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第34話 王太子アレン・ハッターツェルグの喜悦
しおりを挟む「先日の茶会のために取り寄せたんだがな、このしょっぱさがなんとも癖になる」
隣国の海側の街でよく食べられているという小魚の干物をかじってアレンが言う。
「エリザベートがこのしょっぱい干物にはこの苦い茶が合うって言ってたんだが、慣れてみると確かに。お前達も飲んでみたらどうだ?」
「いや、遠慮しておく……」
「そうか?それで、エリザベートが……」
王太子に今更ながら春が来てしまった。鬱陶しい。
エリオットとクラウスとガイは無視して黙々と仕事を進めた。エリザベートは王妃教育のために早めに王宮へ向かったのでここにはいない。
結局のところ、アレンはエリザベートと思うように仲良くなれなくて意地を張っていただけだったのだ。
長年の誤解が解けて婚約者達はお互いに素直になり、今までの不仲はなんだったのかと聞きたくなるほどだ。
少しは仲良くなってほしいとは思っていたが、いきなりそんな熱々になれなんて言っていない。
「エリオットも、スカーレット嬢とは上手くやっているようじゃないか。女嫌いなお前でもやってみればちゃんと婚約者が務まるってことだ。どうだ?いっそ本物の婚約者になってしまえよ」
エリオットは手を止めてアレンを横目で睨んだ。春が来たのはかまわないが、こちらを巻き込まないで欲しい。
確かに、スカーレットとの偽りの婚約者関係はなんの問題もない。エリザベートに指摘されたようにスカーレットに近づこうとする人間には気を配っているし、今のところミリアに命を狙われそうなこともない。
だが、このまま何事もなくスカーレットと結ばれることは出来ない。
エリオットでは、彼女を幸せに出来ないからだ。
「だがお前、スカーレット嬢よりお前にふさわしい令嬢はいないと思うぞ?」
「俺が、スカーレットにふさわしくないんだ」
エリオットは書類を鞄に仕舞い、帰り支度を始めた。
「まあまあ、殿下の言うことも一理あるぞ。男爵令嬢と言っても、スカーレット嬢なら公爵夫人になっても誰も文句はないだろう」
「淑やかそうに見えて意外と活動的なところがいいぞ。タックルを見た時も思ったが、ありゃただ者じゃない」
クラウスとガイも口々に言う。スカーレットがただ者じゃないのはエリオットにもわかっているが、エリオットは相手が誰であれ、結婚はしないと決めている。そんな資格はないからだ。
やんやと言ってくる三人を無視して生徒会室を後にしたエリオットは、廊下を歩きながらふと窓の外に目を向けた。
中庭のベンチに座って談笑しているスカーレットとミリアの姿が見えた。仲の良い義姉妹は青空の下でなにやら楽しそうに会話している。こうして見ると、ごく普通の少女達に見える。いや、ごく普通の少女達なんだが。ただちょっとだけ攻撃力が強かったり得体が知れなかったりするだけで。
エリオットに見せる淑女の微笑みとは違う朗らかな笑顔を見せるスカーレットを目にして、エリオットのこめかみが鈍く痛んだ。
『男の癖に、情けねぇな』
頭の中に声が響いたような気がした。もう二度と思い出したくない声なのに、どうして忘れられないのだろう。
その声がエリオットの記憶の表面にへばりつき、今でもじくじく責め立ててくる。
エリオットは女が嫌いだ。怖いから。
彼女のことが怖くて、大嫌いだったから。
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