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第45話 ロシュア・ビークベルの殺意
しおりを挟むロシュア・ビークベルは回廊を歩いている途中で声をかけられて振り向いた。
宰相の息子であるフリック・デューラーが歩み寄ってくるのを見て、ロシュアは軽く頭を下げた。
「何か?」
「いやぁ、ちょっと頼みがあるんだけどよ。魔法協会に付き合ってくれねぇかな」
「魔法協会、ですか」
首を傾げたロシュアの肩を叩いて、フリックはにかっと笑った。
「知り合いに会いに行きたいんだけどよ。俺、今あそこに行くとしつこく勧誘されそうでさ」
ああ、とロシュアは頷いた。魔法協会が戦力増強に躍起になっているという噂は聞いている。フリックは魔力値が高いということだろう。
「……羨ましいです」
「ん?」
「僕も、魔力値が高ければ、甥と一緒に戦えたかもしれないのに……」
思わず本音をこぼしてしまった。あの夢をみて以降、ロシュアは英雄となる自分の甥の助けとなりたいと願っている。でも、子供の頃に測った魔力値は平均以下だったし、剣の才能もない。貴族の息子として一通りの武芸も習ったが、どの家庭教師も護身用以上の教えは施してくれなかった。真面目に努力してもそこまでの実力しか得られなかったからだ。
ビークベル家は武門の家柄ではないためこれまでは気にしていなかったが、三年後に魔王が蘇ると知った今では、戦える力がないことが歯がゆくて仕方がない。まして、ロシュアの甥は魔王を倒す英雄なのだ。
それなのに、ロシュアにはその英雄が成長するまで守るだけの力もない。
「……申し訳ありません。失礼を」
「いやあ、別に」
恥じるように目を伏せたロシュアに、フリックはひらひらと手を振って見せた。
「まあ、妹御と甥御は国全体で守るから、そんなに気に病まず……」
言葉の途中で、フリックは振り返って王宮の前庭を見た。ロシュアも顔を上げてそちらに目をやる。城の外へ向かって走っていく少女の「いやったあああああっ!」というはしゃいだ声が聞こえたからだ。
ルティアは両手をあげて嬉しくてたまらないというように軽やかに走っていく。「勝ったー!」と叫んでいるので、またぞろ何かくだらない勝負をしていたのだろう、と周りの者は皆「日常茶飯事」と判断して興味をなくした。もちろん、フリックとロシュアも「やれやれ」と肩をすくめただけだった。
「よくああも全力で勝負出来るよな」
「妹がご迷惑を……」
「いや、あのおかげで王太子が人間らしくなったんだから、ルティア嬢には感謝してるさ」
そう言いつつ、フリックはふと首を傾げた。
「ルティア嬢、何を握りしめてるんだ?」
駆け去っていくルティアは、確かに片方の手に何か布のようなものを強く握りしめているように見えた。
その後、帰宅したロシュアは「ズボンを脱がすはずだったのに勢い余ってパンツまで脱がせてしまってそのままの勢いでパンツを持って帰ってきてしまったから返しに行く!」とわーわー泣きじゃくって飛び出そうとする妹を全力で阻止している使用人達を目にして、かつてない殺意が胸にこみ上げるのを感じたのだった。
無論、王太子に対しての。
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