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第二十六話 失敗作
しおりを挟む「魂が視認できたので、入れ換え作業を始めたいと思います」
『うむ』
リートの報告を聞いて、アモルテスは鷹揚に頷いた。
魂は見えた。皇太子は完全にリートに心を開いたのだ。
そう思うと、リートの胸がふるっと震えたようにくすぐったくなった。
『では、引き続き……』
「アモルテス様、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
リートが声を上げると、水晶板の中のアモルテスは怪訝な表情をした。
『なんだ?』
リートは、頭の中で言葉を選んで、自分でも説明できない自分の状態を尋ねた。
「ジェラルドの前で、時々、胸がおかしくなるんです。これは、何ですか?」
リートは胸を押さえて言った。
今日の昼間、ジェラルドの言葉を聞いた瞬間、胸の中で何かが暴れているみたいになって、息をするのも難しくなった。
苦しくて熱くて、なのに何故か不快な感じはしなくて。
リートは自分の状態に戸惑って、心配するジェラルドとオルガを振り切って茶会から逃げ帰ってきてしまった。
(明日、どんな顔をして会えばいいんだろう……?)
そう考えると、今度は胸がぎゅぅぅとなる。これはいったい、何だ。
リートの話を聞いたジェラルドは、ピクリと眉を跳ね上げて目を眇めた。
『……失敗作に同情しているだけだろう』
アモルテスの言葉に、リートは顔を上げた。
「失敗作って、そんな言い方……」
『失敗作だ』
アモルテスはリートの言葉を強い口調で遮った。
『魂を入れ換えれば、今の皇太子の人格は消える。気にするな』
アモルテスはそう言った。
「消える……?」
『魂を入れ換えるんだ。当然だろう?』
なんてことのないように言われて、リートは一瞬、意味が飲み込めなかった。
魂を入れ換える。最初から、そのつもりで、リートはジェラルドの元へ派遣された。
魂を入れ換えるためには、心を開いて、少しずつ時間を掛けて抜かなくてはならない。やり方は知っていた。だけど。
「……魂を入れ換えるとは、別人になることなのですか?」
やり方は知っていたが、魂を入れ換えた人間がどうなるのかは、リートは知らなかった。
『器は変わらない。記憶も引き継ぐ。問題はない』
アモルテスはあっさりと告げる。
周囲の者には何も気付かれることはない。だから、何も問題はない。
器も変わらず、記憶も変わらず、ただ、魂がよりふさわしいものに交換されるだけだ。
そう告げられて、リートは愕然とした。
ジェラルドの笑顔が脳裏に蘇る。
あの笑顔を浮かべる魂を、抜き出して他の魂と交換する。それがリートの役目なのだ。
(そんな……)
『どうした? リート』
冷ややかな声が掛けられて、リートは肩を震わせた。
『何か、問題があるか?』
アモルテスが冷たい目でリートを見下ろしている。
問題などない。任務は順調に進んでいる。
問題など、ないはずだ。
それなのに、リートはアモルテスの問いに答えることができなかった。
***
通信を切ったアモルテスは、何も映っていない水晶板を睨んで黙り込んでいた。
「アモ様ってば、怖いお顔」
そこへ、鈴が転がるような声が響いた。
愛らしく華やかな美少女が、微笑を浮かべて背後に立っていた。
「何の用だ?ライリン」
「やだー、こわーい」
ライリンは、くねっと身を捻らせてからかうように言った。
「お気に入りの人形が取られそうだからって、あたしに当たらないでくださいな」
アモルテスはぎろりと少女を睨みつけた。
だが、ライリンはそれに些かも動じず、言葉を続ける。
「本当に、情けない御方。あたしはそんな貴方様を愛しておりますけれど」
くすくす、と花がほころぶように笑う少女は、アモルテスの耳元にそっと口を寄せて囁いた。
「大事なお人形を人に貸したりなさるからですわ。取り返して、人形に「お前が誰のものか」思い知らせてやればよろしいのに」
甘やかな声には、頭を痺れさせるような毒が含まれている。
「このままでは、大事なお人形まで「失敗作」になってしまいますわよ」
耳に流し込まれた毒に、アモルテスは少女の目を見返した。
「ならば、お前が私の役に立て」
温度を一切感じさせない命令に、少女はとろけるような笑みを浮かべて頭を下げた。
「アモルテス様の、仰せのままに」
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