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第2話 絶望と希望の三夜
しおりを挟むそれはまだ幼い少年だった。
漆黒の髪に、青より深い藍色の瞳が印象的な容姿をしていた。
怪力を持っている訳でも、強力な魔法を使える訳でもない。それでも、彼は人々の間を走り回って、希望を失っていた人々の中に抗う意志を見つけ、戦う意志を鼓舞し、とうに壊滅した騎士団を復活させ、散り散りになっていた神官や魔法使いを見つけ、荒廃していた人心を束ね、魔王との戦いに身を投じたのだ。
戦いは熾烈を極め、さらに多くの人が死んだ。
だが、少年は諦めることなく、人々の前に立ち魔王に立ち向かい続けた。
その姿に、いつしか人々は希望を取り戻し、そして、
ついに、魔王を打ち倒した。
最初に姿を現したとき十二歳だった少年は、十六歳になっていた。
夢の終わり、少年は辛そうな声でこう言った。
「僕は悔しい。僕がもっと早く生まれていれば、この戦いはもっと早く終わっていただろう。こんなにもたくさんの人々が死ななくてよかったはずだ。もっと早く生まれていれば、この国はこんなに傷つかなくてすんだ」
少年の言葉に、夢をみている人々は胸を痛めた。
少年は英雄だ。
その英雄ぶりをつぶさに目にしただけに、皆も思った。
彼がもっと、早く、たとえ一年でも早く、生まれてくれていれば―――と。
そうすれば、どれだけの人が死なずにすんだだろう。
少年は言う。
「僕が生まれた時、母は二十四、父は二十六……もっと早く、僕を産んでくれていれば……」
そこで、夢の中の少年はくるりと振り向き、ぱしっと手を合わせて頭を下げた。
「というわけでっ、お願いします!僕を、もっと早く産んでください!出来るだけ早く!!」
え?と、夢を見ている全員が思った。
夢の中の登場人物である少年が、突然話しかけてきたのである。
「王国歴380年……母はまだ十五、父はまだ十七。子作りにはちょっと早いかもしれませんが、来年あたりどうでしょう?来年産んでもらえれば、魔王が復活する前に誕生できるんですけど!」
確かにそうですけれども。
え?これなんの交渉?
「僕は出来るだけ多くの人を救いたい!だから、お願いします父上母上!頑張ってください!!励んでください!!」
何を要求している?
「皆さんの夢に三日間もおじゃましてすいません!でも、これは本当に起こることなんです!だから、僕は早くこの世に生まれたいんです!!」
おう、そうか。
「だから、お願いします!周りの皆さんも、父上と母上の子作りに協力してください!!」
それをお願いするために国民全員に夢を見せたの?
いや、そりゃ皆助かりたいから、英雄誕生に協力はするよ?出来ることはするけどさ。
どうやって協力すりゃいいんだよ。
「そろそろ目覚めの時間です。では、頼みましたよ皆さん!―――あ、最後になりましたが、僕の名前はアルフリード・ヴィンドソーン!
父の名前は、ガルヴィード・ヴィンドソーン!
母の名前は、ルティア・ビークベル!
なにとぞ、速やかな誕生にご協力お願いします!!」
最後にとんでもない爆弾を落として、英雄の夢は終わった。
ほぼ同時に目を覚ました国民達は、ヴィンドソーン王国の中心地から二つの悲鳴を聞いたような気がした。
王都の南、ギーゼル伯ドーリア・ビークベルの館で、ルティア・ビークベル伯爵令嬢は悲鳴を上げて飛び起きた。
青より深い藍色の目をぱっちり開けて。
王都の真ん中、ヴィンドソーン王家の住まうシュロアーフェン城の奥で、王太子ガルヴィード・ヴィンドソーンは悲鳴を上げて飛び起きた。
漆黒の髪をかきむしって。
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