来なかった。
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