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第三十一話 帰還命令
しおりを挟む「ジェラルド、様……?」
ライリンがさっきまでリートが座っていた席に座る。その動きを、ジェラルドの目が愛おしそうに追う。
戸口に立ち尽くすリートには一瞥もくれない。
「ジェラルド様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「ああ。ありがとう、リート」
ジェラルドはライリンをみつめて、彼女に「リート」と呼びかける。
リートの頭がぐわん、と揺れた。
(なに……?)
何が起こっているのか、理解できない。
「……っ、ジェラルド様!?」
何事もなかったように続く団欒に、リートは堪えきれずにジェラルドに駆け寄った。
「ジェラルド様!? いったい、どうして……」
どうして、他の者をリートの名で呼ぶのか。そう問いたかったのに、リートが目の前に立っても、ジェラルドの視線は隣に座るライリンに向いたまま、リートを見ようともしない。
「ジェラルド様!?」
リートは思わずジェラルドの肩を掴んで揺さぶった。
それなのに、ジェラルドは何も反応しない。リートの存在を完全に無視しているようだ。
リートの必死な様子を見て、ライリンがくすくすと笑った。
「あんたっ……」
「ごめんなさい、殿下~。もう一度、失礼します。すぐ戻ってくるので~」
立ち上がったライリンが、リートの腕を掴んで部屋から引きずり出した。
「ああ、行っておいで。リート」
にこやかに送り出すジェラルドの目は、リートではない少女に向けられて優しく細められていた。
「まったく、近づくだけでも鳥肌が立つわね。天女だから耐えられるけど」
部屋から出るなり、ライリンがさも嫌そうに腕をさすった。
「さっさと終わらせてアモ様の元に帰りたいわー」
「……どういうこと?」
リートは噛みつくように尋ねた。
「だから、さっき言ったでしょ? 今日から、あたしが「リート・クーヴィット」なの」
「なにをっ……」
「アモルテス様のご命令よ」
「っ……」
リートは言葉を失った。勝ち誇った顔のライリンは、アモルテスから下された命令をリートに伝える。
リートの任務をライリンが引継、リートは天界へ帰還すること。以後は、ライリンが「リート・クーヴィット」となり皇太子の魂の入れ換え作業を行う。
「殿下達の意識では既に「リート・クーヴィット」はあたしの姿にすり替わっているわ。そして、アンタのことは誰も認識できないようにしてもらったわ。泣こうが喚こうがすがりつこうが、皇太子はアンタの存在を認識できないわよ」
ジェラルドの目がリートに向けられなかったのは、彼はリートを認識していない——目に映らなかったからだ、という。
「どう……して……」
リートは声の震えを抑えることが出来なかった。愕然として真っ白な顔で立ち尽くすリートを見て、ライリンはふん、と嘲るように鼻を鳴らした。
「人形の分際で、恋なんてするからよ」
ライリンの言葉に、リートは目を瞬かせた。
「恋……?」
お前は恋を知らない、と、アモルテスの言葉が脳裏に蘇る。
恋なんて、していない。リートはただ、アモルテスのために命令通りに働いていただけ。
恋なんて。
「このお役目を果たせば、アモ様の寵愛はあたしのものよ! アンタはお役御免よ。天界に帰れとご命令が下ったのだから、さっさと帰りなさい」
ライリンがリートを突き飛ばし、部屋の中に戻っていった。
一瞬追いかけようとしかけて、でも、こちらを見ないジェラルドが思い浮かんでリートの足を動かなくした。
(なんで……)
部屋の中から響くライリンの華やかな声と、時折柔やわらかく聞こえてくるジェラルドの声に、リートは扉の前に立ち尽くすことしか出来なかった。
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