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第29話 焼き餅
しおりを挟むルティア・ビークベルは激怒した。
「なんで帰っちゃダメなの!?」
毎日、強制的に登城させられているのも王太子の部屋に放り込まれるのも我慢してきたが、これは怒っていいだろう。
「申し訳ない、ルティア嬢。しかし、ここにいてもらいたい。ガルヴィードのために」
ルートヴィッヒが宥めようとしてくるが、納得がいかない。
「なんで、あいつが他の女の人とお茶飲んでる間、一人寂しく待っていないといけないのよ!!」
本日、ガルヴィードは王太子として、隣国の王女との茶会に参加しなければならず、主不在の部屋で待っているように指示されたルティアは怒り心頭だ。茶会の予定があるなら、ルティアは今日は城に来なくても良かったじゃないか。
「いや、今日こそここに居てほしいんだ。茶会の後、絶対ガルヴィードは窶れて帰ってくるから」
ルートヴィッヒはこめかみを押さえて溜め息を吐いた。
今現在、ガルヴィードが相手をしているのはサフォア王国の王女ヘリメナだ。
彼女は昔からガルヴィードにご執心で、少ないチャンスを捉えては押し掛けてくるので厄介なのだ。何せ一国の王女だ。無碍には出来ない。
幸い、サフォア国王は王女の嫁入り先としてヴィンドソーンを候補に入れていない。サフォアにはドモンド王国という縁の深い兄弟国があり、王女をそこの公爵に嫁がせるつもりのようだ。
というのも、サフォアは宝石の産出する豊かな国であり、どこの国も虎視眈々と領土を狙っているため、下手に他国と縁続きになってそれを足がかりに乗り込んでこられてはたまらないという事情があるからだ。故に、古くから信頼の厚いドモンド王国以外には保守的な態度を崩さない。
それに、大陸で一番の大国であるヴィンドソーンが豊かなサフォアと繋がりを深くすれば、ヴィンドソーンが力を持ちすぎる。周辺国が不安になる縁談は双方の国で望んでいない。
だが、ヘリメナはその辺りの事情がわかっているのかいないのか、幼い頃に王家主催の舞踏会で出会ったガルヴィードに一目惚れして以来、積極的に絡んでくる。
もちろん、ガルヴィードの方はルティアとの勝負に夢中でヘリメナのことは「勝負の邪魔」としか思っていないのだが、しかし、サフォアとは宝石の取引もあるしそれなりに友好を保たねばならない。
なので、ガルヴィードは興味がなくて退屈な気持ちを抑えて茶を飲んで談笑しなくてはならないのだ。王太子の仕事として。
ルートヴィッヒは精神的に疲弊して帰って来るであろうガルヴィードのために、ルティアに彼を迎えてやってほしかった。ルティアがいればガルヴィードの気分は一瞬で上がる。愚痴を聞かなくてすむ。
「あいつが「宝石姫」とイチャイチャしすぎて窶れようが疲れようが私には関係ないわよ!」
「いや、イチャイチャはしていない、間違いなく。あいつがイチャイチャするのはルティア嬢だけだから」
ルティアはぷん!と頬を膨らませてそっぽを向いた。
――おや?
その態度を見て、ルートヴィッヒは目を見張った。
ルティアの膨らんだ頬がわずかに赤らんでいる。寄せられた眉根は怒りと不安が綯い交ぜになった感情の表れのように見える。
「……もしかして、妬いてるのか?」
「はあ!?」
ルティアがぎゅん!と首を回してルートヴィッヒを睨んだ。
「なんで私が!?」
「心配しなくても、ガルヴィードはルティア嬢一筋だぞ」
「心配なんかしてない!」
顔を真っ赤にするルティアは、端からは焼き餅を焼いているようにしかみえない。
――なんで、これで、くっつかないんだろうなぁ。
さっさと想いを自覚して婚約なり結婚なりしてしまえば、宝石姫だろうがなんだろうが手出しできなくなるのに。
「まあ、もやもやする気持ちは、後でガルヴィードにぶつけてやってくれ」
焼き餅が原因で喧嘩すれば、二人とも勢いでお互いの気持ちを自覚するかもしれない。
そう考えて、ルートヴィッヒはふくれっ面のルティアを残して、部屋から出ていった。
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