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第48話 王太子アレン・ハッターツェルグの誘惑
しおりを挟む王宮深く、王太子の私室である豪奢な部屋で、王太子アレンは幅広のソファにゆったりと腰掛けて手にした小瓶を見せつけるように振った。
部屋の周囲は王太子の命で人払いされている。だから、今この部屋には王太子とその婚約者しかいない。
「これが、何かわかるか?」
「それはっ……」
小瓶の中身は赤茶色の粉だ。
「ふっ……こうすればわかるだろう?」
アレンはテーブルから皿を取り上げると、その上に載せられた串焼きの肉に赤茶色の粉を振りかけた。
「西のキャラバンから取り寄せた、西国でも一番辛いと言われる香辛料だ」
「そ、それは我が国には輸入されていないはず……」
「ああ。だが、私が望めば簡単に手に入る。どうだ?これが欲しいだろう?」
アレンは串を手にとってエリザベートに誘うように見せつけた。
「な、なんのおつもりです?」
「ふっ。これが欲しければ、私の膝に乗ってもらおう」
アレンの要求に、エリザベートは立ったままぶるぶると震えた。
「そ、そのような!お戯れを!」
「安心しろ。誰も近づかないように言ってある。誰にも見られやしないさ。ほら、欲しいんだろう?遠慮するな」
「い、いけません!わたくしは公爵家の娘としてっ」
「おいおい、公爵家の娘として私の前にいるのか?私の婚約者としてではなく。それは残念だ」
アレンは唇に酷薄な笑みを浮かべる。その目に捕らえられて、エリザベートは背筋をぞくりとさせた。
「いかに婚約者といえど、わたくしをこのように誘惑なさるだなんて……っ、王太子殿下のなさりようとは思えませんわっ」
「いつまで口先だけで立派なことを言っているつもりだ?私には見えているぞ。お前の目の中に隠しきれない欲望が灯っているのを。まるで飢えた獣のようだ」
「そんなっ……!」
エリザベートは必死に目を逸らそうとするが、それを許さないと言うようにアレンは串を振ってみせる。
「ほら、正直になれ。欲しいと言え」
「お、おやめになって……お許しください。わたくし、そんなものをこの場で口にしてしまったら、体が熱くなってしまいますっ」
「わかっているさ。だから人払いをしたんだ。思う存分、熱くなって頬を染め、汗をかけばいい」
「そ、そのような……」
「ほら、来るんだ。こっちへ」
「殿下……」
「いい子だ。さあ……」
今まさにエリザベートが悪魔の誘惑に身を委ねんとしたその時、部屋の扉がすごい勢いで開け放たれて、飛び込んできたエリオットがソファに座ったアレンの腹に強烈なタックルを食らわせた。
「なっ……げほっ、げほっ……なんだっ?え、エリオット!?」
タックルの体勢のままアレンの腰にしがみつくエリオットに、エリザベートも呆然とする。
「おい、なんだ!?離れろ、鬱陶しい」
アレンはエリオットを引きはがそうとするが、エリオットは馬鹿力でしがみついて離れない。冗談ではない。婚約者を膝に乗せて楽しもうと思っていたのに、こんなでかい図体の男にすがりつかれてたまるか。
「殿下、エリオット様のご様子が……」
エリザベートはアレンにしがみついたままのエリオットが蒼白な表情でいるのに気づいて、アレンを宥めた。
「エリオット?」
アレンもエリオットの顔を覗き込んだ。
「おい、どうした?」
「……どうしたらいい?」
エリオットが、弱々しく尋ねてきた。
「わからない……どうしたらいい?俺は、どうしたらいいんだ……」
力なく呟くエリオットに、アレンとエリザベートは顔を見合わせた。
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